第3回「たった一人の冒険」
俺・・・・・・・主人公。剣士。「やり直し」のチート能力を手に入れたが……。
モノリス・・・・メッセージウインドウ。呪文を入力すると「やり直し」できる。
アルメリア・・・縲後∪縺ゅ√∪縺
マスター・・・・蛻、螳壹〒菴輔°繧上°
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┃これまでのあらすじ┃
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縲檎區蟾晞撕縲∝・繧翫∪縺吶ゅ阪・縺励▲縺ィ縲�
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┃これまでのあらすじ┃
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世界バグった。↑みたいな感じに。
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┃これまでのあらすじ┃
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原因は俺です。
ごめんなさい。
殊勝に謝ってみたものの、その言葉は誰に向けたわけでもない。
あれからマスターに根気強く話しかけてみたものの、何回やっても「縺九▽笳九◆縺ィ縺ッ繝サ繝サ繝サ縲�」という具合でまるで聞き取れない。次第に、マスターの顔色も曇って行った。
「ま、まあいいや……ビールくれ、マスター」
「縺翫♀・∬サ頑戟縺。・�」
反応はしたが、ビールは出て来ない。
「ビールくれ」
「縺ッ繝シ縺�」
身を乗り出してきた。この仕草は知っている。訊き返しているのだ。
どうやらマスターにとっては、俺の言葉の方こそ理解できない、そんなことを言いたげな怪訝な表情だった。すぐに追い払わなかったのは、日頃、言葉の通じない酔っ払いの相手をして慣れているからだろう。こちらの「通じない」は単なる揶揄だが。
すまん、と言い残して酒場を離れた。その言葉だって通じなかっただろうが。
それから道行く人に何度か声をかけてみたが、皆、眉を顰めて通り過ぎていった。単純に俺が嫌われているわけでなければ、「何言ってんだコイツ」という反応だったと思う。俺が他の誰の言葉も理解できないように、他の誰も俺の言葉を理解できないようだ。最早誰にも、俺の言葉は届かない。
悪いことには、文字まで読めなくなった。
馴染みの街だから何の店がどこにあるのかはわかるのだが、値段がわからないから迂闊に買い物ができない。なぜなら異世界ファンタジーはぼったくられるのが基本だからだ。散々「いらねえよそんなもん、ロールでなんとかするもんだろ」とディスっていた『値切り』のスキルが、今は欲しくて仕方なかった。
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┃そのスキルはつかえません┃
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言われなくてもわかってるよ。でないとこんな苦労してねーよ。
まあ、買い物と食事は、欲しいものを指で示せば何とかならないこともない。しかしもっと複雑なコミュニケーションを必要とするサービスとなると、話は別だ。
まず俺は、ギルドを追い出された。
言葉も通じないし、文字も読めないから、更新手続きもできない。交付された登録証はみすみす失効するしかなく、晴れて俺は冒険者から冒険者になった。
それよりもショックだったのは、憂さ晴らしに風俗に行こうとしたときだった。ここはウホウホしか言わない盛ったゴリラでも利用できる店だから問題ないと思ったのだが、いざというときに「チェンジ」が通じないのは大問題だと気付いた。リスクが高すぎる。恐ろしくて未だに行けてない。ギルドで登録証を再発行する方がずっと簡単に思えた。
チート的存在に成り上がったはずの俺は、「言葉なんて通じなくても心が通じればへっちゃらさ!」と海外に飛び出したはいいがツアーガイドに速攻でカモられる元気な大学生に成り下がっていた。
こんなはずじゃなかった。
他を寄せ付けない強大な力を得ようとする者は、多かれ少なかれ、自分以外のすべてを見下したいという願望を持っている。しかし、力を手に入れた末にやることと言えば、その見下している者たちに力を見せつけ、賞賛を集めること。わかるような言葉で誉めてくれる他人がいなければ、そんな力を持っていても意味がない。俺も結局、そういうわかりやすい奴だったのかもしれない。
だから今は、アルメリアが見つからないのは唯一の救いのように思えた。あいつまで「縺ヲ繧キ繧コ繧ォ縺ィ繧ヲ繝ゥ繧ュ縺ォ繧」と喋り出したら、俺はもうダメになってしまうかもしれない。アルメリアにうっかり出くわす前に、本当にダメになる前に、いっそのこと――
「もういいか……いいや……」
こんな状態で生きていても――世を儚んで自決しようとも思ったが、「すみません、運営の者ですが……」と現れた運営によって、自殺を推奨するような行為・描写は控えてくださいと注意されたので従う他なかった。何の運営だったんだろう。
しかし、切腹を止められて決心がついた。
よく考えたらR-15までじゃ風俗はダメなんでキャバクラ行こう。
キャバ嬢なら客が何語を話そうが「すごーい!」「たーのしー!」しか言わないはずだ。マニュアルがそうなってるって聞いたことあるし。
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┃ゆうべはおたのしみでしたね┃
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何も楽しんでねえよ。
あいつら、全肯定するどころか「お客さん何を言い出すの」って目を向けてきたぞ。結局お互い何を言ってるかわからなかったから遂に話も振られなくなったし、俺はずっとのけものだったよ。
無駄な散財になってしまった分を取り戻すために、ひと狩り行こうぜとメンバー募集の貼り紙を漁る。しかしギルドの後ろ盾もなければ、そもそも直に交渉もできない俺だ。面接に現れたはいいが、一言も発しない俺を前に、優男風の募集主は明らかに困惑していた。
いや、待て。無口キャラは困るほど珍しくないだろ。
むしろそこら中に溢れてるだろ。
お前らも別にワイワイおしゃべりしながらドッタンバッタン大騒ぎの冒険がしたいわけじゃないだろ。
冒険者だろ。多少のリスクは負えよ。喋らないパーティメンバーがいるくらい何だよ。パンツ一丁で冒険するよりは軽いリスクだろ。むしろパンツはかないで冒険してやっと冒険だよ。何なら俺が脱ごうか……としたところであえなく不合格となり叩き出された。ちょっと冒険しすぎたか。
そんな俺を引き受けてくれたのは、同じくロクな交渉ができないであろう奴らしかいなかった。剣や杖を持っている方の手とは別の手で、片手間でグラブってたりぐだってたりしている、現実じゃないどこかに重きを置いている連中だけだった。何こいつら、冒険を何だと思ってるの。
「よ、よろしくー……」
一言も発さない寡黙キャラで生きていく道を考えていた俺だったが、パーティの他ふたりがずっと俯いて何か操作している重苦しい空気に耐え切れずに喋ってしまった。どうせ通じないと気付いたのは後からのこと。彼らは俺に一瞥をくれると、頷いたような頷いてないような微妙な動作をした。そしてまた俯いた。
てめーら片手間でやってるそれをまずやめようか。
何やってんの。ガチャなの。片時も目を離しちゃいけない感じなのそれ。オートで放置ゲーの時代はもう終わったの。
……と、よっぽど言ってやりたかったが、伝わるわけないし、口煩いバーバリアンとして追い出されたくもなかったので、黙認することにした。そして案の定、戦闘におけるだいたいのことは俺がやった。できるだけのレベルに達していた。その時点で、俺と彼らの間に溝があるのは明らかだった。
「お、おつかれー……」
状況を改善するために伝わらないことを承知で声をかけてみても、あいつら素材を剥ぎ取ったら振り返りもしないで去って行った。もしかしてあいつらの間だけで俺の悪口をメッセで飛ばしてんじゃねーだろーな。
「…………」
このままこの生活を続けていると、俺はプレイヤーキラーになってしまうかもしれない。いや実際、俺はふとした弾みでそんなつもりはなかったけどうっかりキラーしちゃいそうなレベルにまでなっている。それが現実になる前に、俺は旅に出た。俺より強い奴に会いに行きに。
自害がダメなら、殺して貰うために。
死闘を演じた末で力尽きるなら、運営も文句は言わないだろう。
*
目指す先は決まっていた。以前、アルメリアから聞いていた、この世界での最強の存在。
魔王のもとだ。
世に蔓延るモンスターを統括する諸悪の根源。モンスターがより強力になっていく道筋を辿っていけば、そこに魔王の棲む城がある。魔王を倒せば、人々はモンスターの脅威から解放されるという。人から聞いた話だからちょっと記憶がフワフワしてるが、大筋はこんな感じ。シンプルで俺好みだったことは覚えている。
「まあでも、都市伝説の類ですけどね」
アルメリアはそれで話を締めたが、ならばその真偽を確かめるために赴く価値はある。どうせ他にすることもないんだ。よしんば魔王が存在しなかったとしても、その道中で強いモンスターと戦えるならそれもまた本望だ。俺を倒してさえくれるのならな。
まずは、強いモンスターがうじゃうじゃいるという新大陸に渡る。その航路に巣食い、数多の冒険者を船ごと沈めたという海魔・クラーケン。奴と出くわせば、俺の死に場所を探す旅は早々に終わるかもしれないな。
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┃モンスターをたおした┃
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クラーケンは割と一撃でいけた。イカっぽかったので炙って船乗りたちと一緒に食った。一言も喋らない俺を避けていた船乗りたちも、このときばかりは喜んでくれた。飯を食うっていうのは、大事なことなんだなと今更ながらに思った。
さて、新大陸に足を踏み入れると、気が休まる時がなくなるらしい。大空を自在に飛び回り、地上のあらゆる場所に奇襲を仕掛けるモンスターがいるというのだ。船乗りたちが身振り手振りで根気強く教えてくれた。一緒に飯を食うって、とっても大事なことなんだなと今更ながらに思った。切に。
船乗りたちの気遣いとは裏腹に、俺は空の魔物・ガルーダとの遭遇を心待ちにしていた。思っていたよりも早く、俺の旅は終わりを迎えるのかもしれない。
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┃モンスターをたおした┃
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何か知らないうちに返り討ちにしてた。朝起きたら、横にガルーダの死骸が転がっていた。刀傷から見るに、夜襲してきたのを俺が無意識に斬り付けたらしい。寝ながら倒すとか……たぶんそういうオートで起動するスキルが発動したとか、そんなんだろう。
おかしい。レベルでいったらガルーダはクラーケンより上のはずなのに、クラーケンより簡単に片がついたぞ。少し嫌な予感がしてきたが、新たに得た成果でそんなものは吹き飛んだ。俺は与太話に過ぎなかった魔王の牙城を見つけ出し、そこを守護しているモンスターがいることを確認したのだ。
地獄の番犬、ケルベロス。こいつが相手なら、いよいよ俺も……
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┃モンスターをたおした┃
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ぬかったァァァァァ! これ強敵倒すたびに俺も強くなってってるんじゃん!
今いくらぐらいになってるんだ。もう怖くてレベル確認できないよ。経験値入るの止めたりできないのか、これ。下手したら魔王もイケてしまうのでは……。
だが、旅を続けるうちに、俺は別の希望を抱き始めていた。
ひょっとしたら魔王なら、バグりの影響を受けていないのではないか。
魔王との決戦といえば、冒険の一番の山場。積もる話だってある。そんな大事な場面で、互いの言葉が通じなくて微妙な空気になるなど、許されるはずがない。さすがにそこは空気を読むはずだ。だってこの世界で最強の存在なんだぜ。
つまり、魔王はこの世界で唯一、俺の話し相手になってくれるかもしれない存在。
その条件の下でなら、俺が魔王を凌ぐ力を有しているのはむしろ好都合だ。すぐには殺さん。わざと戦いをダラダラと引き延ばしたり、トドメを刺さずにむしろ回復や蘇生をさせて、俺が満足するまでずっと舐めプレイを続けるのだ。
それにもしかしたら、戦いになる前に、魔王の方から提案があるかもしれない。「世界の半分を貴様にやろう」ってやつが。そんな話を持ちかけられたら、俺は乗る他にない。この際「アイムユアファーザー」なんて使い古したネタでもいい。全力で「ノォォォゥ!」と応じてやる。俺はそれほどまでに、言葉の通じる相手に飢えていた。
今回の経験で、俺は学んだ。
圧倒的な力は、人を孤独にする。
チート能力を見せびらかして最初はちやほやされていても、長い付き合いになればなるほど、その力が持つ脅威性も知られることになってしまう。取り巻いていた人々も、いずれは離れていく。ただ他人と良好な関係を築きたい、そんな平凡な願いを持つ者が手にしていい力ではなかったのだ。
それは魔王だって変わらない。最強の存在と言われながら、こんな寂しい城で、人目につかぬように暮らしている現状が物語っている。だからこそ魔王は、自らの前まで辿り着いた勇者――孤独を極めた人間に、シンパシーを抱くのだろう。でなければ、世界の半分こなど提案するものか。
待たせたな魔王。
お前の半分こに応じられる相手が、ここに居るぞ。
己の力を誇示するために、剣を使って鋼鉄の扉を細切れにする。扉が開けた先には、おおよそ期待通りの光景があった。豪奢でありながら陰鬱な雰囲気に包まれた広間。その奥には禍々しい装飾が施された玉座がある。座しているのは、人の貌をしてはいるが、溢れ出る魔力の量が、人智を超えた存在であることを第六感に訴える。あまりにわかりやすくて俺好みすぎるが、間違いない。
こいつが魔王だ。
思わず零れる笑みを引っ込めることも忘れて、俺は前に進み出る。魔王は、たった一人で眼前に現れた者に対し、何を思うのか。長年の孤独が故に、重く閉ざされた口から、何を語るのか。何だっていいさ。それを聞くことができるのは、世界でただ一人、俺だけなのだから。どんなくだらない、どこかで聞いたようなありきたりで退屈な話でも構わない。どこで誰が同じようなことをやっていたって知ったことじゃない。俺には、魔王には、お互いしかいないのだから。
そして魔王は、厳かにその口を開いた。
「荳。閧ゥ繧定オキ轤ケ縺ォ驥榊字縺ェ蜀鷹ィ主ォ繧呈昴o縺帙k蟋ソ縺ォ螟芽コォ縲り牡縺ッ髱偵r荳サ菴薙↓縺励◆繝医Μ繧ウ繝ュ繝シ繝ォ縺ァ縲∽ク。閧ゥ莉倩ソ代↓繧キ繝シ繝ォ繝峨r諤昴o縺帙k陬・抜縺梧オョ驕翫@縺ヲ縺セ縺」
「ノォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
俺の剣が魔王を脳天から真っ二つに両断した。
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┃ つ づ く ┃
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あれ。終わ、った……?