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君の街まで  作者: 未来
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BABY BABY

 (かえで)紅葉(もみじ)が出会った日に僕は生まれた。あれは、そうだな。確か、桜のつぼみが膨らみ始めた季節だったな。

 楓はその時、大学3年生で紅葉は大学1年生だったね。2人は大学のサークル説明会で出会ったんだ。

 楓の通う大学では、毎年4月の第二金曜日に第三講義室で一斉サークル説明会が行われる。楓は自分の部活の代表として講義室前で順番を待っていた。

 説明会ではそれぞれのサークルの代表者たちが趣向を凝らした紹介で新入生の興味を集めていたね。空手部は瓦を5枚も割ったし、吹奏楽部は流行りのAKBの曲で見事なハーモニーを奏でていた。

 第三講義室に溢れかえっている新入生たちは少なく見積もっても300人はいた。楓の目には彼らが大学生活でついていくべき親を選ぶひよこのように映っていた。

 そんな他愛もないことを考えているうちに、楓の番が回ってきた。進行役の眼鏡をかけた不健康そうな女学生からマイクを受け取ると、楓は教壇に上がった。

 不運なことに楓の所属している部活はそんな派手なアピールをできる部活ではないので、彼は淡々と自分の部活の活動内容や良さについて語った。教室を見回すと眠そうにあくびをしている子や、隣の子とさっきの軽音部について話している人の姿が目に入る。楓は分かってはいたけど少しショックを受けてたね。

 きっとあの時に教室に居た新入生の大半が楓の部活には微塵の興味もなかったんだと思う。改めて楓は自分の部活の人気のなさを実感した。その後の説明が少し早口になった楓はあっという間に説明を終え、不健康な司会にマイクを返して講義室の脇へと回った。

 すべてのサークルの説明が終わると、進行役が各サークルの代表者を教壇の上に整列するよう促した。代表者たちが並び終えるの見るや否や不健康な司会が新入生に向け口を開いた。

「それでは、新入生の皆さん、これから各サークルの代表者がそれぞれの部室へ案内してくれるので、興味がある団体の前に並んでください。」

 ひよこたちが一斉に歩き出した。ピヨピヨと。吹奏楽部や軽音楽部、テニスサークルの前には早くも行列ができている。

 楓がすごい人気だな、とそちらの方を見ていると隣の書道部の人と目が合った。お互い何も言わずに少し微笑んで会釈を交わす。やっぱり、マイナーな部活はこんなもんですよね。そうっすね。と、表情だけで語り合った。

 しばらく待ったが、新入生は一人も楓の前にやってくる気配がない。そろそろ部室に帰ろうか、と彼は考える。しかし、こんなにすぐに新入生を一人も連れずに戻ったら、部室で新入生歓迎の用意をしている部員たちに申し訳がないな、と思い直し、もうしばらくその場にとどまることにした。彼らが隠し持っているクラッカーや、わざわざミスドまで行って買ってきたポンデリング、それに3日ぐらい前から千尋が入念に用意した台本を無駄にするわけにはいかない。

 楓は部員たちの顔を思い浮かべることで自らを鼓舞しその場にとどまった。

 しかし、そんな楓の部員たちへの思いやりも、他団体に群がる新入生を見るわびしさの前ではだんだんと無力になってきた。楓が同じ境遇の人とこのわびしさを分かち合おうと隣を見ると、いつの間にか書道部の人は帰っていた。

 ポキッ。

 この時、楓の心は完全に折れちゃったんだよね。ちょっと図書館で時間をつぶしてから部室に帰ろう。そう思った楓が出口に向け足を踏み出そうとしたその時、一人の少女が楓の前に歩いてきた。

 あどけない瞳、黒くさらさらと揺れる長い髪、それに、少し緊張した面持ちで少女は楓の前に立った。

 そう、紅葉だ。

「あの、部室を案内していただきたいのですが」

 紅葉は気の小さい女の子なんだよ。年上の人と話すだけでも緊張するんだ。楓に話しかけるのにものすごいドキドキしてたんだって。

「えっ?えっと、部活ってここであってる?」

 楓は自分の部活名が書いてあるプラカードを指差して尋ねた。楓はこの時、まさか自分の部活に見学に来る子がいるなんて思ってなかったからびっくりしたんだよね。

 紅葉は必死に頷く。

「私、高校の時からこの部活で、大学生になっても続けたいなって思ってて」

 この時、紅葉があんまりにもまっすぐに楓の目を見て訴えかけたものだから、楓は照れて目をそらしちゃったんだよ。たぶん、紅葉は気付いてなかったけどね。

「そっか。じゃあ、他に見学希望者もいないみたいだし、部室に行こうか」

 2人は第三講義室を講義室を出て、部室棟に向かって歩き出した。

 紅葉は相変わらず緊張していた。年上の、しかも男の人と一緒に歩くなんてどうしよう、ってなってた。

 でも、不思議と、楓と話せば話すほどそんな緊張は消えていった。紅葉の中に楓の言葉が積み重なるにつれて芽生えた感情は、緊張とは全く別のものだった。

 一方、楓の心は喜びの花束でいっぱいになっていた。楓はとにかくうれしかった。この時点ではまだ楓はこの感情の源が単に自分の部活に見学者が来てくれたからだと思っている。

 次の瞬間、紅葉と楓の目がふと合った。

 楓は何故か紅葉から目が離せなくなった。

 紅葉が軽くほほ笑む。楓も自然と紅葉にほほ笑み返した。

この瞬間、2人の間に僕は生まれた。そのことに楓は気付いていない。紅葉も気付いていない。でも、僕は生まれた。たしかに、生まれたんだ。


 

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