第1回「ふっかつのじゅもんがデタラメです」
俺・・・・・・主人公。そのうちしれっと名前が出るかもしれない。
魔法使い・・・パーティメンバー。そのうちしれっと名前が出るかもしれない。
マスター・・・酒場の店主。名前が出る予定はない。
爺さん・・・・胡散臭いジジイ。名前は必要ない。
酒を飲むと生き返る。これはただの比喩で、まさか実際に死人が蘇るわけではないのだが、常に死地に身を置く冒険者たちのたまり場に酒場が選ばれているところを鑑みると、ただの与太話と捨て置くわけにもいかないだろう。いや、あるいは、本当にそんな効力のある酒が存在しているのかもしれない。
だってここは、ファンタジーな世界なのだから。
「マスター、そういう酒ある? 飲んだらライフ1機増えるみたいな。飲み続けたら吐くほど残機が溢れ出るみたいな」
「ねえよ」
なかった。
「んだよ大したことねえなファンタジー」
「あんた酔い過ぎじゃねえのかい。そもそもファンタジーにはライフも残機もねえよ」
緊張が走った。
「……マスター、メタ台詞で俺の異世界出自の個性潰すなよ。あんたこそ酔い過ぎだ寝ろ」
「異世界なんてあるわけねえだろ旦那。死んだように寝ろ」
「俺のアイデンティティを守ってくれてありがとうマスター。覚めない眠りにつけ」
それぞれの得物に手をかけながらの睨み合いに発展した俺とマスター。このまま一触即発すればどちらか一方が大いなる眠りへロンググッドバイだ。さらば愛しき人よ。愛しくないけど。
「ひのきの棒とすりこぎ棒なんか持って何してるんですか」
その間に割って入ったのは、俺の一人しかいないパーティメンバーだった。
「止めんな。男が棒出してる時に凸ってくるんじゃねーよ」
「うわ、まだ飲んでるんですか? いい加減にしておかないと、明日のクエストに障りますよ」
この魔法使い、酔っ払いのシモネタを堂々とスルーする肝の太い小娘だ。
「大丈夫だよ。俺、剣士じゃん。剣士の仕事は、剣を振り回すことだろ。それぐらい酔ってようが二日酔いだろうができるって。むしろシラフが一番調子悪いくらい」
「『酔剣』のスキルも持ってないのに何のたまってんですかこの酔っ払い」
スキル。スキルねえ。
「そのスキルってさあ、本当に必要? たとえばお前『ジャンプ斬り』とかあるだろ。あんなん飛び上がって斬りかかるだけじゃねーか。それをよー、こうさあ……」
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┃スキル『ジャンプぎり』を おぼえた┃
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「↑みてーなメッセージウインドウ使って言われるほどのもんじゃねーよ」
あれは本当に鬱陶しい。まるで「俺の言ってることわかる? あっそう、よく覚えたねー」と事あるごとに語りかけ、下位の存在であることを自覚させようとしてくるバイトリーダーくらい鬱陶しい。
スキルの種類がやたら多いのも鬱陶しい。そんなんデータに裏打ちされるまでもないスキルがわんさかある。何かスキル獲得する度に「ふむ。どういうものか試してみようか」なんてやってたら話が全然進まないよ。
「メッセージウインドウって何ですか。わけわからないこと言わないでください」
ぐぬぅ、と俺は黙るしかなかった。これまでも何度か話題を振っては来たのだが、メッセージウインドウを認識できるのは俺だけらしい。
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┃スキルについては はぐらかされた┃
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しかもこんなくだらないことでも開く。レベルアップとかスキル習得とか、ただでさえ開くことが多いのに無駄口まで叩きやがる。こんなん続けてたら気が狂うわ。なお、気が狂ってるから見えるようになったという説は不採用にしておきたい。
「とにかく! 明日、遅刻しないでくださいね」
魔法使いが身を乗り出して注意してきた。できれば、顔が近いなどと言ってドキッとしたいところだが、ちょうど出ているメッセージウインドウが顔にかぶっていてラブコメのしようがない。
「そんなに言うなら起こしてくれりゃあいいだろ」
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┃スキル『ひとまかせ』をおぼえた┃
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覚えてないから。生きていれば自然に身に着くもんだから。最初から身に着いてたから。この歳になって改めて覚えたら、もう手がつけられないダメ人間になっちゃうから。
「ダメです。ダンジョン前で待ち合わせですからね」
おやすみなさい、と言い残して彼女は自分の宿に戻って行った。俺は頭を掻いてグラスを傾ける。
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┃へんじがない ただのしかばねのようだ┃
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「ハイハイおやすみ!」
彼女の背中に声をかける。挨拶に返事をしないことにまで注意をしてくる、本当にうざったいメッセージウインドウだ。なれなれしいんだよ、何なんだよ本当に。
「旦那、俺ァてっきりあの娘が尻に敷くタイプだと踏んでたんだが、存外あんたが尻に敷かれたいタイプだったんだな」
「なれなれしいんだよ、何なんだよ本当に」
「毎晩飲みに来る常連になれなれしくしちゃいけないのかィ……」
俺は凹んでいるマスターのことは放っておいて、自分もさっさと宿に引き上げることにした。別に、倒したとか、経験値を獲得したとかのメッセージはなかったから、マスターの心配はいらないだろう。
*
俺はもともと剣と魔法のファンタジー世界の出身じゃない。異世界から来た。
それ以上言うことはない。どうせ語ったところで、読み飛ばされるのが関の山だ。現に、漫画化やアニメ化されたら体よくカットされる大多数の人間から「要らん」と思われている部分だ。そんなんだったら最初からない方がいい。なんやかんやでぶらりと迷い込んでしまった、それだけでいい。
ファンタジーには詳しい方じゃないが、せっかくだからと冒険者になってみた。なってみたはいいが、今は正直、めんどくさい道を選んでしまったと思っている。ギルドだのクエストだの職業だのスキルだの、人間関係のしがらみやら仕事のために覚えないといけないことが多すぎて、前の世界にいたときと何も変わらない。めんどくさいことばっかりだ。勇者がいて、魔物がいて、魔王を倒して終わり。それくらいシンプルなのがちょうどいい。
だからこそ、せめて職業だけはシンプルなものにしようと剣士を選んだ。剣士なら、ただ剣を振ってるだけでいいんだからだいぶマシだ。呪文の詠唱とか絶対無理そうなものを覚える必要がないのが良い。
それから足りないものを補い合うように魔法をバリバリ使う魔法使いとパーティを組めたのはいいが、今度はそのパーティメンバーがいやにやる気で、俺はもうめんどくさいから辞めたいとも言えない。膠着状況に陥っている。そのことについても話し合わないといけないと思っているんだが、めんどくさくて、結局は魔物を斬りまくるという楽な方に流されてしまっている。
まあ。
明日だ、明日。アイツの言う通り、備えて眠ることにしよう。
その夜、俺は奇妙な夢を見た。いや、それは夢と呼べるような代物ではなかった。目蓋の裏に何かチカチカするものがあって、それは元いた世界で使われていた文字のように見えて、それが明滅するように流れて行く。ただそれだけの内容だった。
そして。
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┃あなたは しにました┃
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心臓発作だった。
*
えっ。
*
えっ。
ちょっ。
まじすか。
描写的に何も冒険してないうちに死んでしまったんだけど。しかも寝ている間に心臓発作でぽっくり逝くとか王様になにごとかって怒られてもぐうの音も出ないレベルの死に方したんだけど。剣と魔法どころか夢も希望もない死に方したんだけど。
「えっ、俺、本当に死んだの」
あまりの手応えの無さ……いや、自分の死に手応えもクソもないんだが、それでもあまりの呆気なさに、もう一度確認してしまった。つい先ほど、俺に死んだことを説明してくれた爺さんに。
「死んだよ。神様、嘘つかない」
「だってアンタ……心臓発作だよ。ファンタジー世界にそんなもん存在していいの」
魔王が心臓発作でぽっくり逝って勝手に世界が平和になる可能性が微粒子レベルで存在する。そんなファンタジー世界、誰が冒険したいと思うんだ。打ち切りの予防線が張られてるようなもんだぞ。
「リアリティをね、追求したんだ。ただ剣と魔法があれば何とかなる世界じゃ、もう転生者を呼べないんだよ。あいつら最近、妙な知恵をつけてさ、やれ何で異世界の言語がいきなり理解できるんだとか、やれどうして俺は呼ばれたんだとか、どうでもいいこと気にしてなかなか先に進もうとしないんだよね」
呼ばれた理由は気にして然るべきだと思うが。むしろ協力的で優秀な奴だったのでは。
「まあ言語については最終的にコンニャク食わせとけば大人しくなるんだけどね」
翻訳といったらのアレか。
「喉に詰まらせて黙っちゃうんだよね」
それ死んでる。転生する前にもう一回死んでる。
なんだかこの爺さんもえらく苦労されているようだが、だからといって俺は引き下がらない。
「リアリティってのは物語を面白くするために必要なんだよ。誰にでも起こり得る残酷な現実を叩きつけるのはリアリティじゃなくてただの嫌がらせだよ。塩対応だよ。気をつけろよ、ナメクジの読者もいるんだから。消えてなくなっちゃうから」
「そういう君はナメクジか」
「そうだよ。粘着質ってよく言われるよ。悪いけどハイそうですかとは死ねないよ」
だいたい死んだっていうことで連れて来られた場所が、辺り一面が黒一色の手抜き空間っていうのが納得いかない。これは死者への冒涜ですよ。生を全うして最後の最後に見る光景が手抜きだった人の気持ちをもっと考えるべきだと思う。マジで。俺みたく物言いがある奴にとっては神経を逆なでするようなもんだ。
「未練があるの、君は」
「あるよ。俺まだ無双もハーレムも改革も、スローライフすらしてねーんだぞ!」
「すりゃ良かったじゃん。異世界来て結構経ってたでしょ、君」
「やろうにもできなかったんだよ。主人公特権がなかったから」
「チートなんてあるわけないだろ。夢見てんなよ」
「ちょっと待てよ。さっき言ったとおり、俺、ナメクジなんだよ」
「さっきから人間に見えるけど。最近のナメクジは二足歩行で喋るんだね」
「とぼけんなよ。あるんだろ。現実じゃクソザコナメクジの主人公の欠点を補ってお釣りが来る、宇宙の法則が乱れるほどのチート能力がよ!」
爺さんは俺を一瞥し、溜息をついた。
「君はもうそれを持っているよ」
なんだと。
「よく思い出してみろ。君にしか見えないものがあったはずだろう」
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┃あなたは しにました┃
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「ただのメッセージウインドウじゃねーか! 何の役にも立たなかったぞ!」
「役に立つのはこれからだってことさ」
「……どういうこと?」
「君の特殊能力は、死んでからが本番だってことだよ」
視線は自然とウインドウに向く。鬱陶しいだけで、むしろ不法侵入したペナルティだと思っていたこのウインドウに、何か秘められた力が……?
「これの名は“モノリス”」
爺さんの声が厳かに響く。現金な話だが、俺はこのときになってようやく、この爺さんが「神様」であることを頭で理解した。なんたって、頭の中に直接響くような声をしているんだから。
「この世界の森羅万象のデータを司り、自在に世界に干渉することができる」
「こ、これが?」
「いや、モノリスはあくまでデータを管理しているだけ。それを利用するのが君だ」
「俺が……どうやって?」
「簡単だ。モノリスを稼働させる呪文を打ち込めばいい。そして君は、もうそれを知っている」
黙り込んだ俺に、爺さんは口の端を釣り上げるような笑みを見せた。
「そう、君が死ぬ前に見た、あの文字列だ。それを入力すれば、モノリスが死ぬ前の君を再構成して現世へ顕現させてくれる。君は、何度でもやり直すことができるんだ。これ以上のチートはないだろ?」
「……」
「……どうした」
「えっ。いや、ハイ、わかってますよ。ちょっと真の力に目覚めた余韻に浸ってるだけですよ」
「何か汗すごいぞ。どうした」
「かいてないっすよ。俺に汗かかしたら大したもんっすよ」
「あっそう……じゃ、入力して。どうぞ」
神様に促され、俺は震える手で「呪文」を刻み込んだ。
呪文を飲み込んだウインドウが新たなメッセージを映し出す。
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┃じゅもんが ちがいます┃
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俺は振り返って爺さんを見た。
あんな文字列、めんどくさくて覚えられるわけがなかった。
「……えっ、うそ。忘れたの、マジ」
「先に言ってくれてれば……メモぐらい……」
ただの強がりだった。そもそも寝るところだったんだ、メモなんかとれるはずがない。起きたら思い出してメモに書こうとかいって後悔するのが人間の業だ。
「じゃあ……やり直せないね」
「ええ……」
「これ以上……どうしようもないね」
「はい……」
「……終わろっか」
「いやちょっと待って」
本当に待ってくれ。ここで終わりはないだろう。
「いや、大丈夫だって。まだ取り返しはつくって。ここで終わっておけば、読み切りの短編でした計算通りって誤魔化せるって。主人公が死ぬって結構な最終回案件だし」
「主人公が何もしないうちに死んで最終回なんてあるかよ!」
「あるんだよ。これからできるんだよ。なろうぜ……前例に」
「お断りだッ!」
俺はメッセージウインドウ――モノリスをがっしと掴み、呪文の打ち込みを始めた。思い出した、というわけではない。要は「アタリ」の呪文を打ち込みさえすればモノリスは作動する仕様になっている。それを引き当てれば、俺の冒険は続くったら続く。
「おいおい、そんないい加減にやっちゃあ……」
「ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ……」
「マジでいい加減だなオイ!?」
しかし。
何となく思い浮かんだ単語と、半分以上が「ぺ」で構成された呪文は、モノリスを光り輝かせた。これは「アタリ」だと確信させるほど眩く。人間、なんでもやってみるもんだ。
「まさか、本当にやるとは……」
「ありがとよ神様。この力、ありがたく使わせて貰う」
俺は何も迷わずに飛び込んだ。
目の前の眩い光に、これから俺を待ち受ける未来を重ねて。
「俺の冒険はこれからだ!」
*
このとき、俺はこの行為の意味を正しく理解していなかった。
それによって引き起こされる、めんどくさい事態についても。
┏━━━━━━━━━━━┓
┃ つ づ く ┃
┗━━━━━━━━━━━┛
出落ちの一発短編にしておけばよかったものを……。