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語りあい パート3 小さな駆け落ち編

 夏休みが半分ほど過ぎた頃、大変な事態が起きてしまう。

 信一が亮子の家に入り浸っている事が同級生の間で噂になり、遂には信一の両親の耳にも届いてしまったのである。

「信一・・あんた親の目を盗んで毎日、女の所へ通ってんだって・・」

 母親は角を生やしたが如く信一に襲い掛かって来た。

「そうなんだけど・・女・・じゃなくて亮子って言う同級生なんだ。」

 信一は引き離される事が怖かった。

「その同級生の学級委員が言う事には、その子はアイヌの子供だそうだけど・・」

「アイヌの娘であることは初めから知っているし、それが・・」

「それがって・・転校した頃に不思議な女の子に会ったって言ってたわね・・」

 母は信一の性格を良く把握している事が信一にとって弱点だった。

「え・・っと・・だからじゃ無いんだ・・僕は彼女と結婚するんだ。」

 信一は作戦の組み立てが苦手だった。直に本音が口を付いて出てしまうのだった。

「とにかく明日からは外出禁止だから・・」

 母は面倒な話は避けて現実的な実行策を講じてきた。外出が禁止になった信一は成す術が無かった、母の目を盗んで出かけても結果的に監視の目が厳しくなるだけなのは重々承知しているのであった。

「まいった・・」

 信一は、その夜、眠れなかった。

 信頼している亮子の心が傷つく事が一番の心配事だった。空が白み始める頃になっても信一の頭には何も浮かばなかった。

「信一・・・ご飯よ・・起きなさい・・」

 母が呼ぶ声に寝ぼけ眼の信一は足取りも重く食卓に付いた。

「あら・・そんなにショックだった・・・あんたも・・一途な所は父さんと、そっくりなんだ・・・・」

「だったら・・・外出禁止なんて止めてよ・・・」

 母は厳しい顔で答えた。

「あんたの将来を思ってしている事なんだから・・素直に従いなさい。」

 母が一度言い出すと取り付く島が無い事ぐらいは信一は判っていた。

 気まずい空気の中、無言のまま朝食の時間は流れた。

 信一は朝食が終わると直に自分の部屋に閉じこもってしまった。

「信一・・お友達よ・・・」

 ぼーと部屋の窓を見ていると母の呼ぶ声がした。

「信・・今日は遊ぶ約束だろ・・・」

 その声はクラスで一番のガキ大将だった。

 信一は気が向かなかったが仕方なく玄関に赴いた。

「や・・・」

 ガキ大将は信一を手招きして近づかせた。そして、小声で囁くのだった。

「亮子との事、学級委員が言いふらしたんだ。」

 信一の脳は天敵に襲われそうな獣の如く、一変して急激に活動を始めた。

「ちょっと・・・」

 信一は母の耳に入らぬ様に家の外へ連れ出して話した。

「と言う事は・・・皆が僕たちの邪魔をしようとしているのか?」

「違う・・邪魔と言うより・・学級委員は気に入らないだけなんだ・・僕はお前たちを助けたい」

「どうやって・・・」

 信一は鋭い目をガキ大将にぶつけた。

「今度、学校の臨海学校があるだろ・・それを利用してお前たち二人を逃がしてやる・・」

「どうやって・・・・」

 クラス一番のガキ大将の幸一が自分の為に働いてくれるとは、信一には信じがたかったし何かぎこちなかった。

「それは、臨海学校の日のお楽しみだ・・楽しみにしておけ・・」

 二人は話が済むと別れて、信一は直に自分の部屋に消えて行った。

「あさってから学校の臨海学校が有るんだった・・3泊4日だったな・・少なくとも亮子には会える。」

 信一は臨海学校の話を母に尋ねに行った。

「母さん・・あさってから臨海学校なんだけど・・どうするの」

 母は台所で野菜の下ごしらえに余念が無かった。

 昭和の30年頃は食料も不足がちで札幌と言えども、ご近所の頂き物を大切に食べる習慣が有った。

「あら・・そーだったわね・・学校の行事だから出席しなきゃだめね・・・準備する物は・・・」

「着替えが有れば大丈夫だと思うけど・・」

「そうね・・食事は学校が用意してくれる筈だから・・」

 母はそう言うと納戸方に消えて行った。

 暫くして母の声がした。

「信一・・このリュック・・父さんのだけれど使えると思わない・・」

 母は納戸にリュックを探しに行っていたのだ。

「ああ・・一杯入るね・・」

 信一は、その晩からリュックに詰めるあらゆる物を考え詰め込んでいった。

 その中には懐中電灯、笛、双眼鏡、星座の本、等が含まれた。

 そんな信一は前日の夜に寝付ける筈がなかった、頭の中には空想の色んな場面に亮子の姿が登場して信一を悩まし続けた。

 待ちに待った、当日の朝が来た。

「母さん・・朝ごはん未だ・・」

 信一は居ても立っても居られなかった。

 母も今日ばかりは制止する訳にも行かず信一を快く送り出す事だけを考えていた。

「いってきまーす・・・」

 朝食を済ませると信一は一目散に集合場所に向かった。

 臨海学校の集合場所は札幌の駅前だった。昭和30年頃の札幌は戦後の進駐軍の支配からやっと解放され人口の流入が著しい時期だったが、その規模は未だ地方の田舎町を脱してはいなかった。しかし、札幌駅の駅舎は木造ではあるが西洋風のモダンな立派な造りであり、明治政府の計画都市である事を印象づけていた。信一が集合場所に到着すると既にガキ大将を含む数人が、既に待っていた。

「いや・・今日は迷惑かけるね・・」

「いや・・俺たちの責任だから東京もんの信一に迷惑は掛けられねえ・・」

 幸一は自分の否を判っていた。幸一は勉強は苦手だが人生の駆け引きだけは大人にも負けないだけの才能の持ち主だった。

「そえれで・・亮子には親戚の登別の家に行くように話してあるから・・こっちには来ない・・」

「亮子は既に3番線の登別行きの列車を待っている。ほら、お前の分の切符・・」

 幸一は得意げに切符を信一に渡した。不思議そうに受け取る信一だったが直ぐに事態の把握が出来たようだった。

「じゃ・・僕は亮子の所へ・・」

「ちょっと待てよ・・礼ぐらいは言って行って欲しいよな・・それと・・お前が出席していると言う偽装工作に全力を尽くす俺たちに一言ぐらいは欲しい物だ・・・」

 幸一は人望的には申し分のない存在だった。

「ごめん・・つい気が焦ってしまって・・一生この事は忘れないよ・・」

「お前もしっかりやれよ・・」

「ああ・・じゃ・・言ってくるよ・・」

 信一は今度は本当に行ってしまった。

 その後、暫くして臨海学校の生徒たちが集まり先生が点呼をとった。

「山本 信一君・・」

「はーい・・」

 幸一の一の子分が返事をする役目だった。もし先生が怪しんだ場合、幸一が助け舟を出す手はずだったのである。

「信一君・・今日は声が変ね・・」

「先生・・信一は昨日・・大声で歌い過ぎたらしいです。」

「あら・・風邪じゃなくて良かった・・では出発します・・」

 担任の中年で背の高い女教師の性格は幸一の手中に収められているのであった。


 信一は亮子の居る3番ホームへ急いだ。

「亮子・・」

 階段を降りきる前から信一は大きな声で亮子の名前を呼んでいた。

 ホームには既に登別行きの列車が停車し石炭を焚き込められたボイラーから湯気が濛々と立ち上っていた。信一が列車のホームに辿り着いた時、汽車は警笛を高らかに鳴らした。

 ピー・・・・・・

「信ちゃん・・・・・」

 亮子も信一の姿を捉えた。

「良かった・・これで亮子には会えないのかと・・」

 二人の眼差しには涙が滲んでいた。

 二人が持っている汽車の切符は亮子の義父が用意した物だった。亮子が幸一から事情を聞いて義父にお願いしたものだった。しかし、亮子は嘘を言って義父に頼んだのではなかった、信一と一緒に登別の親戚の家に行く事と事情を説明して取ってもらった物だった。だから、一般車両では無く特別車両の切符であった。

「こんな立派な列車って有るんだね・・」

 信一たちは列車の前で待機するポーターの案内で座席についたのである。

「この車両は貴婦人や男爵様が使う特別な車両なのよ・・」

「へー・・僕には贅沢すぎる気がするけど・・」

「そうね・・人はこうやって違いを見せ付けないと気が済まないのね・・」

 ポーターは二人の荷物を荷物棚に持ち上げると、会釈をして去って行った。


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