第4回「出会って5秒で」
俺・・・・・・・主人公。剣士。「やり直し」のチート能力を手に入れたが……。
アルメリア・・・魔法使い。唯一のパーティメンバー。小うるさい。
モノリス・・・・メッセージウインドウ。呪文を入力すると「やり直し」できる。
神様・・・・・・俗っぽい色ボケジジイ。こんな神様で大丈夫か。
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……。
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いや、スタッフロール流されても文字化けしてて感動もクソもないんだけど。
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┃ and you!! ┃
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なんでここだけ化けてないんだよ。youの疎外感ハンパねーよ。
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┃ without you!! ┃
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うるせーよ!!
前から思ってたけどウインドウの枠ガタガタになってるじゃん。これもバグりの影響ってことで片づける気か。演出ですってとぼけるのにも限度があるぞ。本気でそう思ってる読者なんて一人もいないからな。
というか、スタッフロールが出たってことは、本当にこれで終わりか。
そんな予感はしていたが、まさか魔王を一撃でやれてしまうとは……呆気なかったな……。
「いや、チートってそういうもんだから」
寝っころがってスタッフロールを眺めていた神のジジイがあくび交じりに言う。床どころか上も下もないような真っ白な空間で寝ているっていうのはなかなか天上の存在っぽい。
「いくらなんでも戦闘描写たったの一行はないだろ」
「戦闘描写とか、みんなが読み飛ばすところを一行で片づけるためにあるのがチートなんだよ。思ったことあるだろ、戦闘アニメーション長くて全部見るのだるい、スキップできないのかよって。君がね、欲しいっていってたのはそういう力なの」
作り手が最もがんばったであろう部分に対して何てことを……だが。
「うそつけ」
「神様うそつかない。大半の作家はそう思ってるよ」
「そうじゃなくて。あんたがよこしたのは戦闘をスキップする類の力じゃなかったろうが」
ただ『やり直す』ってだけの、とってもしょっぱい力だ。
魔王を頭から両断したあと、目がチカチカする感覚と共に、目蓋の裏だか頭の中だかに文字列が流れていった。復活の呪文だ。今度はちゃんと記憶した。全クリ後のデータ、それもバグって文字化けしてるなんて何をやり直すんだって気がしないでもないが、こういうのは習慣づけるのが大事だからな。なお、あの名前のわからない剣はなくなっていた。ステータスの引き継ぎはできないらしい。
「で、実際やってみてどうだった。モノリスの『やり直し』の力は」
「最悪だったよ……永遠の孤独を味わった……」
言葉が通じない。たったそれだけのことで、人は他者への関心を失う。俺は終いには、村人の顔の区別がつかなくなっていた。外国人の見分けがつかないのと同じ問題だ。よく最近のアイドルの見分けがつかないとぼやいてるオッサンがいるが、今ならオッサンの気持ちがわかる。ワイワイ騒いでるだけで中身のない内輪トークされてもそんなんギャル文字読めって言われてるようなもんだ。読めるか。
「じゃあ、もうやめる?」
「冗談じゃない。最悪な目に遭ったんだ、次こそいい思いをしてやる」
1回やってみて大体わかった。
このモノリスとやらは、いわゆるタイムマシンのようなものなのだ。
本来の用途である『やり直し』はまさしくそれだ。死ぬちょっと手前に戻って、その運命を変えることができるのだから。俺がやらかしたでたらめな呪文入力もその延長線上だと考えれば、あのバグった世界もいずれ来る未来ということか。冗談じゃねえ絶対に回避してやる。
「とりあえずの目標はバグるより前に行ける呪文を引き当てること」
「ほう」
「あと既にハーレムが仕上がってる時点に行ければいいかな」
「おい」
放任主義のはずの神から待ったがかかった。
「正気で言ってるの? 君さっきタイムマシンって言ってたよね。つまり君は自分の運命を変える努力もせずに放置プレイしてればいずれ自分がハーレム築くって思ってるってことだよね。どんだけ自分に自信あるんだよ。つーかアテはあるのかよ」
「金がありゃなんとか」
「それな。もうキャバクラ行った方が早いよ。ハーレムよりも楽しいよ、きっと」
のけものにされると楽しくなかったけどな。
「でもお金かかるじゃん。自分専用のハーレムならただで遊べるじゃん」
「いやいやいや……あのさ、電化製品とかもさ、買った後の維持費がかかるのわかるでしょ。定期的にゴミとったりするでしょ。女も同じだよ。定期的にご機嫌とらないといけないんだよ財布はたいて。愛はね、課金なんですよ」
なんだこの神様。えらく人間くさいっつーか俗っぽいな。
「悪いがあんたとくっちゃべってるだけの無駄なシーンにこれ以上尺は割けねえ。読者だって見たいはずだ、ハーレムが容認されてて修羅場ることのない、R-15が上限のキャッキャウフフを」
「そんなにぬるま湯に浸かりたいのか! じゃあキャバクラ行こう、全肯定してくれる優しい世界だよ!」
「一人で行け! 俺は――」
幾度か「じゅもんがちがいます」をくらって弾かれながらも、遂にメッセージウインドウが輝いた。当たりを引いたのだ。
「ぬるま湯でヌルヌルするんだよ!!」
転移する間際、ソープに行け、とジジイが叫んだのが耳に入った。
*
意気込んでみたものの、結局はデタラメに入力した呪文だ。狙い通りになるなんて都合の良い展開になりはしない。そもそも呪文が通ってる時点で運を使い切ってるようなもんだしな。ウインドウを抜けた俺が立っていたのは、どこぞの街中であった。いきなりモンスターがうろついている場所に放り出されるよりはだいぶマシだ。
とはいえ、まだ安心はできない。また世界がバグっているのではないか……そんな一抹の不安がよぎる。あんな体験をするのは二度とゴメンだ。早々に誰かに話しかけて確かめてみよう。そう思って散策しているうちに、俺は曲がり角に差し掛かった。
「曲がり角……」
曲がり角、といえば、当然のことながら思い浮かぶのはあのイベント。
「どいてどいてーーーーーーー!」
そうそう、こんな感じ。若い娘のくぐもった声が、いかにもパンを咥えてそうで……
マジでか!?
今時、こんな古典的なイベントが採用されていいのか!? いや、この世界はあくまでファンタジー、恋愛はサブ要素だからそんなに凝らなくても良いって割り切っているのか。
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┃ ニア よける ┃
┃ よけない ┃
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選択肢? ギャルゲーかよ。
まあ、基本失敗すると読者からスカンをくらいがちの主人公としては華麗にかわしたいところだが、ラブコメ的に「よける」を選ぶのはナシだろう。
がっつきすぎ、と思われるかもしれないが、俺にも俺なりの事情がある。アルメリアとパーティを組んで以来、彼女はおはようからおやすみまで俺にくっついて回るから、夜遊びをする隙もなかったのだ。他の女だって、いつも小娘を引き連れている俺になんて寄っても来なかった。だから、今ぐらいハメを外そう。一から恋愛するのも、悪くない。
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┃ よける ┃
┃ ニア よけない ┃
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当たり屋になるべく、俺はふらっと曲がり角に身を躍らせた。
そしてただ衝突するだけではカッコがつかないので、相手を抱き止めるため、立ち塞がるように構えをとる。できるだけカッコよくぶつかった方が、相手方の印象も良いはずだ。
さあおいで、と両手を広げる俺。
俺に向かって駆けてくる少女は、口に短刀を咥えていた。
「……えっ」
「くっ……こっちにも!」
「ちょ……」
次に起こるであろうことは予測できしてしまったが、俺はすでに「よけない」を選んでしまっていた。まさに予測可能回避不可能。
怒涛の勢いで突っ込んできた少女は、引き抜いた短刀で障害物を細切れにし、迷いのない目で直進して行った。細切れにされた俺は、瞳孔の開ききった目でその後ろ姿を見送った。
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┃あなたは しにました┃
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*
おい、こら。
ハーレムが仕上がってるどころか、出会って5秒で死上げられちゃったんだけど。何なのあの女。通り魔じゃねーか。出会い頭の通行人をなんの躊躇いもなく殺すかよ、フツー。だが……。
ちらっと見えただけでも、俺好みの外見をしていることがはっきりわかった。
髪が躍るように靡くくらい長くて、ツリ目だけどぱっちり開いてて、凛とした雰囲気があって。通り魔で人斬りという理由だけで諦めるのは惜しい女だった。
よく考えたら、ファンタジー世界だしな。別に人斬りなんてなんでもないことかもしれない。冒険者のクエストには、盗賊を討伐するなんてものもあるし。俺もアルメリアも、駆け出しの頃に受けたクエストがそれだった。ギルドの方針とやらで、初期のうちに人殺しに触れさせておいて、冒険者を続けるか辞めるか選ばせるのだという。すごく上から目線で嫌な感じだった。冒険者なんてみんな大体スレてるんだから、ぶつかりそうになった相手を切り刻んで衝突を回避するというのもありえない価値観ではないのかもしれない。
「ねーよ」
黙れジジイ。俺はさっき打ち込んだ呪文ともう一度ウインドウに入力し、初めて正しい『やり直し』に執りかかった。
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┃ ニア よける ┃
┃ よけない ┃
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もちろん今度は「よける」を選択する。
そしてこっちが「危ねーな、何しやがんでい!」と声をかけ、少女が「ごめんなさい私ったら慌ててて……お詫びにそこで食事でも」という流れでルートに突入する。そのようなシナリオに違いない。ドジっ娘か。ポイント高ぇな。
「どいてどいてーーーーーー!」
はいはい、そうしますとも。これからの明るい未来を想像しながら、俺は身を躍らせるような軽やかなステップで、少女の頭上を飛び越える形で刃をかわす。できるだけカッコよく回避した方が、相手方の印象も良いはずだ。
華麗に避けた先で、俺は続けてやって来た馬に踏まれ、車輪に轢かれた。
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┃あなたは しにました┃
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あの。
このくだりって、フツー、前世で済ませとくやつですよね……?
*
放り出された真っ白な空間で、俺は不貞寝していた。
「なに、諦めたの?」
「これ以上どうしろっていうんだよ……」
どっち選んでも開始5秒で死ぬんじゃねーか、何だよこの無理ゲー! 俺の前世だってもういくらかマシなもんだったぞ! 前世より厳しい転生後なんてあってたまるかよ!
「のたうち回ってるね……そんなにショックだったのか」
そりゃショックだよ。負け札ばかりを続けて引いて、終いにゃ車輪の下だ。切ないぜ……。
「かなりブルー入ってるな。じゃあもう諦める?」
「……」
「こういうのも難だけど、君、仲間いるじゃん。アルメリアちゃん。彼女がいるじゃん。別にここでがっつく必要ないと思うよ、神様」
「あんた、ほんと身も蓋もないな……」
「で、どうなの」
「こっちが濁そうとしてんのに踏み込んでくんなや!」
俗すぎる。本当にこんなのが神様でいいのか。大丈夫なのかこの世界。一回、大丈夫じゃないことになってしまったが。原因は俺だが。と、こうして地の文ですら話を逸らそうとしているのに、しつこくコメントを求めてくるから、俺はキッパリと言葉にするハメになってしまった。その代わり、色ボケジジイの「なんだつまらん」という悪態のオプション付きで手に入れたのは、この現状にハマってしまった俺への打開策だった。癪だが、それはとても筋が通っていた。
*
実際、神のジジイの言う通りだと思ってしまった。
選択肢ではない、俺の行動に問題があったのだ。
最初「よけない」を選んだとき。俺は両手を広げて、彼女の前に立ちはだかるように現れた。だから彼女は俺を「敵」と認識して、切り捨てていった。ただの通り魔ではなかったのだ。良かった。
次に「よける」を選んだとき。彼女しか見ておらず、更に考え事をしていた俺は、後続の馬車に気づかずに轢かれた。状況的に、あの馬車は少女を追っていたと考えられる。それは「よけない」を選んだときに彼女が発した「こっちにも!」という言葉からもわかる。逃げる相手を追っているときに、間に割って入った人間を気にしてなどいられない。だから馬車は俺に構うことなく轢いて行った。そして彼女は、追っ手に挟み撃ちにされたと思って、俺を斬ったのだ。ドジっ娘だよ、ポイント高ぇな。
つまり、俺がとるべき行動は。
曲がり角を曲がらずに、体育座りでやり過ごすことだ。
砂埃を上げて、目の前を通り過ぎていく少女と馬車。あんなのに割って入ったらそりゃあ死ぬわという勢いだった。こうして俺は、デスゲームから抜け出し、その命を繋ぐことができたのだった。
……あれ。
俺、何のためにここ『やり直し』てるんだっけ。
何か始めたいことがあったはずなんだが。
始めたい相手が、遠ざかっていくんだが。
ここでじーっとしてても――
「どうにもならねェェェェェェ!!」
俺は猛ダッシュでその後を追った。
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┃ つ づ く ┃
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ぬるま湯でヌルヌルとは。