scene3 微妙な立ち位置
「鬼と人間との間に生まれ落ちた、朱貴様にしか出来ない事だからです」
「俺にしか、できないこと…」
言われたことを、反復するように呟く。
「そうです。朱貴様は、今確認されている数少ない、鬼と人間の間の子なのです」
少し間をおいて、はっとする。
「…って他にもいるのかよ。俺にしか出来ないわけじゃねーじゃねーか」
「確かに、少ないながら他にも鬼の血を引く者はいます。しかし、みな一様に人間の社会で、まるで人間のように生活するにはいささか、見た目が鬼に寄りすぎている」
鴻草がそっとフードの上から自らの角をなでる。 ちらりと見える、耳元から生えたそれは、端正で幼さの残る顔立ちに見合わぬほどにたくましい。その動作に合わせるように、なんとなく朱貴も、自らの頭の、わずかなふくらみを撫でた。
「あなたの存在は、奇跡と言って余りあります。どうしても受け継いでしまう、鬼の角がない。これは、黒人と白人の間にまっ白な肌の子供が産まれるよりもありえないことなんです」
「見た目だけが問題ではないと、私も言いたい。しかしそれだけでは、奴らを説得するには足りないでしょう。うまく人間の社会に溶けこみ、普通の人生を送る。人と同じように働いて、友人や恋人を作る。まるで本当に人間であるかのように。そんな存在が我々には必要、です。」
「…いや、待ってくれ。」
朱貴は頭を抱える。
「その理論で行くと、働いてない俺は人間として見なされないんだけど。働いてないと生きることさえ許されないのか!?人権は、無い!?」
鴻草はあごに指を当て、少し視線を落とす。
「…そうかもしれないですね。働かざるもの、食うべからずという言葉もありますし…。もしかして朱貴様は、いわゆるニートであらせられますか?」
「ニートじゃない、俺は働く気はある!とりあえず金に困ってないから馬鹿らしくてやる気がないだけだ」
「…?働いていないのに金に困っていないとは、朱貴様、これいかに?」
うっ…。
痛いところを突かれた。ヒモやってまーすとは、口が裂けても言えない。
「…使わなきゃ大してなくてもイイんだよ。前働いてた時に貯めてた分を切り崩して生活してる。今はデフレの時代だからな、それでも気楽なもんだ。」
適当なことを言ってごまかした。
「はぁ…。よく分かりませんけど、うまくやっているのですね。」
頭のてっぺんから爪先までずっぽりの嘘を、とりあえず飲み込んでくれたようだ。
「まーとにかくオレは、人間なんだよ」
「…えぇ、もちろんそうです。我々としても朱貴様は人間であるという意見でまとまっています。私個人としても。 ただ、鬼の血が半分流れているというだけの。 」
「最後のは引っかかる言い方だな」
「事実ですから。他愛のない。話をもどしましょう。先ほど、人間と共存することに反対する勢力があると言いましたね?」
「…あぁ。」
「その中でも特に危険な、過激派という連中がおります。人間と生きることを、下等な人間という存在に誇り高き鬼が敗北したと、そのようにとらえる集団です。そんな連中にとっては、我々の考え方は、到底ゆるしがたいものである筈です」
鴻草が小さくため息をつく。
「…問題なのは、過激派と呼ばれるゆえん。その名のとおり過激な手段で、自分たちの意見をおし通そうとしています。この連中のせいで、無用な同族の血が流れるやも知れません。」
「それは、大変だな」
朱貴が適当な相づちを返す。
しかし鴻草はまるで気にしない様子で続ける。
「しかし、むこうもそれは避けたいと考えているのか、近々過激派の幹部クラスと我々で会合があります。意外にも、話し合いによって解決をはかろうとするだけの、頭はある連中のようです。」
「そこで、オレの出番、ってわけか?」
朱貴が問いかけると、鴻草はニコリと微笑んだ。
「こうして鬼の血が流れている人間、という存在があるということを、人間と鬼は相容れないと考えている連中に教えてやるだけでも、かなりの効果があることが考えられます。少なくとも、鬼であるところの私どもが説得するよりも」
その時、ぴくりと朱貴の眉がわずかに震えた。
「…いかがなさいました?」
「連中に教えてやる、って、俺の存在はそんなに知名度が低いのか?│忌み子として生まれて、捨てられた俺は?」
「…ッ!」
「悲しいね、俺の生まれた場所なのに、俺の事は誰一人しらないってことか」
朱貴はやれやれといった態度で、肩をすくめる。
そして前のめりになり、鴻草を威嚇するように睨みつける。
「…俺はあそこには戻らねぇ。何年も放ったらかしにされてたんだ、今更関わりたくねえよ。」
「しかし…!」
「しかしもへったくれもねえ、この話は終わりだ。」
朱貴は立ち上がり、きびすを返して鴻草の前から立ち去ろうとする。
そこでふと、思い出したように机の上におかれた伝票を手に取った。
「コーヒー代は出してやるよ。お前らなんぞに借りを作りたくないからな。」
露骨に困ったような顔をする鴻草を尻目に、今度こそ外に出ようと背を向ける。
「朱貴様…!」
自分の名前を呼ぶ声がするが、朱貴は振り向かず、誰にも聞こえないような声で呟く。
「俺は、人間だ。」
何歩か歩いたのちに。今現在自分にはまるで金がないという事実に気付き、あやうくたった今拒絶した相手に金の無心をお願いしかけたが、両のポケットをまさぐり、なんとか支払いを済ませた。今は帰路についている。家はすぐ近くだ。
「…やるせねぇー…」
好奇心でついて行ってしまった事を軽く後悔する。おかげで、痛くもない古傷を抉られてしまった。しかし、意外にも朱貴は内心に怒りや悲しみといった感情は、さほど持ってはいなかった。
鬼が自分を訪ねてくるという事は、なにかしら自分の過去に関わるだろうということは容易に想像できた。そして、それを断らなかったのは、好奇心につられたというだけでなく、もはや鬼との間に生まれ、''故郷に捨てられた'' ということがさほど気にならない事になりつつあったからだ。むこうの要求には応じなかったものの。
朱貴は今しがた別れた小さな鬼について考える。
あの鴻草と名乗った鬼はこれからどうするのだろうか。おめおめと帰るわけにも行かないだろう。また自分のところに来るんだろうか。そしたらどうしようか、いいように使ってやろうか____などと考えていると、唐突に、
パリン
何かが割れる音が辺り一面に響いた。
「…?」
周りを見渡す。しかし、音の出どころはハッキリしない。
「なんだ?」
どこかでガラスが割れたのだろう。近所の子供が粗相したのだろうか。もしかしたら変なやつがいて、ガラスを割って歩いてるかもしれない。
しかし周りにそうした様子は見当たらず、大した問題とも思えなかったので、朱貴は真っ直ぐ家へと歩を進める。
2分ほどで、家の前まで来た。鍵を取り出し、扉を開ける。中へ入り、少し狭い廊下を抜ける。
そうして、朱貴の視界に入ってきたのは、思い切り割られた窓と、どのようなレイアウトだったかを思い出せないほどに、滅茶苦茶に荒らされた部屋だった。




