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結婚したい男  作者: momo
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その2




 ラキシスの前に一人の身目麗しい騎士が度々姿を見せるようになった。見た目のせいでとても有名な彼をラキシスも知っていたが、甘やかに微笑む瞳の向こうに怪しい何かを感じてラキシスは彼が、アトロボスが苦手だった。


 「逃げると追いたくなるものだよ?」

 「そんな事を言われても、わたし―――」

 「俺のこと嫌い?」

 「……そんな事はありません。」


 逃げたかったのに人気のない場所に追い込まれてしまった。沢山の恋人がいるらしい騎士様がどうして自分なんて追い回すのか。彼に追われるようになったせいで同僚たちの視線も厳しいものになり相変わらず孤独を味わっている。それは慣れているからいいが、追われるのには慣れていない。逃げるからと言われるが、逃げなければとんでもない事になりそうでどうしても逃げてしまうのだ。


 「嫌いじゃないならデートしよう。」

 「忙しくて無理です。」


 騎士を相手に下女がこんな口の利き方をしていいわけがない。けれどアトロボスに曖昧な返事をしては了承と取られてしまうのだ。小さな身を更に小さくして視線を合わせずはっきりと断っても、アトロボスは何を考えているのか分からない笑みを浮かべたまま迫って来る。


 「明日休みだよね。昼前に迎えに行くから約束だよ。」

 「あのっ?!」

 

 断っても断っても面白そうに追いかけてくる。ついに今日は断ったにも関わらず勝手に約束して行ってしまった。確かに明日は休みだがアトロボスとデートなどするつもりはないのに、断りの言葉はいらないとばかりに姿を消されてしまう。冗談だろうと半信半疑でいたら、翌日の昼前にアトロボスは現れた。


 女性慣れしたアトロボスにラキシスは戸惑うばかりで、アトロボスもそれに気付いていたが完全無視でエスコートに務める。離れてはいけないとまるで恋人同士の様に手をつながれ、お姫様のように扱われて新しい服まで買ってもらい、ラキシスでは決して入れないようなお店に連れて行ってもらいお昼ご飯をご馳走された。椅子に座るのも立つのもアトロボスから奉仕され、慣れないラキシスは肩身が狭く申し訳ない気持ちでいっぱいだ。けれど食事の後に連れて行かれた動植物園では、珍しくも愛らしい動物を前にラキシスの心も次第に落ち着き始めた。けれどアトロボスの優しさに企みを感じ取りどうしても素直に受け付けられない。夕闇迫る公園で体を引き寄せられた瞬間には咄嗟にアトロボスを突き飛ばしてしまっていた。


 「あっ、申し訳ありません!」


 相手は地位と名誉を兼ね備える騎士だ、最下層に位置する人間が自己主張してよい相手ではない。咄嗟の不敬に血の気が引いて頭を下げると、僅かに見開いた目を細めたアトロボスがくすりと笑った。


 「俺じゃなくてクロードを選ぶ理由は何?」


 口元では微笑みながら目は少しも笑っていない。冷たい眼差しを受けラキシスは、クロードに構われる自分をアトロボスが不快に感じているのだと悟る。だからこうして追い回されていたのだ、クロードに会わせない為に。


 「申し訳ありません。二度と、お側には寄りませんのでお許し下さい。」


 怖くて踵を返し逃げ出したラキシスの腕をアトロボスが捉える。殺されるんじゃないかという恐怖に震えるラキシスは足が竦んで逃げ出せず、容易く両腕を拘束される様に掴まれた。アトロボスが屈んでラキシスと視線を合わせる。


 「君に怒っている訳じゃないよ。純粋にクロードを好ましく思っているのならそれでいいんだから。」

 「ごめんなさいごめんなさい、二度と姿を見せませんのでどうかお許しください!」

 「えーっと、ごめん。とって喰おうって訳じゃないから泣かないで、ね?」


 嗚咽を漏らすラキシスの頭をアトロボスが撫でる。ふと見上げると困ったように眉尻を下げた彼の瞳からは不快な感情は消え失せていたが、やっぱり怖くて涙は止まらなかった。



 *****



 「何か気に触る事をしたんだろうか。それともしつこくし過ぎたか……」

 「何に悩んでるかは知らないけど、最近お前が世話ストーカーしてる下女ならアトロボスとデートしてたよ。」


 どうもラキシスの自分に対する態度が最近おかしい。避けられているようだと悩むクロードに、モイライは目にしたままを気遣いも、さして興味も無さげにさらりと告げる。するとクロードの目がこれでもかと見開かれ、悔しそうに頭を抱え奇声を上げた。


 「ぐあぁぁぁぁっ、またアトロボスかよっ!」

 「お前の好意より、顔が良い男を選ぶような女なんかに現を抜かすお前にも問題あるだろ?」


 いつもそんなのばかりを相手にしていると、口に出さないまでも態度で語るモイライに、クロードは今までとは違うと頭を思いっきり振った。 


 「彼女はそんな娘じゃないっ!」

 「結婚したいだけならシェリーに頼めば? 馬番のロイズじゃ贅沢できないからって過去の男とやりまくってるくらいだから、腹の子の父親になって贅沢させてやるって約束すればすぐにでも結婚してくれんじゃない?」


 その代わり次に孕む子も他人の子だろうけどねと、魔法使いの友人は不吉な予言をしてくれた。


 「別に結婚したいだけって訳でもないんだがな……」


 十代の頃はそんな結婚に夢を見ていた。付き合う女性を二人の友人に取られるうちに夢や希望など忘れ、こちらに選ぶ権利はないと知り、受け入れてくれる女性は両腕を広げ迎え入れ、どんな我儘も聞いて欲しい物は買ってやり、彼女らの思惑を察しながらも汚いものに蓋をし目を瞑っていた。シェリーのこともそうだ。たとえ他人の種を宿していても自分を愛してくれ、家庭を守り笑顔で迎えてくれるなら腹の子が誰の子であっても問題なかったのに。


 それがあの日、暗闇でラキシスに声をかけたお蔭で間違いであったと気付かされる。


 下心がなかったわけではないが、成人して間もないずっと年下の娘を騙して孕まそうとか、囲い込もうとかするつもりはなかった。ただ荒波に呑まれているくせに世間知らずで、腹を空かせた彼女が哀れで面倒を見てやっただけだ。出会った翌日は感謝されたいとか思ってやった事ではなかったが、クロードがしたことに気付いて感謝を述べるラキシスを前にすると、いい大人が幼気な娘を騙している気分になって視線を合わせられなくなる。そして二十七のいい大人が十六の小娘にいつの間にか惚れてしまっていたのだ。


 「くそう、だからアトロボスが出て来たのか。」


 心内で己の気持ちを再確認すると、その度に相手の女性に声をかける友人の素早い行動にあきらめの色が混じる。アトロボスだけではない、モイライもそうだ。いつもながらの事に険悪にならないのは、クロードが二人の想いを理解しているからに他ならない。見た目に反して善人であるクロードの地位と財産を狙う女は意外にも多く、友人が騙されては可哀想だという余計なお世話的を焼いてくれるからだ。二人のお眼鏡にかなう女性は未だに現れておらず、このままでは一生独身で過ごすのかとクロードは深い溜息を落とした。


 「下女のじゃないといけない理由があるなら、僕だって協力してやらないわけでもないんだけどね。」

 「アトロボスが出て来たんならどうにもならんだろ。くそう、一度でいいから抱きしめてみたかったなぁ……」


 心底悔しそうに吐き出したクロードは不貞腐れてテーブルに突っ伏した。アトロボスが言い寄って靡かなかった女性は過去に一人も存在しない。綺麗な顔をしている割に自己愛に直走るモイライは時折失敗するが、アトロボスにかかればラキシスなどひとたまりもないだろう。図体に似合わず顔を伏せて落ち込みぐすんと鼻をすする様に、モイライは黒いローブから白い手を出して指を顎に当てた。


 「女なんかの何処がいいんだろうね。」


 呟きながらおもむろに腰を上げたモイライはクロードを置き去りに目的の場所を目指す。モイライもアトロボスも女運がないくせに結婚に夢ばかり見ている友人が心配で長いこと見守り続けていた。だが最近は学ぶ所か他人の種を宿した女でさえ妻にしてしまおうとするクロードの馬鹿さ加減に呆れ、いっそ全財産失って痛い目見るのもいいのではないかと思い出した所だったのだ。


 そこに現れた新たな女の影。モイライは放置していたがアトロボスが先手を打った。だがアトロボスが声をかけても乗り気になる所かなかなか落ちないらしく、最近ではアトロボスまでもがあの娘を本気で気に入っている様子。なかなか靡かないラキシスに本来の目的を見失っている風にも見受けられた。


 放置を決め込んでいたモイライも、クロードの地位や金目当てでなく、彼を大切にして望む結婚生活を与えてくれる女性なら協力してやらないでもない。最近突っ走り気味だった友人がようやく結婚するだけが目的ではないと思い出し始めたようなので、それなら一肌脱ぐかとモイライも腰を上げたのだ。


 向かった先にいた彼女ラキシスは身目麗しい騎士に口説かれていた。こうして離れた所から眺めるとよく解る、彼女がアトロボスに落ちる事はないと。というか、一回りも年の離れた下女を本気で口説きまくっているアトロボスの様子があまりにも珍しく滑稽で暫く観察することにした。そうしているとモイライはアトロボスのせいでインチキ魔法使い呼ばわりされたのを思い出し、借りを返す絶好の機会と足取り軽く嫌がらせに向かうことにする。


 「おう、モイライどうし―――!」

 「えっ?」


 無言で早足に歩み寄ったモイライは、嫌われるのを恐れアトロボスが触れるのに躊躇する存在に両腕を伸ばすと、遠慮も何もなくこれ見よがしにぎゅっと抱きしめた。


 モイライの思わぬ行動にアトロボスが目を丸くし、見知らぬ男に突然抱き締められたラキシスも驚きに目を丸くして体を硬直させる。ぎゅうぎゅうと隙間なく溶け込むようにラキシスを抱きしめるモイライが何をしているのかを察したアトロボスは、丸くしていた目を呆れさせ、大きく息を吐き出して額に掌を当てた。


 「お前それ反則。」

 「失格ならアトロボスが好きにすればいいさ―――ああ、でも残念。もしかして初恋だったりして。」


 ラキシスを抱きしめたまま人の悪い笑みを浮かべた魔法使いに、馬鹿を言うなとアトロボスは肩を窄める。抱きしめられたラキシスは声も出せずされるがまま、やがてモイライはゆっくりと拘束を解くとラキシスの耳元に口を寄せた。


 「今のは忘れる、いいね?」


 モイライの呪文にラキシスは素直に頷いた。



 *****


 ラキシスは常に不安を抱えている。幼くして両親を殺され後ろ盾を失い、以来たった一人の力だけで生きて来たのだから当然だろう。いつ仕事を失い、生きる糧を失うかと怯え、不当な扱いにもそれと気付かずに必死で生きていた。モイライに言わせれば馬鹿は死ぬ世界だ、無知なのが悪い。しかしながら過酷な環境にあって黒く染まらなかった、染まる暇のなかったラキシスはクロードに捧げるべき格好の獲物である。


 クロードに出会ったおかげで生活基盤はラキシス基準では豊かになっていたが、病や怪我に倒れでもしたら収入を失いのたれ死ぬのは目に見えている。ラキシスは自分に好意を寄せる男を利用しようと考えつくより先に、生活の糧を失うのを恐れて逃げまどっているのだ。しかも近頃は特にアトロボスに言い寄られているせいか、嫉妬や妬みにあって多くの女たちから嫌がらせも受けていた。ようやく過ごしやすくなった職場環境だったのに台無しだが、本人はあまり気にしていないのが救いだ。しかしこのままでは元の木阿弥になりかねない嫌がらせも多い。


 力を使って勝手に人の心や過去を覗き見たモイライに後ろめたさは微塵もない。ラキシスの過去や嫌がらせを知ってもよくある話だと同情もしなかった。


 けれど彼女は友人であるクロードの想い人だ。ただ幸せで穏やかな結婚を望んでいた友人はいつしか迷走し、他人の種を宿した女で良いと望んでしまう馬鹿者に成り下がってしまっていた。原因の一端は自分とアトロボスにもあるのだが、モイライは最近になって面倒になりどうでもいいと思うようになっていたのだが。ようやく本来の夢を思い出したらしいクロードになら協力してやっても構わない。それに関してラキシス本人の心内などモイライにとっては知った事ではなかった。失格ならアトロボスに弄ばれて終わればいいと思っていたが、合格なら貴重な存在を節操なしに渡してしまうのは惜しすぎる。しかもラキシスの心はしっかりクロードに傾いているではないか。それを邪魔しているのがアトロボスだとなれば、これはもう全力でクロードを応援して、馬鹿にされた仕返しをきっちり返してやろうとモイライはほくそ笑んだ。


 『親も兄弟も友人もいない、彼女は一人きりだ。それに付け入れば落とすのは容易いんじゃないかな。将来に不安を持っているし、恋人からってよりは条件付けですぐに結婚してやった方がいい。でも強引にいかないと無理っぽいよ。情なんてその後でいいんじゃない?』


 と、モイライから助言を受けたクロードだが猪突猛進という訳にはいかなかった。どうやら今までと違い本気でラキシスに心を持って行かれているらしい。そのラキシスがアトロボスに好意を寄せているのなら、自分などが無理矢理割り込むのは良くないと尻込みしてしまったのだ。そんなクロードのいらぬ気遣いを耳にしたモイライはそれはそれはにっこりと、美しい顔を楽しそうに緩め満面の笑みを浮かべる。


 「あいつ振られたよ、彼女を脅えさせて泣かしてやんの。今更繕っても顔が良すぎて怖がられてるから。ああ見えて彼女、悪意や偽りには敏感だから嘘つくのだけはお勧めしない。」


 背中を押され半信半疑でラキシスを捜せば、クロードを目に止めた途端に彼女は脱兎のごとく逃げだしてしまった。落胆した途端にモイライが追えと尻を蹴飛ばす。


 「いや、だがあれでは―――」

 「国一番の魔法使いたる僕が協力してやってるんだ、失敗したら許さないよ?」


 ほら行けと再度尻を蹴られ、クロードは戸惑いながらも逃げたラキシスを追う。体が大きい割に俊敏な動きをするクロードだったが、小さな体で逃げるラキシスはちょこまかと動き腹を空かせてふらついていた面影は何処にもない。苦労してようやく追い詰めた先は人気のない暗がりで、冷たい石の壁に追い詰められたラキシスは普段優しいクロードの豹変に脅えていた。クロードの目はすっかり獲物を狩る獣の物へと変わっていたのだ。


 硬く大きな手が獲物に食らいつくかに細い肩を捕らえ、ラキシスからは小さな悲鳴が上がる。


 「きゃっ!」

 「俺と結婚してくれっ!」


 強引を通り越した猪突猛進だ。ラキシスから上がる可愛らしい悲鳴をかき消し、唾を飛ばしながら叫んだクロードをラキシスは見上げる。言葉は理解できるが意味が理解できない。なにしろクロードはラキシスを追い回したのと緊張のお蔭で鼻息荒く、額からは大粒の汗を流して物凄い形相で睨んでいるのだ。喰らってやると言われる方がしっくりくる状況にラキシスは体を震わせると涙を流した。


 「ごっ、ごめんなさぃ……」

 

 自分のような人間が彼に近づいてはいけなかったのだと、謝罪するしかないラキシスの声がクロードには届かない。骨が軋むのにも気付かず力を入れてさらに距離を縮め、ラキシスは恐怖と痛みで「ひっ」と声にならない悲鳴を上げた。


 「一生面倒見る、生活の心配は一切かけないし浮気もしない。だから俺と結婚してくれっ!」

 「ごめんなさっ、何でもしますからお許しください!」

 「それは応という意味か?!」

 「そうです、だからどうか許してくださいっ!」


 優しかったクロードの豹変に脅えるラキシスに気付かず、クロードは力任せにラキシスを抱き寄せる。


 「必ず幸せにする、二人で温かい家庭を築こう!」 

 「はっ、はいっ!」


 返事はしたもののきちんと意味を理解できていないラキシスは、歓喜のあまり力加減を失ったクロードによる全力の抱擁を受けるてしまう。意識を失い窒息寸前の所をアトロボスに助け出されると、モイライの治療を受けて一命を取り止めたのであった。





 

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