ねえ、夢だと思った? 残念夢じゃありませんでした! ……彼氏ができました。
はっと目覚めた時、今が夢の中なのか、それとも現実なのか。
どっちなのか、わからなくなることはないだろうか?
少なくともわたしは、全く見覚えのない場所で目覚めた時、そうなった。
「……どこ? ここ」
全く見え覚えのない、白い天井。
四角い仕切り枠と、そこからぶら下がる白いカーテン。
入院などしたこともないわたしだが、そこはぱっと見で病室のように見えた。
それにしては、人の気配がないような……?
と、天井を見上げながら首をひねっていると、閉じてあったカーテンが外からシャッと開けられた。
「あら、気づいたのね。もう具合は大丈夫? 熱とか体がだるいとかは、ある?」
ああ、校医さん。ということは、ここは保健室なんだ。
通りで、見たことのない天井だと思った。
わたし、普段は健康な方で通っているので。
「おー、帰ってきたかー。どう? 良くなった?」
「うん、もういいみたい。ありがとね」
さっきから校医さんに友達に、しきりに大丈夫かと質問される。
きっと、大丈夫じゃないからあんなとこで寝ていたんだろうけど。
なのに、わたし自身に何事かあったという記憶が全くない。
体調も別にどこも悪くないし、今だって普通にここまで歩いて戻ってきた。
はてなと首を傾げるとともに、何事もなく大丈夫だと返す他ない。
「やー、あそこまで綺麗にぶっ倒れる人見たの、私初めてだよ?」
おいおい。わたし、学校でぶっ倒れたのか。
初めてって、一体どういう倒れ方をしたんだろう。
どこか、ぶつけたりしてないといいけど……。
変なところがあざになると困るからね。
「あはは……。それが、その時のことあんまり覚えて無くて……」
正確には、何も覚えていない、だけど。
「そっか。まぁ元気になったならいいよ! 終わりよければすべてよし、だよ!」
なんか、それはなんか、違うような……?
まぁ、この子はこういう子だし。いっか。
適当なとこで話を打ち切って、自分の席へと戻ることにする。
なにせ、教室のドアをくぐってすぐのところで捕まっていた。
さっきまで保健室で寝ていた人を呼び止めておいて、自分は座ったままとか。
まずはそこは先に自分の席に座らせるのが、人情というものではないだろうか。
世の不条理に無情を感じながら、ようやくのことで自分の席へと腰を下ろす。
それにしても廊下も誰も居なかったし、今この教室の中も随分人が少ない。
教室の時計を見れば今はまだお昼前……四時間目のはずの時間だ。
先生も居なければ、自習時間でもなさそう。こんなことは初めてだ。
なんだろう。もしかして、これって夢の中ってやつなのだろうか?
たまに、物凄くリアルな夢を見ることがあるけど……今がまさにそれなのかな?
こういうの、えーと、なんだっけ。あ、そうだ。明晰夢? っていうんだっけ?
確か、結構自分で自分好みの展開にできるって聞いたことあるような……。
「よう。もういいのか? お前、体だけは丈夫だったのになぁ……」
わたしが席についてぼーっとしているところに声をかけてきたのは、幼稚園からずっと一緒の幼馴染のカズヤ。
何を隠そう。わたしの、一方通行の相手だ。まぁ誰にも言ったことはないけど。
ちなみに席はお隣さん。実は毎日こっそり横顔を盗み見たりしている。秘密だ。
「うん、ありがとう。わたしも、なにがなんだかよくわかってないんだけどね」
そう言ってえへへと笑えば、カズヤはちょっと困ったように笑い返してくれる。
おやっ? いつものカズヤなら、何か話しかけてきてもすぐそっけなくどっかへ行ってしまうのに。
今日は、そんな素振りが全くない。お話、続けてもいいのかな?
「ま、何にせよ無理はしないようにな。なんかあったらすぐ言えよ?」
え、心配? 心配だよねこれ。今わたし、カズヤに心配されちゃったよね?
「うん、ありがと。じゃあ、その時は助けてね?」
なんだかいつもと比べたら妙に優しい感じなので、ちょっとばかり甘えてみる。
「お、おう……。そりゃ、もちろんそのつもりで言ってるけどさ」
あれぇ? 通っちゃったぞ。これ、もしかしなくてもやっぱり明晰夢?
「ふふ。でも、ホントに大丈夫だよ? なんで保健室で寝てたのか、自分でも正直わかんないぐらいだし」
なんだか段々変なテンションになってきてしまったわたしは、ほらほらと腕を軽くぶんぶん振って見せて、元気アピールなどしてみる。
こんなことをしてると、やっぱりいつもとは立場が逆だなぁと思ってしまう。
いつもカズヤを心配するのはわたしの役目で、カズヤがわたしに平気アピールをしてくるのが少し前までのわたし達だった。
今は、残念ながら中学に上がってからはそういうこともなくなってしまった。
流石に、中学生になってまで女子とは遊べないのだそうだ。
とっても寂しいが、仕方ないことだとも思う。
わたしもカズヤを困らせるのはイヤだなと思うし……。
大丈夫。がまんできる。わたし、強い子! うん!
「本当か? もしかして、朝ご飯食べてないんじゃないのか?」
「う、うーん? そのへんはあんまり覚えてない……? みたい」
「なんだよそれ。自分のことだろ?」
言われてみて気づいたけど、目覚める前の記憶が何もない。
朝ごはんを食べたかどうかだなんて、まず忘れることもないようなことが思い出せない。
あ、これ夢です。夢確定。いわゆる、明晰夢ってやつですよね。
やっぱりなー。やけにカズヤがわたしに優しいと思ったんだ。
学校でのカズヤは普段もっとこう、いじわるな感じなので。
わたしが話しかけると、微妙に嫌がって避けてきたりする。
それでいて放課後に偶然会うと、謝ってきたり。正直、よくわからない。
「自分のことだって、よくわからないってことはあるんだよ? カズ君はそういうこと、ない?」
どうせ夢なら、ちょっとぐらいお姉さんぶってもいいよね?
カズ君なんて呼ぶの、小学生以来でちょっとドキドキする。
「ちょっ! お前、呼び名!」
案の定、カズ君は慌てたように周囲を見回しながら飛びついてくる。
それでもギリギリでわたしの体に触れてこないのは、中学に上がったからかな。
前は平気で手で口をふさいだりしてきてたのにね。
「えー? どうしたのカズ君? なにかおかしかった? カズ君」
ちょっともやもやしたわたしは、ここぞとばかりにカズ君に意地悪してしまう。
「やめっ! わかったから! 何もおかしくないから! それやめろ!」
「やめろ……? カズ君、命令口調なんだ?」
正月に会う親戚のお姉ちゃんが弟君にこれよく言うんだよね。覚えちゃった。
「やめてくださいお願いします!」
「よろしい」
ふふ、と微笑めば、カズ君はすっごい苦虫を噛み潰したような顔をする。
わたしも、今まで心の中ではそんな感じだったんだよ? わかったかな?
「ちぇ……せっかくお前にもどうかなって思ったのに。もうお前にはやんねー」
「ん? なになに? カズ君、わたしになにかくれるつもりだったのかな?」
だとしたら、こんなチャンス見逃せない。
なにせ、普段ならありえないことの連続なんだから。
「だからその呼び方を……ああもういいや。母ちゃんがな、冷蔵庫の中身を一掃するからって、サンドイッチを一杯作ってくれたんだよ」
みんなで食べてきなさいって言うからさ……と続く言葉はやや小声で。
わたし、普段はそのみんなの中に入れてもらえなかったものだから。
そう言われただけで顔中に喜びが広がってるのが、自分でもわかる。
今の私、にっこにこしてることだろう。だって、こんなに嬉しい!
「おやおやおや? ユキちゃんはこれまた、いいことでもあったみたいだね?」
そう声をかけてきたのは、先程入口のそばでわたしを呼び止めたお友達。
ついさっきまで自分の席に座ってたはずなのに、もうこんなところにいる。
目ざといというか、耳が早いというか。面白そうな匂いに敏感な子である。
「そうなんだよー。聞いてよサヤちゃん。カズ君がね……」
「だから! それ! やめて!!」
わたしが親友のサヤちゃんに早速この喜びをおすそ分けしようとしたら、カズ君が無理矢理身を乗り出して、わたしとサヤちゃんの間に割って入る。
視界の端で、サヤちゃんがおやおやという顔をしているのが見える。
「じゃあ、わたしのこと、前みたいにユキちゃんって呼んでくれてもいいよ?」
仕方ないなー。カズ君だけ、特別だよ? 他の人はダメなんだから。
「そっちのほうがもっと無理だから! いきなりなんなのお前!? そんなに俺の学校生活を殺したいのか!!」
失礼だなー。そんな意図、あるわけないよ。ないない。ないよ。ないあるよ。
「えー……。まぁ呼んでくれないなら、わたしもやめないだけだから。いいけど。それでね、カズ君が……」
「わかった! ユキちゃん! ただし周りに男子が居ないときだけだぞ!!」
ここが引きどころらしく、もう絶対に一歩も引かないという決意がカズ君の瞳の奥から伺える。
「ちぇー……。わかったよ。じゃあ、それでもいいよ。ありがと、カズ君」
「……そっちこそ、約束守れよ。絶対だからな!」
「……約束? ってなんだっけ?」
なんかしてたっけ? おぼえてないなぁ。
「おまっ! ……なあ? 性格、変わったか? 前はもっと、こう……。少なくとも、こんなじゃなかったような気がするんだが……」
そりゃあね。今は夢の中モードだからね。無敵ですよ。
どうせ何をしたって言ったって、起きたら全部なかったことになるからね。
どうせなら、楽しまなきゃ損ってものですよ。
「そう? わたし、前からこんなだったよ? カズ君、ずっと学校でわたしのこと無視してたし。忘れちゃったんじゃないかな?」
わたし、まだ怒ってるんだからね。寂しかったし、悲しかったんだから!
「う……。いや、それは悪いと思ってるって前にも謝ったじゃんか……」
「でも、それで改めないなら、それって一時しのぎに謝っただけだよね? 未だに何にも解決してないよ?」
「いやこの件で解決とかは無理だから。もう男子と女子は違うものなの! 一緒には居られないんだってば!」
「じゃあ、学校じゃなかったら、ホントは一緒に居たいって思ってくれてるの?」
「それは……まぁ……いいとしてだ! とにかく、学校では頼むからカズ君呼びはやめてくれ。俺にも男子としての立場ってやつがあるんだよ」
立場。カズ君、また大きく出たね。てか全然よくないし。
「そんな立場とわたしの気持ちと、カズ君はどっちが大切だと思うの?」
だから、ここはわたしもひとつ大きく出てみることにする。
「いや俺今立場が大事だって話をしたよね!? 聞いてた!?」
「うん。聞いた上で無視した。それがなにか?」
「お前絶対性格変わった! なんだ? 付き合ってる友達が悪いのか!?」
そんなことを言って、カズ君はわたしの隣に立つサヤちゃんを睨みはじめる。
「カズ君。わたしのお友達に変なこと言うの、やめてくれるかな? 学校じゃ私を無視するカズ君よりは、そりゃ毎日お話とかするサヤちゃんの方がわたしに対する影響力があるのは確かだけど」
「だろ! やっぱそのお友達のせいなんじゃねーか!」
それを聞いて、途端にサヤちゃんの方へと身を乗り出すカズ君。
まったく。話は最後まで聞かないと。
「でもね。これ、カズ君がちゃんと学校でもわたしの相手をしてくれてたら、起きなかったことなんだよ。つまり、カズ君が悪い」
「待て。その理屈はおかしい」
カズ君があわてて割って入ってくるけど、そんなの聞いてあげません。
「どこがおかしいのかな? 中学生になったら途端に冷たくなったカズ君」
「……どこまでも続けるつもりなんだな、それ。くっそ。そっちがそのつもりならこっちにも考えがあるからな。どうなっても知らねーぞ。なあ、ユキちゃん?」
! わ、遂にカズ君がわたしのことを昔みたいに呼んでくれた。嬉しいな。
ああ、今日はこれでもう、思い残すことはなにもないよ……。
いい夢だった! できればまた今度、この続きからまた夢見れたらいいなぁ。
まぁ、そう上手くは行かないんだろうけどさ。だからこその一期一会というか。
「おーい、ユキちゃん。急にぼーっとして、どしたのー?」
おっと、まだ夢は覚めないのかな?
そう言えば、夢ってどうやって覚めるんだろう?
そんなの普段から意識なんてしたこと無いから、どうしたらいいかわからない。
体が目覚めれば勝手に覚める……のかな? 他にどうしようもないんだけど。
「あ、ううん。ちょっと考え事。それで、なんだっけ?」
「え? ……聞いてなかったの? ホントに? え? それはちょっと……」
「? なに? うん、ちょっと聞いてなかったかも。サヤちゃん、何か言った?」
いかんいかん。なんか、大事な話をしていたらしいぞ。取り戻さなきゃ。
「いや、私じゃなくて……その、そちらの」
と、サヤちゃんが指差す方を見れば、顔を真っ赤にしたカズ君が。
「カズ君? どうかしたの? そんなお猿さんみたいに真っ赤になっちゃって」
はて。カズ君がお猿さん呼ばわりされても微動だにしない。固まってる。
と思ったら、ちょっとうつむきがちだった顔をがばっと持ち上げて。
「だから、俺達もう付き合ってるってことでいいよな!? なぁユキちゃん!」
真っ赤な顔で、カズ君は一息でそう言い切った。
「…………は?」
「…………」
「…………えっ?」
「…………」
え、どうしよう。本気っぽい。なにこれ? ドッキリ? だよね? なんで?
「じょ、冗談……だよね?」
恐る恐る聞いてみれば、カズ君は瞳をくわっと見開いてわたしを睨む。
「冗談でこんなことが言えるか! いいか、男子と女子が下の名前を縮めて言い合うんだぞ? もうこんなの、イジる以外ありえないわ! でもな? この状況からでも打てる手はまだある。それはな、いっその事その子を彼女にしてしまうってことだよ! そうすれば俺は彼女持ちという、一つ上の存在になることができる!」
「!?!?!?」
理解不能理解不能理解不能理解不能。
「わかったか? ユキちゃん、お前が俺に求めたことは、つまりはそういうことになるんだよ!」
「いやいやいやいやそんなつもりとか全然なかったよ!? いやなれたらいいなぁとは思ってたけども! そんなつもりは全くこれっぽっちもなかったよ!?」
「へぇ。ユキちゃんも、そう思っててくれたんだ。実は俺も、ユキちゃんのこと、前から……」
「なんで!? なんでここで告白タイムになるの!? そしてなんで皆がわたし達を取り囲んでるの!?」
嬉しいけど! 今すぐ飛び跳ねたいぐらい嬉しいけど!
だって! カズ君がわたしのこと……! 好きだって!!
「それはだって……ねぇ? カップル誕生だなんて美味しいイベント、見逃す手はないし? ねぇみんな?」
サヤちゃんがそう周りを煽れば、男子女子関係なしにひゅーひゅーと冷やかしの声が上がる。
あれ、これ、もしかしてわたし、引き返せないってやつじゃ……。
いや待て。わたし、冷静になれ。これは夢だ。夢なんだから、起きたら元通り。
……なーんだ。ちょっとだけ焦っちゃったじゃん。もう、カズ君め。
わたしをこんなに焦らせるだなんて。これはもういけない子ですよ。
まったく。反省が必要ですよね。だから、この話、受けちゃいます!
「うん。カズ君、明日から、彼女としてよろしくね?」
わたし、にこっとしながら、告白を受け入れる。笑顔はおまけでサービスです。
カズ君はこくっとかわいく頷くし、周りはわっと盛り上がるしでなにやらクラスの一大イベントになってしまった模様。
ふふ。わたし、明日からお弁当……は給食があるから、お菓子でも持ってきてあーんとかしちゃうんですかね?
今寝てるわたしにビデオみたいに見せたら、さぞや悔しがることでしょうね!
さあ、寝てるわたしよ。そろそろ起きてもいい頃なんじゃないかな!?
これ以上は想像とかつかない世界ですよ! わたし! 聞いてますかー?
ボロとか出る前に気持ちよく目覚めたいので、そろそろ終わりでお願いします!
……えーと。目覚める様子がないですね。おーい、わたしー? 寝坊だよー?
……結局、自宅のベッドの上で眠りにつく最後まで、わたしは夢から覚めることはなかった。
* * *
「ふぁ……。昨日は変な夢見たなぁ……」
なんだか、ずいぶん長いこと夢を見ていた気がする。頭が重い。
気力を振り絞って朝の支度をして、いつもの通学路へ飛び出す。
いつもの朝、いつもの通学路。周りを歩くは同じ制服の男女達。
その中から、わたしにとっての特別を見つける。カズ君だ。今日もかっこいい。
「おはよ、カズヤ」
いくら学校では避けられてると言っても、朝の挨拶ぐらいは普通にする。
その日も、普通に朝の挨拶をしたつもりだった。少なくとも、わたしは。
「おはよ、ユキちゃん。どした? そんな変な顔して。てか昨日あんなに連呼したのに、もうカズ君呼びは終わりなのか? それもちょっと寂しいぞ。なあ?」
……えっ? カズ君……? 昨日……? え、これ、まさか……?
長編でもラブコメ書いてます!
よろしければそちらもどうぞ!