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君の街まで  作者: 未来
3/3

My name is love

 花見の日に紅葉は僕に気付いた。

 以降、紅葉は楓に会うために頻繁に部室に足を運ぶようになる。

 会う回数が多くなるにつれて、紅葉の気持ちは確信に変わっていく。そして、その気持ちは一層大きくなっていった。

 でも、僕はまだまだ小さなベイビーのままだった。何故か。

 楓が僕の方を見ようとしなかったからだ。楓のやつ、本当はとっくに僕のことに気付いているくせに、なかなかそのことを認めようとしなかった。

 僕はどちらか一方の気持ちだけじゃ大きくなれないんだ。二人の気持ちがそろって初めて僕は少しづつ大きくなれるのに。

 楓の心には深い傷がある。その傷のせいで、楓は簡単に人を好きになれなくなったのだ。いや、正確にはなかなか人を信じることができなくなっていたのだ。

 楓は知っている。紅葉はとても素直でいい子だ。誰とでも分け隔てなく接することができる。でも、と楓は考える。でも、もしこれらすべてがつくられた仮面だとしたら?すべてが計算の上に成り立っている行動だとしたら?今自分が抱いている好意すら彼女が計算してつくりだしたものだということになる。

 楓は分かっている。そんなわけが無いと。紅葉との時間が積み重なるにつれ、紅葉の人間性を理解してきた。この子はそんな器用なことができる子じゃない。それに何より、紅葉は今まで一回も楓に対し嘘をついていないのだ。楓はそのことになんとなく気づいている。それなのに、楓の心の傷が邪魔をする。

 これからする話は、楓が自分の中の葛藤に苦しんでいるそんな時期の話だ。


 桜の花びらは散り、木々には力強い新緑の葉が見え始めていた。

 その日、楓は一限の講義が急に休講になったので、暇を持て余し部室へと向かった。部室の窓から灯りがついているのが見える。

 こんな早い時間に部室に人が居るなんて珍しいな。

 楓はそう思いつつ扉を開けた。中に居たのは紅葉だった。10畳ほどの広さの部室には1つのテーブルとそれを囲むように3つのソファーが置かれている。紅葉は窓際のソファーに座って教科書を読んでいた。

 紅葉の顔を見た時、やっぱり楓はちょっと嬉しがってたよね。

 紅葉の方も楓が急にやってきて、内心ではすっごく喜んでたんだよ。

「あっ、おはようございます」

 ソファーにちょこんと座っていた紅葉が教科書を閉じて挨拶した。

「ああ、おはよう」

 楓は紅葉の正面のソファーに腰かけながら紅葉の方をみた。

「早いね。まだ9時だよ」

 紅葉はずっと楓を見てたから急に目が合っちゃって恥ずかしくて顔を伏せた。

「はい。あの、今日、なんか早起きしちゃって。それで、やることもなかったし。そうだ、部室に行こう!って思って」

 紅葉はチラッと楓を見た。楓は優しく笑っている。

「部室は京都じゃないよ」

 この後、2人はいろんな話をしてたね。楓は内山田との出会いの話や千尋がアフロになった理由を話したし、紅葉は自分が某有名野球球団を嫌いになった経緯や昨日の講義で聞いたアヒルと鴨の類似点についての話をした。

 2人は時間を忘れて話した。僕はこういうときの2人を見るとすごく幸せな気持ちになる。自分の存在を実感できるんだ。

 しかし、楓は頑固だった。相変わらず、僕を見ようとしない。気付かないふりを続けている。それはもはや、やせ我慢に近い行為である。

 途中、紅葉がそう言えば、と自分のバッグを開け、その中から白い小冊子を取り出した。

「なに?それ」

 楓が尋ねる。紅葉はそれを楓に手渡した。

「見てください。それ、前に話してた、私が高校の頃に撮った写真です」

 紅葉はやっぱり恥ずかしいのか顔を伏せている。

「ああ、これが。じゃあ、見させてもらうよ」

 ぱらり、と表紙をめくり楓は写真に目を通し始めた。

 そして、感動した。

 楓は紅葉の写真に理屈抜きで感動した。

 紅葉の写真はどれも美しかった。夕焼けに染まる紅葉の街の写真や田んぼで鳴くカエルの写真、海で遊ぶ親子の写真、雨にぬれるアサガオの写真など。

 すべての写真が何気ない日常を撮っているのにもかかわらず、紅葉の切り取る世界はすべてが特別に見えた。それに、紅葉の写真には独特の優しさがあった。被写体に対する紅葉の愛情が伝わってくる。

 小冊子の写真に見終わった楓は、とうとう僕に目を向けた。

 おれはこの人のことが好きだ。


 こうしてようやく2人が僕の存在に気づいてくれたんだよ。そして、僕の成長は始まったんだ。いやー、よかったよかった。その後、僕はぐんぐん成長していったよ。

 楓が紅葉を誘って初めて2人で出かけて写真を撮りに行ったあの日。

 楓が照れながらも、まっすぐに紅葉の目を見て「おれ、紅葉のことが好きだ」と告げたあの日。

 2人が付き合い始めてから結構経ってようやく紅葉が楓に敬語を使わなくなったあの日。

 人ごみの中、はぐれそうになった紅葉の手を楓が掴んだ夏祭りの日。

 満天の星空のもと、2時間くらいかけてようやく楓が紅葉にキスしたあの日。

 2人が僕の存在を確かめるたびに、僕は成長していくんだ。2人の間に時間が積み重なる度に僕は大きくなる。

 楓は心配性ですぐに僕のことを確かめたくなるけど、大丈夫だよ。紅葉はもっと深く楓のことを思っているから。

 

 

 僕の話を聞いてくれてありがとう。僕の姿は人には見えないんだ。でも、僕は確かにここにいるんだよ。きっと、楓と紅葉の二人にも僕の姿は見えない。だけど2人は知っている。2人の間に僕がいることを。  




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