語りあい パート6 小さな駆け落ち 最終話
「亮子ちゃん・・お帰り・・ボーイフレンドってハンサムじゃないか・・」
亮子の叔母は母より随分年上で生涯独身を通して子供は居なかった、亮子が登別に住んでいる頃から一人暮らしの叔母の家によく遊びに来ていたので母親も同然だった。
「こんにちは・・山本 信一です。」
「信一君かね・・亮子がぞっこんらしいけど・・」
信一は照れくさそうに下を向いて答えた。
「相思相愛って所ですかね・・でも僕の方が亮子を思ってますから・・」
「おやまぁ・・見せ付けてくれるね・・私は結婚もした事が無いのにね・・」
亮子は信一の手を引っ張って家の裏の方に方に有る見晴台に連れて行った。
「叔母さん・・信一連れてくね・・」
強引に手を引く亮子は無表情だった。
「おい・・僕は物じゃ無いんだからな・・」
仕方なく、信一は亮子に導かれ小高い丘の見晴台に登った。
「あれが登別の町よ・・そして、もっと上の方に有るのが登別温泉・・地獄谷って言う所でお湯が噴出しているの・・」
見晴らし台に登ってみると思いのほか見晴らしが良く爽快だった。
「そんな所が有るんだ・・」
信一は亮子の肩を借りながら気持ち良く風に当たっていた。
「そして、あの海が私が何時も魚や海藻を取りに行っていた海よ・・」
亮子は何時も母親と海の漁に出かけるのが常だった、その中でカムイユカラや自然の事を学んで行ったのであった。
「亮子は北海道博士なんだ・・この国の事は何でも知っている様だもの・・」
「叔母さんやフチには及ばないわ・・」
「ちょっと・・フチって誰のこと・・よくフチって言う人が出てくるけど・・」
「あら・・信ちゃんったら・・フチを知らないのに黙って聞いていたの」
信一はただ頷いた。
「フチは祖母と言う意味のアイヌ語で・・私の父のお母さんの事・・」
「アイヌ語・・知るはず無いでしょ・・」
「アイヌ語の中でもフチは誰でもが知っている言葉で地名にも多く使われている・・ほら富士山だって元はアイヌの祖母・・フチから来ているのですから・・」
「げ・・・げ・・・っげ・・」
信一は驚いてはいなかったが驚いている振りをした方が亮子の為だと思った。
「フチは そんなに物知りだったのか・・」
「ええ・・カムイユカラを母さんに伝えたのはフチだし・・フチのフチは隣の部族長の姫っこだったから・・この辺りでフチに敵う物知りは居なかった・・」
「亮子の家系ってアイヌの頃から凄いんだ・・」
「そんな事はないけど・・」
亮子はアイヌの一族について誉められた経験が無かった、それ故に信一の言葉は嬉しかった。
「亮子ちゃん・・ご飯よ・・」
遠くから叔母の呼ぶ声が聞こえた。
信一たちは叔母の家に上がって、居間の食卓に向かった。叔母の家は本当に小さく居間も6畳ほどで他に寝室と客間が有るだけだった。当然、台所は土間に屋根がついた程度でトイレは少し離れた場所に風呂と一緒に建っていた。丸いちゃぶ台には3人分の食事が用意されていたが白米は無くジャガイモが白米の代わりだった。
「ジャガイモを食べるの・・」
信一は本当のアイヌの暮らしを知る筈が無かった。
「馬鹿を言うじゃない、ジャガイモは高級品だぞ・・ありがたく食え・・」
亮子が少し付け加えた。
「叔母さんの所は余裕が無くて、だから中佐の所へ行ったのよ・・ジャガイモは栽培して作ったものだから貴重なのよ・・ほらホッケは叔母さんが捕ってくれた魚だから・・」
「そうだよね・・村から隔離されている様に離れて暮らしているのだから・・」
信一の話は当たっていた、叔母は登別の村には受け入れて貰えていなかった。
「でも、このジャガイモ凄く美味しい・・」
信一はただ蒸かしただけのジャガイモを主食として食べるのは初めてだった。ジャガイモは土の香りとほんのりとした甘みが合さって絶妙のハーモニーをかもし出した時、その実力を発揮するのであった。
「お昼から・・海に夕ご飯の魚を捕りに行きましょう・・」
「え・・げ・・・げえ・・」
隠れ屋の時と同じだった。
「あの・・何時も自給自足なんですか・・」
信一は何も考えず遊ぶつもりでリュックの中身を用意してきたのに、当てが外れてがっかりしていた。
「当たり前でしょ・・アイヌは狩をする民族なんですから・・」
「でも・・勝手に取って大丈夫なの・・」
「この辺りの倭人は、古くからアイヌの人々と暮らして来ているから・・自分の食べる分を捕まえるのは目こぼししてくれるの・・」
信一は食後、間もなく亮子の後を着いて浜辺に向かったのである。
「ちょっと・・亮子・・これは重労働だよ・・」
「黙って着いて来ればいいの・・」
亮子は容赦なかった、魚を捕らなければ今夜の食事が無い事は間違いなかった。
叔母の家では蓄える食糧は乾燥した山菜のほか何も無かった。
「厳しすぎない・・夏休みなんだから・・」
「遊んでいる人は・・食事も当たらないの・・」
亮子は振り返りもしなかった。
少し行くと浜辺の丘の所に小さな船が括り付けてあった。
「泉 式子・・誰の名前・・」
「叔母の名前よ・・」
船に名前が彫り込んであった。
「有名な・・人なんだ・・」
「いいえ・・叔母が倭人の名前をもじって付けただけ・・アイヌの名前はキト・・」
「キト・・簡単な名前・・」
「叔母の生まれた所がキトが沢山取れる所だったから・・ここに来た時、キトとなずけられたの。」
亮子は話を続けながら船の準備を続けていた。
「叔母さんは何時もこの船で沖に出て色んな海の幸を捕っているの・・名人なんだから・・」
信一は亮子の指示されるままに船の後ろを押して海に向かってた。
「こんな船で沈没しないの・・僕泳げないんだけど・・」
「あら・・信ちゃん・・金槌なんだ・・じゃ・・浜で待っていた方がいいわ・・」
「うん・・そうする・・」
信一は浜の木陰でお昼寝を敢行する思惑を亮子に悟られまいと平静を装っていた。
「いってらっしゃい・・」
信一は亮子を見送ると日陰を探して浜を歩いた。
船を縛ってあった場所の近くにお昼寝に最適な場所を見つけて腰を下ろした。
「海風が最高に気持ちいい・・亮子には悪いけど・・亮子はプロ以上だから・・僕が居ない方が助かるだろう・・」
信一は暫らく亮子の姿を追っていたが、そのうちに眠気が勝って来ていた。
がさがさ・・
近くの林の方で奇妙な音が聞こえてきた。
がごー・・
今度は獣の様な泣き声だ・・
信一は物音がする方向に釘付けになっていた。
なにやら黒い大きな物体が姿を現して信一の方に近づいて来るのが判った。
「あれは・・ヒグマ・・え・・死んだふり・・」
死んだふりを決め込んだ信一にヒグマは近づき続けた。
「え・・僕を食べても旨くないと・・」
そこへ亮子が帰って来た。
「信ちゃん・・大漁よ・・今夜はお刺身にしましょ・・」
「亮子・・それどころじゃ・・」
亮子にはヒグマが見えていないのかと信一は疑った。
「カイ・・久しぶりに会ったわね・・大きくなって・・」
「え・・げ・・・げえ・・」
「信ちゃん・・紹介するわ・・家のカイ君・・」
「ヒグマと友達な訳・・それも家のと言う事は・・」
「そう・・カイは子供の頃から家の家族だったの・・」
「この大きな動物と家族・・?」
亮子が捕ってきた魚を一匹ヒグマに与えると、ヒグマは森の方に静かに消えていった。
「後で、ゆっくり話してあげるから・・・」
亮子は船の片づけを済ませると、収穫の魚介類を大事に抱えながら叔母の家に向かった。
「信ちゃん・・寝ていたでしょ・・」
「ごめん・・」
「いいの・・信ちゃんが海の漁に出るなんて考えられないもの・・」
「そうだよね・・僕は力持ちでもないし・・運動神経も・・」
「信ちゃんは・・信ちゃんの得意な事で頑張って欲しいわ・・」
二人の帰りの足取りは軽やかだった、大漁の収穫にカイの出現、そして、この開け放たれた空の大きさが心を開放させる原動力になっていた。
「叔母さん・・ただいま・・」
「亮子ちゃん・・捕れたかい・・」
「大漁よ・・」
叔母は居間で縫い物をしていた。
「叔母さん・・見晴台に行ってくるね・・」
「ああ・・そうだ外に日除けの傘が置いてあるの持ってゆくといい・・」
「ありがとう・・」
二人は収穫した魚貝を土間の台所に置いて、信一は日除けの傘を持って丘の見晴台に向かった。
「あんな所に誰が見晴台なんて作ったのかな・・」
「私よ・・」
「え・・亮子が作ったの?」
「正確には私と母と叔母さんと父の4人かな・・父さんが材料を運んでくれて・・母さんと叔母さんと私と3人で力を合わせて作ったのよ・・」
「誰の発案なんだろう・・」
「それは私に決まってるでしょう・・あの丘に見晴台を作れば遠くまで見渡せる・・母さんが漁に出ている時も・・叔母さんも・・だから欲しかったの・・」
「亮子・・ごめん・・」
亮子の気持ちを察してやれなかった事に信一は情けなく思っていた。
「どうしたの・・信ちゃん・・謝ったりして・・」
「だって・・僕はただ遊びのつもりで来ているのに・・亮子は母さんの思い出に会いに来ているのだろ・・」
「いいのよ・・もう過ぎた事ですもの・・それに信ちゃんが一緒だから・・昔の事は忘れようと思うの・・」
亮子は幸せを感じているのであった。悲しい出来事が続いていた事を悲しんでいる時間が長かった為に信一が心の中に息づいている事が本当に心地好かったのである。
二人は見晴らし台で海を眺めて長い時間を過ごした。
「向こうの方に・・大きな船が見えるね・・」
「あれは苫小牧に物資を運ぶ船、そして、帰りには製紙工場の紙や農作物を積んで帰るの・・」
「へー・・やっぱり・・北海道は凄いや・・」
「信ちゃんの感心する所って・・私とは全然違っているのね・・」
「それは仕方ない・・育った環境が違うんだから・・でも・・アイヌも凄いと思っている。」
二人は時間の経つのを忘れて見晴らし台の景色を楽しんだ。
黄昏が迫って来ると漁船の明かりが波間に浮かんで幻想的な空間が生まれて行くのであった。
「亮子・・ここで一晩・・明かそうか・・」
「だめよ・・北海道は夜になると随分と寒くなるから・・死んじゃうかも・・」
その時、叔母さんの呼ぶ声が遠くに聞こえて来た。
「亮子ちゃん・・ご飯、出来てるよ・・」
「はーい・・叔母さん・・直ぐに行きます・・」
叔母は亮子の捕った獲物をきちんと料理していた。
「わぁ・・旅館の料理の様に色んなおかずが並んでる・・」
「叔母さんは・・料理の腕前も凄いのよ・・旅館で働いていた事もあるから・・」
叔母は幼い頃から登別の温泉旅館で住み込みで仲居として雇われていた事があった。
その職場で貯めたお金でやっと、この家を手に入れたのである。
「このお刺身は何・・」
「これはメバル・・これは八角・・信一君の事を思って亮子が一生懸命に捕って来たのね・・」
叔母は亮子の方に少し目線を送って亮子の気持ちを確かめていた。
「いやだ・・叔母さんたら・・叔母さんにも食べて欲しくて・・頑張ったんですから・・」
「早く・・食べたいな・・」
信一の空腹度は既に限界に達している様であった。
「どうぞ・・」
叔母の言葉で信一の箸は勢い良く走り出すのであった。
「信ちゃん・・恥ずかしい・・お行儀よく食べなさい・・」
「いいじゃない・・亮子ちゃん・・元気が良くて・・昔のアイヌの子供はみんな元気が良かった。・・一日中、野山を駆け巡っては家の手伝いをして、大きくなったものじゃ・・」
「信ちゃんは倭人の子供ですから・・アイヌの子供とは違うのですわ・・」
亮子は既に信一を自分の伴侶として捉えるようになっているのだった。
「亮子・・叔母さんに失礼だろ・・叔母さんが好いてくれて居るのだから・・僕はそれで良いよ・・」
「ほら見てみなさい・・私の方が正しいでしょ・・」
「まぁ・・信ちゃんたら・・私を見て無いのね・・」
夜は更けて行った、叔母の家には電気が通っていなかった、ランタンの明かりだけが全てだった。
それでも食卓は3人の笑い声で何時までも賑やかだった。食事が済んで食卓を片付け終わると、寝床に着くしかする事は無かった。叔母が小さな蝋燭にランタンから火を移すと部屋は突如として暗くなった。
亮子と信一は小さな蝋燭の明かりを頼りに隣の客間にたどり着いた。寝室には一つの布団が敷かれていた、叔母の家には一人分しか来客用の布団が無かったのであった。
「亮子・・一つの布団で寝る訳・・」
「何言ってるの・・隠れ屋で一つになったの忘れたのですか・・」
信一はあの亮子の肌の温もりを少し思い出した、信一は突然の出来事に戸惑いながら少なからず記憶に留めていたのである。
「亮子は裸で寝る訳だ・・」
「エッチ・・そんな事ない・・ちゃんと寝巻あるの・・」
「うそ・・じゃ僕は裸で寝る事にしよう・・」
「信ちゃんは何を亮子に求めているのかな・・・」
「嘘でした・・僕も寝巻は有るのです。」
二人は互いに反対側を向き合って寝巻に着替えた。
「もう良いよ・・」
浴衣風の寝巻の亮子の着替えは早かった。元から、下着の無い時代であり亮子は素肌に着物を羽織っただけの姿だった。
「え・・もう直ぐ・・」
信一はリュックの奥にしまったパジャマを引っ張り出して急いで足を通していた。
亮子は素早く布団に潜り込んでいた。
「早く寝ましょ・・明日の朝は早いから・・」
信一も布団の中に潜り込んで瞼を閉じた。
「おやすみ・・亮子・・」
「信ちゃん・・おやすみ・・・」
亮子は直ぐに寝息を立てながら眠りに着いた様だったが、信一は寝付けなかった。隣に亮子の体を感じるだけで信一は目が冴えるのに亮子の匂いや吐息を感じて興奮状態が治まらなかった。信一は亮子に背を向けて誰も居ないと思い込む様に心掛けたが無理だった。
そのまま長い夜は続くのであった。
「信ちゃん・・だめ・・」
亮子が寝言で信一の名前を呼んでいる、信一は返事しようにも身動きが取れない程に緊張している状態だった。
「おはよ・・信ちゃん・・」
部屋は未だ薄暗かったが、朝日が少し明かりをくれている事が感じられた。
信一は緊張の中でも明け方に寝付いた様で亮子の言葉で目を覚ましたのであった。
「おはよ・・亮子・・」
信一が亮子の方を向き直ると、着崩れた浴衣の胸元から乳房が見えている事に目を奪われた。
「亮子・・見えている・・」
そう言うと信一は気絶してしまった。
驚いた亮子は浴衣を治して一生懸命に信一を正気に戻そうと名前を呼んだ。
「信ちゃん・・大丈夫・・」
「僕には刺激が強すぎるよ・・亮子には判らないのか・・」
「人間は男子と女子の2種類しか居ないから・・珍しくも無いでしょ・・」
それ以上、信一は深く追求する事をためらった。つまり、男と女と言う言葉がはっきりと概念的に判るほど大人になっては居なかったのである。
「こんなに朝早く・・何をするのかな・・」
「アイヌは日の出と共に起きて仕事をするの・・日暮れまで」
「それで・・まずは洗濯ね・・それから薪拾い・・その後・・ご飯・・そして、狩に出かける。」
「ハードなスケジュールだね・・」
信一たちは洗濯をして薪拾いに出かけ戻ってくると叔母が朝食の準備をして待ってくれていた。
「ご飯食べなさい・・」
朝食はジャガイモと干した山菜入りの味噌汁だけだった。
簡単に朝食を済ませると亮子たちは狩に出かけるのであった。
「亮子・・何処へ狩に行くんだ・・遠い所・・?」
「いいえ・・裏山よ・・」
「そ・・山ね・・」
小高い丘の向こう側には濃い緑を湛える山々が鎮座してる事が既に信一も知ってた。
「山だらけ・・だけど・・」
「あの辺りの山にはヒグマも沢山住んでいるから・・原始の山に近い状態なのよ・・」
「ちょっと待った・・僕は倭人だけど・・熊とは親しくなれないのです・・」
「カイと違って野生の熊は人には近づかないわ・・心配しなくても・・私が居るから安心して・・」
そう言えば亮子はカイと言うヒグマのペットを飼ってた事があったのだった。
亮子と信一は隠れ屋で狩に出かけた時と同じ様に二人で裏山に向かうのだった。
当然、獲物はエゾ鹿であって山菜類も同じ様に沢山必要であった。その日は天候も良く森の空気も爽やかで、そよ風に靡く木の葉が心地よく感じられる様な日であり、とても獰猛な野獣達が住んでいる森である事を忘れさせていた。
「そう言えば・・お弁当って有るの・・」
「すべて森で調達するのがアイヌの狩なの・・」
二人は夕暮れが迫るまで森の住人になってあちら此方と歩き回った。時には滝の飛沫に休憩を取って、時には見晴らしの良いガレ場で遠くを眺めたり、それは狩と言うより登山やハイキングと言っても過言ではなかった。それも、この山々を知り尽くしている亮子が居るからこそ可能であり、それを楽しむ事がアイヌの狩であるのだから当然の事であった。
「もう日が暮れるわ・・戻りましょ・・」
亮子は森の雰囲気から夕暮れが近づいてきている事を認識していた。
二人が見晴台の帰途につく頃には夕日が海を輝かせていた。
「本当に綺麗だね・・」
「何が・・」
「海の輝きだよ・・琥珀に輝く海はまるで揺り篭の様だ・・」
「そうね・・信ちゃんには そんな風に見えるのね・・」
亮子はアイヌの目でしか海を見る事は出来なかった、海は食料を与えてくれる神の領域だった。
二人が叔母の家に着くと、叔母は慌てた様に二人を呼んだ。
「亮子ちゃん・・大変だ・・村の人が知らせてくれたんだけど・・信一君が行方不明で探しているそうよ・・」
亮子より信一が驚きを隠せなかった。ガキ大将の偽装工作がばれた事は間違いなかったが、行方不明とは両親が届出を出した事を物語っているからだった。つまり、臨海学校では先生がパニックになって親に連絡をして親は亮子を知らないから、またパニックになって警察に連絡したに違いなかった。
「でも・・今日帰るのは無理だわ・・列車も無いし・・明日の朝・・直ぐ帰りましょ・・」
亮子は信一を一番に心配していた、そして、信一の両親に自分の存在がどう思われるかが心配だった。
信一たちは叔母の作った夕食を済ませると直ぐに寝床に潜り込んで朝が来るのを待った。
「朝一は6時だから、5時に家を出ましょ・・」
信一は夕べの様に亮子の事を思って寝付けないような事は無かったが、母の顔が思い浮かんでやはり寝付けなかった。
次の日の朝、信一たちは叔母さんに丁寧にお礼を言って登別の駅に向かった。
行きすがら二人には交わす言葉が見当たらなかった。
汽車の中でも二人は殆ど会話を交わさず汽車は予定時刻に札幌の駅に着いたのだった。
「着いたね・・」
信一は重い足を必死で持ち上げながら列車から降りようと歩き出した。
列車の外には軍服を着た兵士が二人立っているのが判ったが、それが亮子たちを迎えに来た兵士である事は考えも及ばなかった。
「亮子様・・中佐が御待ちかねでぞざいます・・」
兵士は丁寧にお辞儀をしながら亮子に迎えに来た胸を伝えた。
信一はただ目を白黒させるのがやっとの事だった。
「亮子って凄いんだ・・」
「お父様が・・知っていらっしゃるのね・・」
「左様で御座います・・信一様もご一緒にお連れする様にと、仰っておられます。」
二人は迎えに来た兵士の言うが侭に軍隊の車に乗り込んだ。
「どこへ行くの・・」
「信一様の御自宅で御座います。」
「家に向かってるって・・」
「そうで御座います・・中佐もいらしておりますので間違い御座いません。」
「父さんが来ているのね・・」
亮子には義父の心が判っている様だった。
兵士が運手する車は直に信一の自宅の前に着いた。