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oninoko  作者: ギンゴンエ
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scene2 行方不明者と電子機器


「朱貴様を、迎えに参りました」


そう言うとその鬼は、深々と頭を下げる。

まずひと目見て思うことは、小さい。成長の早い小学生高学年程度だ。


パッと見で160無いのではないかと思うほど。というか実際無いだろう。│朱貴しきが180cmちょうどで、向かい合うと頭一つ分違う。もう一つ大きな違和感があって、それはタキシードを着ている事。赤黒い肌とは対照的に、気品のある黒のジャケットがいやに目をひく。


外見はほとんど人間のそれだ。こめかみから伸びた太くて立派な角が無ければ、血色のいい人間にしか見えなかったかもしれない。


しかしながら、目の前にいるのは鬼。紛れもなく、鬼なのだ。伝説上、寓話の中でのみ息づく生き物が、今目の前にいるという事実。しかしながら朱貴は、ひと目でそれを確信し、なおかつ鬼の存在という事実については全くと言っていい程驚いてはいなかった。


「迎えに来たって…なんの事だよ…?」


混乱しつつも、質問を投げかける。頭がくらくらする。


「それには少々…いえ、かなり込み入った話になりますので、場所を移した方がよろしいかと。雨も、降っていますし。」


そう言うとその小柄な鬼は踵を返し、すたすたと歩き始めてしまう。


「ちょ、ちょっと待てよ、よく知りもしない」


奴にホイホイついて行くかよ…と言い切る前に、小柄な鬼はぎゅん、と振り向いた。


「申し訳ございません、自己紹介がまだでしたね。申し遅れました、わたくしは名前を│鴻草こうのくさと言います。なんとでもお好きなように呼んで下されば幸いですので、こうくん、こう、こうりん、小間使い、何でもお好きにどうぞ。以後、お見知りおきを」


鴻草、と名乗った小柄な鬼は気取った態度で深々と頭を垂れた。

朱貴が訝しく思っている事を感じ取ったのか、鴻草は続ける。


「まぁまぁ朱貴様、そのような猜疑心溢れるお顔になられる気持ちも分かります。もちろん、私は決して貴方をどうこうしようという気持ちは1ミリも御座いませんし、ましてや貴方の敵ではないのですよ。敵の敵は味方だとよく言われますが、私は敵の要素が一つもない、純粋な味方なのですよ。今の私に信用を担保するものは何一つ御座いませんが、ついてきて下されば分かります。話せば分かる!」


鴻草も焦っているらしく、少し早口でまくし立てる。


(こいつ…何なんだ?俺のところに鬼が来るってことは俺の古巣の…。何のために?よく、分からないな…。思い当たるフシも、ない…)


取り留めもなくそんなことを考えていると、段々と今起きていることを自分の腹に落とし込む、そんな余裕が出てきた。


「話せばわかる…、ねぇ。俺のところにその…鬼であるお前が来たってことは、やっぱり、俺の古巣になんか関係があるのか?」


「あるかないかで言いますと…」


鴻草はまたも踵を返し、今度こそ歩き始める。


「ついてきて頂ければお教え致します」


くそが。気になるじゃねーか。

今ここで教えなければついて行かない、とゴネることも朱貴には出来たが、鬼という、奇っ怪な存在との邂逅に好奇心を刺激され、結局、ホイホイとついていくことにした。してしまった。


そして、この事をきっかけに朱貴は身を削られ、毟られ、蹂躙され、啜り尽くされる____そんな邪悪に、頭から突っ込んで行ったことに気づいてはいなかった。


____或いは、彼は気づいていたのかも知れない。すごく面倒な事になるかもしれない、程度には。仮にそうだったとすると、それは大きく外れ、結果的にはその認識は自らの想像力がまるで足りなかったと、後から嘆く材料にしかならなかったのだが。







ついてきて頂きたい、と言って鴻草が案内した場所は、なんという事の無い、近くの喫茶店であった。

店に入り、アイスコーヒーを2つ頼み、受け取ってから席に座る。

平日の夕方ということもあり、客の入りもまばらだ。


「…で、話ってなんだよ。」


鴻草は少し神妙そうな顔をして、咳払いをする。

人目につくといけませんからね、とタキシードの上から羽織った黒地のパーカーのフードが揺れる。正直、悪い意味で目立っている。


「最近、日本全国で行方不明者が多いのはご存知ですか、朱貴様」


行方不明者、と聞くと今朝のニュースが頭をよぎる。


「最近、と言ってもここ4、5年の間の話ですがね。あれは、我々鬼が絡んでいるんです。」


そう言うと鴻草は、ジャケットの胸元から何かを取り出した。


「____ちょうどこちら、この機械、スマートフォンを、皆様が持つようになってからです。この意味、おわかりになりますか?」


アイスコーヒーの氷がカラン、と音を立てた。






「…お、お前今スマートフォンって言った??」


「…?ご存知ないですか、朱貴様?スマートフォンというのは、携帯電話とパソコンを合体させた様なものでして…」


「ちがうちがう!」

朱貴は困ったように顔の前で手を振る。


「スマートフォンのことは知ってる。俺が言いたいのは、お前ら鬼みたいな連中の口からそんな現代的な言葉が発せられるとは思ってもなかったって事だ」


「人類が進歩するように鬼も日々進歩しているんです。あまり我々を見くびられても困りますね」


鴻草はそれだけ言うと、わざとらしく胸を張った。


「…まぁなんにせよ、最近の電子機器はすごいモノですね。まざまざと人類の科学技術の進歩を見せつけられる」


そういうと、鴻草は朱貴にスマートフォンを向け、写真を撮る。フラッシュが焚かれ、カシャッとシャッター音がした。

朱貴は、突然の眩しさに顔をしかめる。


「特に、このカメラは凄い。こんなに小さい端末なのに、これだけ解像度の高い画像を撮ることが出来る。ほら、この写真なんて、朱貴様の鼻の毛穴までくっきり」


鴻草は何故か自慢げに今撮った写真を朱貴に見せつける。


「他にも、この地球のどこにいてもこの端末を持っていれば自分の位置が正確に分かるとか、人工知能が搭載されていて会話が成立とかするらしいじゃないですか。いやはや、スパイ映画も真っ青ですね?」


そうすると鴻草は、まるで最近の家電を知らない老人に向かってデモンストレーションしてみせるショップ店員のように、スマートフォンに天気予報を聞いてみせた。


朱貴はそれを無視して、問いかける。


「…話が見えねぇな。スマートフォンと行方不明者に、関係性なんてないだろ?まして、鬼と」


明日の天気は今日とはうってかわって晴天でしょう、との返答を聞いたのち、鴻草は朱貴の方へ向かい直す。


「それがですね、関係大アリなのですよ、朱貴様。

誰しもが高性能のカメラを持ち、撮った写真をソーシャルネットワーキングサービス、SNSで全世界に発信することが出来る。これは、人類史上今までなかった事なんです。」


またもや、スマートフォンをいじり始める。覗くと、青い鳥が見えた。


「そして、このことは人に姿を見られたくない者にとっては、とてつもなく都合が悪い。なんらかの犯罪を犯した者、落伍者、姿形が醜い者、外見に強いコンプレックスを抱いている者、有名人、そして… 」


「…鬼、か…。」


朱貴はアイスコーヒーに口をつける。苦味が舌乳頭の味蕾細胞を刺激し、カフェインが血液に溶けていく。


「…その通りです。この並びに入れられるのは不本意ですが、人ならざるものとしては、人に見られることは非常に良くないことです。万が一見つかってしまった場合には、│お互いに不幸な結末になってしまうことでしょう。」


ここで鴻草は初めてアイスコーヒーに口をつけ、一息つく。


「ひと昔前までは、と言ってもかなり前の話しですが…

我々鬼は、今ほどには人目につくことを恐れてはいませんでした。拳銃のような強力な武器も無いですし、連絡ももちろん今ほどスムーズでは無かった。農民は土地を耕すこと以外のことは知らず、今の一般人に比べて知恵も知識も無かった。…要するに無い無い尽くしで、抵抗する術を持たない人間は、鬼にとって搾取の対象だったんです。」


鴻草は続ける。


「それが今やどうでしょう。いくら力が強かろうと拳銃を持った人間には無傷では勝てませんし、110と打ち込まれただけで合法の暴力に制圧される。まして、姿を見せただけでも、写真や動画を撮影され、自動的に│国際指名手配犯・・・・・・・に仕立てあげられる。搾取なんてとんでもない、人間と関わることそのものが、最早リスクでしかないのです。だから、昔は山ほどあった鬼の噂や伝説が、今じゃほとんど見られないんです。…逆に言えばこれは、我ら鬼の、血道をあげた努力の賜物と言っていいでしょう。全ての鬼は、姿を見られたら…その人間は必ず生きて返すなと、掟できつく言いつけられております…。」


鴻草の声のトーンが徐々に下がっていくのを聞きながら、朱貴は口を開く。


「それで、俺にどうしろっていうんだ」


「…まだ話は続きます。もう少しで終わりますので、最後まで聞いてくださいませ。」


鴻草はまた一口、アイスコーヒーを口にする。


「私は、この状況は長くは続かないと思います。今は幸いにも、人の目に晒されないように、人の手の届かない山奥でひっそりと暮らしているので、致命的なミスは未だ起きていません。しかし、それは時間の問題です。知らず知らずのうちに我々のテリトリーに迷い込む人間もそう少なくない。今のご時世、人間の手の届かないような所というのは段々と減ってきていますし…。それに、先ほど申し上げましたように、見つかって写真を撮られ、SNSにでも挙げられたら1発でお終いです。スマートフォンの普及に伴うサドンデスのリスクを抱え、日々を暮らすのはもう限界に近い…。」


そして鴻草は、ここで一呼吸、溜めた。朱貴には、それが鴻草が決意を新たにしたように見えた。


「そこで私、いえ、私たちは、この状況を打破するために、人間との共生を望みます。」


朱貴は驚いて思わず目を見開いた。


「なっ…んだ、そりゃあ…。」


「人間と手を取り合って生きるということです。時間はかかるかもしれませんが、肌の黒い人がアメリカの大統領になれたように、いつかそんな時代がやってくるかもしれない。永遠に隠遁し続けるよりも、よっぽど現実的だと思っています。」


「…出来るのかよ、そんなこと。」


鴻草は切なげに目を伏せる。


「そうですね…。出来ると思ってはおります。しかしその一方で、朱貴様のお気持ちもわかります。そんな事、有り得ない、何を言っているんだコイツは、と…。

もちろん、私とてすぐに人間と生きるという事が達成されるとは思っておりません。」


鴻草は視線を下げたまま続ける。


「事実、鬼の中でも今、この事が大問題になっています。人間と共生するという考えに賛成の者と、そうでない者の間で衝突が起きてしまっているのです。このままでは、鬼同士で抗争が起きてしまいかねない程に。」


「朱貴様、」

鴻草は顔を上げ、真っ直ぐに朱貴の顔を見据える。


「今回朱貴様の元に参った理由はそこです。この対立を解消し、鬼全体が一丸となって人間と共生するという姿勢を貫くためには、鬼と人が上手くいっているという証拠が必要になる。そこで、朱貴様、あなたに白羽の矢が立ったということです。あなたには、鬼と人間の共生の象徴となって頂きたい。」


ひと呼吸おいて、鴻草は言い放った。


「なぜならこれは、鬼と人間との間に生まれ落ちた、朱貴様、あなたにしか出来ない事だからです」








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