もののけもよう 其の三――桜の精――
もののけもよう 其の三――桜の精――
筆名・峨嵯 後走
ありとあらゆる命に溢れた、この世界。
されども、あなた方の知る世界とは少し異なります。
まず、似通ってる所と云えば、極東の――とある島国、その長い歴史の中で『平安』と呼ばれる時代の文化でしょうか。建築様式から風俗まで、人間どもは幽玄の美と言ってますけどね。そして、そんな世界を『宸世』と讃え、誇っています。鎌倉幕府が成立し、武士の世が揺るぎ無い物となってしまい、皇政復古を諦めた時の帝が――まぁ、成り立ちを語れば長くなるので、このくらいに致しましょうか。
では、大きく違う所と云えば――そう、私のような命無きモノどもも、多く棲んでおります。
怪物、妖怪、化け物、様々な括られ方がありますが、この世界では総じて[もののけ]と呼ばれ、恐れられています。時には奉られ――、時には狩られ――、私達と人間どもの関係は、悠久の時の流れによって激しく揺れ動きました。
[もののけ]の定義は広く、そして発生も千差万別と云えるでしょう。
例えば、其の一で登場した『雪ん子』は、冬の到来を知らしめるべく生まれたモノ。山の風景を白一色に染め上げた後、儚く消えゆく[もののけ]です。
次に、其のニで登場する『朱羅』は、元々人間でした。罪を作り、業を重ね、ついには[もののけ]になってしまう、哀れな存在です。
さて――と、此度は、たまたま稀有な美しさを持って『桜の精』と名乗っては悪さをしている、救いようの無い女の話をしますか。
でもまぁ、私の美貌に比べれば、月とすっぽんですけどね――ふふふ。
粉雪を散らしたかのような白い輝きを放つ星達と、はちきれんばかりの満月からの明かりが降り注ぐ今宵。
そんな光に満ちた夜空に負けまいと、地上を照らすように命の限り咲き乱れている、桜の木々――。
しゃりしゃりと土を踏みしめる足音と共に、二つの人影が行き過ぎた。
「んふふっ、貴方様とこうして、共に歩く事が、夢でございましたわ」
一人は――桜色の着物を纏った、有り体に言えば美女である。おそらく十人がその姿を目にすれば、八人は息を呑むだろう。
「………………ふむ」
もう一人は、杜若色の狩衣【貴族のカジュアルな服装】に身を包む、涼しげな横顔が特徴の美青年。
冷静に記憶を探るが、一向に思い出せない。彼女とは初対面であるはず――だが、
「ボクも、この時をどれだけ待ち望んでいた事か……」
さらりと言ってのけた。
それは、ここにある桜の数ほどの女性を口説き落としてきた彼にとって、些細な問題だった。兎にも角にも相手に合わせて、口車に乗せ、目的を遂げれば勝ち。そう頭を切り替え、狩人の如く目を細める。
「んふっ、私は、貴方様を想うあまり、桜の精として生まれ変わりましたのよ」
そう言った彼女は、腕を絡ませて、美青年の左肩へ身体を寄せる。
「ほほぅ……、そ、そうなのか……?」
頭の仕組みがかわいそうな、かなり痛々しい女のようだが、ここまでの上玉は中々いないだろう。顔さえ良ければどんな女でも楽しめるのだ。もちろん、存分に楽しんで孕ませた後は、いつものように処分を命じて退散するとしよう。
「さぁ、着きました。これが私の宿る木ですわ」
その大きさは、周りの木々とさして変わらず。
ただ、花の一つ一つが、周囲の桜よりずっと輝いている――ように見えた。
「ほほぅ……、これはまた……、キレイな桜だ。けどボクは、キミの方がよほどキレイだと思うよ……」
いつもの殺し文句を飛ばしながら、女の首筋をカプッと甘噛みする。そしてそのまま、彼女の背中を木の幹へ押し付け、逃げられないように固定する。
「ああっ、んっ、ちょっ……、困りっま……すっわっ、そっ、そんな……あぅ」
女の吐息が、予想より早く乱れた。普段からヤリ慣れている感じだ。まぁ、そうとなれば話は早い。一気に大きいムネを揉みしだけば転がり落ちるだろう。
「そっ、そこはっ、やめてぇ」
どっちの事を言ってるのか分からなかったが、どうでもいい。
首筋から離したボクの唇が、今度は彼女の耳たぶをカプリと食らいつき、左手は大きなムネの膨らみの中心を探り当てて――一気に掴み落とす。
「だめぇ、そんなに激しくされるとっ……あんっ、とっ、取れちゃうわぁ」
女の感極まった絶叫――そして、落ちた。
――ぼとりと。
「……………………」
腐ったスイカのように、白く丸い物体がちぎれて、こぼれ落ちた。
左手をワキワキする。得体の知れない液にまみれているのが分かる。
そういえば、口に咥えているのはなんだろう。
確か、この女の耳だったような――。
「だから……、言ったのに……、けど、せっかちな貴方様も、す・き・よ」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑った女は、両手をボクの背中へ回し、がっちりと固めた。
ボクの身体は動かない。目を閉じる事もできない。見たくも無い光景をまざまざと見せられる。
女の白くて柔らかいはずの肌は、ぼろぼろと崩れ落ち――さらに白いモノが露になってゆく。
――即ち、
桜色の着物を纏った白骨。
かちゃりかちゃりと、頭蓋骨が鳴きながら言葉を紡ぎ出す。
「ずっと貴方様を、お待ちしておりました……のよ?」
「ボクは何も知らんぞ。そもそも誰だっ、お前はっ、桜だから桜子かっ? それとも朋子かっ? はたまた真紀子かっ? ははっ、そうか分かったぞっ、お梅婆さんだなっ?」
涼しげな横顔を歪ませた美青年が、今まで毒牙に掛けて来た女性の名前を並べて必死に喚き散らす。身体は動けずとも声は出せるのだ。
「私は……、桃子。貴方様の手で、ここに埋められた女でございます……」
完全な人違いだと断言できる。何よりも、自らの手を汚した事は無い。
「ボクの名は、安芸臣 兼遠だ。お前のような女は知らん。人違いであろう!」
「まぁまぁ、貴方様は兼遠様とおっしゃられるのですね。んふっ、凛々しい御名前ですこと」
この――女の言葉に、ボクは悟ってしまった。どうしようもないワナに掛かったのだと。
「さぁ、今宵は存分に楽しみましょう……ね?」
細くて白い硬質な右手が、美青年の纏う杜若色の狩衣【貴族のカジュアルな服装】の中へ入り込み、股間へ達する。
「んふふふっ、貴方様の欲棒は今宵で枯れ果てますけど、その養分は桜となって永遠に生き続けますから、御安心下さい……ね?」
そう言いながら女は、左手で自らの着物をたくし上げる。
「や……、やめっ、やめろおおおおおおっ」
「いやですわぁ、さっきまで貴方様も望んでおられた事でしょう?」
光が溢れる夜空の下、桜の花びらを数枚ほど舞い上げたのは、感極まった断末魔の声だった。
この――精力絶倫のすっぽん女の桃子さん。[もののけ]の種別でいえば『骨女』になるでしょう。よく、桜の木の下には死体が埋められていると、色んな書物でありますが、人間どもにそんな習性があるのでしょうか。
しかし、そのお相手である美青年も、とある宗教で言う所の因果応報、自業自得なメにあっちゃって、同情の余地はございません。そりゃあ、自分の手を汚さないってのは、最悪です。だからこそ、ロクな筋肉も付いてない虚弱な身体をしており、すっぽん女の桃子さんに良い様にされてしまうのです。
ともかくも、大きいおムネだけが自慢らしいすっぽん女の桃子さんは、これからも末長く、こうした悪事を繰り返してゆくのでしょうね。そして、因果応報に自業自得、筋肉隆々の猛々しい武者様に討たれる運命にあるのですよ。男は、決して顔じゃありませんよ。筋肉ですのよ。筋肉が全てなのですよ。
――こほんっ。
私とした事が、少々脱線してしまったようです。
では、此度はこれで失礼したく存じます。
桜の咲いた頃に書き始めたこの作品。
気が付けば、アジサイやカタツムリが似合う梅雨の季節に完成投稿。
光陰矢の如しと言いますが、時の流れはあっという間ですね^ω^;
今回は、語り部さんが暴走しちゃってます。あんな好みを持っていたとは、思いませんでした(ぉぃ