暗き野ばらの城
南の国には美しい姫がいました。
姫は器量がよくて聡明であり、隣国の王子たちがその美しさを一目見ようとやってくるほどでした。
王子たちは一目姫を見るなり、これほど美しい女性はどこの国を探しても見つけることはできまいと、そろって姫に求婚しました。
あなたの透き通るような白い髪が私の心を奪い去ってしまいました。
あなたの慈しみある緑色の瞳が私の心に安らぎをあたえてくれます。
あなたの白魚のような細腕が私の心にあたたかく触れてきます。
王子たちは色とりどりの金銀財宝を姫に与えましたが、姫は誰に対しても首を縦に振ろうとはしませんでした。
王子たちは困りました。
どうすればかの姫の心を手にすることができるのか、何を持ってくればいいのかと頭を抱えているうちに、姫のうわさを聞き付けた他国の王子たちがやってきて、これまた姫に求婚してくるではありませんか。
王子たちは考えてなどいられない。思いつく限りの物を持って姫に会いに生き続けました。
しかし、何度王子たちが素晴らしい贈り物を持ってきて、愛の言葉を囁きかけても、姫は誰にも心を寄せることはありませんでした。
それでも王子たちは諦めきれません。何度も何度も姫の元へと向かいました。
ある日のことです。
いつものように王子たちが姫のいる南の国の城へ向かっていると、どこからともかく一人の老婆がやってきました。
「もしもし」と老婆がしゃがれ声で話しかけてきました。「このさきに何かごようですか?」
「このさきの城にいらっしゃる美しき姫に会いにいくのだ。老婆、道をあけよ。我らはお前を避けて通る時間もないのだ」
老婆と向かい合った王子が言いました。
それを聞いた老婆はおそろしくかん高い笑い声をあげて、のろりのろりと道のわきへと動きました。
「急いで進むがいい。お前たちには時間がないのだ。急いだところで姫に会うことはできはしまい。姫はは眠っているのだから、おまえたちが会えることはない」
老婆が声を張り上げて言うと、のろりのろりと道のわきを歩いていきました。
王子たちは老婆はまともではないとして、かけられた言葉なんぞ忘れて、今日こそは姫の心を手に入れようと、のしのし城へと向かいました。
ところが城につきますと、空は雲におおわれてあたりは真っ暗になっていました。城の周りには野ばらが生えてきて城壁をおおいつくしてしまっていて、そこに城があるのか分からなくなってしまいました。入口が見つけられないことに王子たちは顔を真っ赤にして怒り、剣で野ばらを取り払いはじめましたが、次第に野ばらが身体にまきついていき、ついには王子たちは死んでしまったのです。
南の国に美しい姫が囚われているといううわさが広がると、またしてもほうぼうから姫を見たいと王子や旅人たちが集まってきました。
彼らの中にはとても腕の立つ者もいましたが、残念ながらみんな野ばらにまきつかれて命を落としてしまいました。城の上の雲も周辺の野ばらも美しき姫をやっかんだ魔女の呪いだと町の人たちは考えていました。
また何人もの人がうわさをものとせずやってきて、やはり野ばらにまかれて死んでしまうので、いつしかそこは暗き野ばらの城と呼ばれるようになり、やがて誰も近づかなくなりました。
そして三百年年も過ぎていきました。
ある時のことです。東の国からやってきた旅の若者が夜と野ばらに閉ざされた城を見つけました。若者が町で暗き野ばらの城の話を聞きますと、この世のものとは思えない美しき姫に会いたくなって、暗き野ばらの城へと向かいました。
若者は野ばらに囲われた城へ着くなり笑い出しました。
「昔にやってきた王子たちはきっと愚か者だ。野ばらを切り裂いたってどうせ野ばらにまかれて死ぬだけだ。野ばらはどうせ植物なのだから、全部焼いてしまえばいい。魔女よ、私を止めることはできまい」
若者はそう言って、野ばらを焼き払ってしまいました。
野ばらがごうごうと炎に焼かれると、やがて野ばらは一辺もなくなって見えなくなっていた城が現れました。
城の中に入って色々と見て回りますと、どこの道にも誰もおりませんので、がらりとしていました。燭台には火はついておらず、良く見てみると三百年も手入れがされていないはずなのに、まったく燭台の上にほこりがたまっていません。廊下を見ても窓を見てほこりなんてまったくありません。
若者は首を傾げながらも、薄暗い城の上へ上へと向かいました。
城の一番てっぺんにありますのは、まだ見ぬ美しき姫のお部屋でした。若者が部屋に入るなり、そこには大きなベッドがあって、その上にはとてもとても美しい姫が目を閉じて眠っています。
若者は姫を一度見た瞬間に心を奪われて、眠っている姫の唇を奪ってしまいました。すると城の上にあった雲が風に流されて、日の光が窓から差し込んできました。
日の光の眩しさと若者の接吻を受けた姫はパチリと目を開けました。吸い込まれてしまいそうな綺麗な緑色の瞳が真っ直ぐに見つめてきて、若者の心臓はバクバクと激しく音を鳴らしてしまいます。
「綺麗な瞳だ、綺麗な髪だ、綺麗な唇だ、あなたはとても美しい。姫よ、魔女の呪いは解けました、私と結婚をしてください」
若者は吸い寄せられるように姫に再び接吻をしました。
……若者は接吻をしようとしました。しかし、できませんでした。
「無礼者!」
近づいてきた若者の顔を姫はビンタしました。
「なんたる愚か者!」
二発目が炸裂しました。
若者は突然の頬の痛みに驚いて急いで後ろに下がって姫を見ました。短い人生の中でこんなに美しくいつまでも見ていたいと思える女性に、頬を叩かれたのが信じられませんでした。
「魔女の呪いとは何の話だ。わたくしは呪いになどかかってはおりません」
「城の上にある光をさえぎる雲、くる者を締め殺す野ばら、そして眠り続ける姫。これは魔女の呪い以外にはありえない」
「それが愚かなのです。いつ、誰が、そんなまやかしを語ったのです。これは全てわたくしが望んだことなのですよ」
姫はベッドの上に座り、愛おしそうにベッドを撫でました。
「来る日も来る日も、好きでもなんでもない王子たちが、つまらない愛の言葉を囁き、取るに足らない贈り物を寄こしてくる。わたくしはそれが嫌で嫌で仕方がありませんでした。だから、たまたま城で暮らしていた眠りの魔女に頼んだのです。この城を永遠の眠りに包んでほしいと、外から誰も入ってこれないようにしてほしいと」
光をさえぎる雲も、多くの人たちを捕えて命を奪った野ばらも魔女の仕業ではありましたが、全ては姫が望んだことなのでした。これには若者も驚いてしまいました。
すると、廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきました。部屋の扉がバンと大きな音を立てて開くと、そこには姫に父親である王様がありました。
「なんてことをしてくれた、せっかく眠っていたというのに。これではまた、隣国と政治的なやり取りをしなければならない。姫を娶りたいと五月蠅い王子たちを追い返さなければならない」
責任を取れ、責任を取れ、責任を取れ。
王様の後ろから今度はこの城の料理長がのしのしとやってきました。
「なんてことをしてくれた、せっかく眠っていたというのに。これでまた、朝早くから起きていっぱい料理を作らなければならない。出来の悪い小僧を叱らなければならない」
責任を取れ、責任を取れ、責任を取れ。
料理長の後ろから次は年若き侍女がしずしずとやってきました。
「なんてことをしてくれた、せっかく眠っていたというのに。これでまた、この広いお城の隅々まで掃除をしなければならない。たくさんの洗濯物を干さなければならない」
責任を取れ、責任を取れ、責任を取れ。
若者は、姫、王様、料理長、侍女の言葉攻めを受けて思わず部屋を飛び出してしまいましたが、どこをいっても、どこかしこから若者を責める言葉が聞こえてきました。
若者がいなくなると、姫は王様に言いました。
「もう一度眠りにつくために、眠りの魔女を探しましょう」
こうして南の国の城は三百年ぶりに目を覚ましましたとさ。