狼少女
鬱蒼と生い茂る森の中。
今だかつて其処に足を踏み入れた者はいない。
人間たちの間に、ある一つの噂が根付いているからだ。
『森の中には狼がいる』
一人の人間が此方に向かって歩いてくる。
幼い男の子。
たどたどしい歩き方で一生懸命歩を進めている。
そんな男の子を慌て追いかけてくる女。
「駄目よ!森の中に入っては駄目!!」
青ざめた顔をしながら、女は男の子にそう言った。
「何でぇ~?」
男の子は大きな目をキラキラさせながら女に問う。
「この森には狼がいるのよ!!入ったら食べられてしまうわ!恐ろしい!」
女は身震いをしながら不満そうな男の子の手を引いて来た道を戻っていく。
・・・・・・失礼な。
私は人間なんて食べない!
今の光景を、森の樹の上で見ていた私は、思いっきり女を睨んでやった。
大体、此処には私とたまに水浴びに来る鳥しかいないし・・・・
『本物』の狼なんているわけないだろ!
「・・・・顔でも洗ってくるか」
私は樹から飛び降り、湖がある所を目指してのんびりと歩き出した。
世界屈指の大国フォルトゥーナ王国最大の森、シェスリア。
王都よりも広く、光が届かない程に樹が生い茂っているこの森は聖域とされているにも関わらず、民から忌嫌われている。
けれど、一人だけ・・・この森に住んでいる者がいる。
「ベルナ!散歩?」
頭上を飛んでいた鴉が話しかけてきた。
「えぇ・・・湖まで」
ベルナ・ミレシュール。
此処に来るまでの私の名前。
今更、名前を変えるのも面倒だからそのままだ。
今は二十二歳。
此処で暮らすようになってから五年が過ぎたけど、今までにこの森の中に入ってきた者は誰もいない。
というか、入ってこさせない。
あの日から、私は人間を信用しなくなった。
他を平気で裏切るような人間を信じても、何にもならない。
そう思うようになったのは何時からだったろうか・・・
あの日から、私の世界は色を失った。
「・・・相変わらず、邪魔な耳だな・・・」
湖に着いた私は、水面に映る自分の姿を見て眉を寄せた。
真っ黒の髪と瞳と同じ色の耳と尻尾。
この森には『狼』などいない・・・いるのは『半狼』だけだ。
『本物』の人間でもなく狼でもない、『半狼』の身体。
何度この姿に嫌悪感を抱いたことか・・・
何度あの男を恨んだことか・・・
けれど結局、どうすることもできなくて・・・私は一人、この森の中で一生を終えることに決めた。
復讐しようなんて思わない。
そんなことであいつの前に姿を現したら、今度は二度とあそこから出られないだろうから。
人間が入ってこないからか、この森には多くの食べ物があるし、水も寝床もあるので生活には困らない。
あいつの所から抜け出す時に必要な物は全部持ってきたし・・・
何より、私には魔力がある。
この世界では国によって魔力を持つ国と持たない国があって、魔力を持つ国はその名のとおり魔力持ちと呼ばれる。
逆に、魔力を持たない国は科学や医療などの技術が物凄く発展していて、魔力を持たない人は皆、技術持ちと呼ばれる。
フォルトゥーナ王国は魔力を持たないけれど、私には何故か魔力があった。
両親の顔を知らない私は、両親は魔力持ちで、私は幼いうちに捨てられたのだと勝手に解釈している。
それをあいつに拾われた・・・
そんなことを考えていたら気分が悪くなってきたので、私は周りの風景に目を移した。
此処にいると心が落ち着く。
湖の周りは光に満ちていて、いつもキラキラと光っている。
穏やかな時間、頬を撫でる優しい風・・・
「・・・ねむい・・・・」
あまりの気持ち良さに、近くに生えていた樹の下で眠ることにした。
誰も来ないだろうと安心しきっていた私は、気づかなかった。
草むらの中からこっちを見ている者に・・・・