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justice #7


「――レコードッ! レコードォオオオォオォォォオオッ!」

 私は走りながら、はるか遠くにある背中に向かって叫び続ける。

 喉はすでに潰れてしまって、口から出るのはかすれた声だけだ。それでもなお、私は叫ぶのをやめない。

 ――許さない。絶対に、許せるものかァアァァ……!

 無意識のうちに、下唇をとても強く噛んでいた。いまさらのように、鉄の味が私の味覚に辿りつく。切り裂く風が当たって、ぴりぴりとした痛みを感じる。それでも、私は走るのをやめない。



 私が私ではないような、そんな感覚。

 もはやそれは、本能の領域だった。







   ◇◇◇◇◇






 しつこい。ここまでしつこいと、本気で異常だ。

「僕が言うのも何なんだけどねぇっ……! っはぁっ、っはぁっ……!」

 後ろから追いかけてくるクロネ=クロマの怒声と気配に、僕の鳥肌は総立ちだった。くそっ、ちゃんとはっきり「お前は僕には勝てない」って言ってあげたのに……! 結局何も聞いてないじゃないか、あいつ!

 怖いどころか、むしろ苛立ちの方が強かった。いい加減にしてくれよ――僕はね、雑魚といつまでも付き合ってる暇はないんだよ。

 走っているため、時間を容易に確認することが出来ない。だが少なくとも、もう十二時は超えてしまっているはずだ。約束の時間はとうに越している。情報屋としては、ある意味一生の不覚だった。

 とにかく。

 なんとしてでも、早く噴水まで戻らないと。

 そうしないと――大変なことになる。

 <番犬>。

 奴の顔と性格と言葉を、少しだけ思い出す。

 ……ああ、あああああ。

 うわー……会いたくなくなってきたぁ。

 でもそういうわけにもいかない。もし約束を破ってしまえば――それこそ、もっと怖ろしいことが待っているに違いないから。

 追われていようが追われていまいが関係なく、僕の体は止まることを許されていないのだった。




 ――ん?

 後ろから、音が聞こえてくる。

 魂術士のものではない、別の何か。

「……これは……」

 エンジンの、音?

 確認しようとして、後ろを振り向くと――






「おにいさぁああああああんっ! そこっ、どいてぇええええええええっ!」






   ◇◇◇◇◇






「うおわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 目の前を走っていた線の細そうな男は、バイクの姿を目に捉えると同時に吹き飛ばされるように道の脇に逸れた。

 あと一秒でも遅かったら……おそらく、轢かれていた。

「おおう? あいつもしかしてレコードかよッ!? けけけけけっ、ばっかでー、あいつ俺との約束の時間遅れてやーんのー! しかも何か怪しい女にも追われてたしな! きひひひひ無様だなぁっ、最近の情報屋は女難の気でもあんのか! やーいバーカバーカ! 一生回されてろッ! くははははははッ!」

「ちょっ! ハンドルから手を放さないでぇっ! 前見て前!」

「あぁん? うっせーんだよ坊主! 黙ってしがみついてろっつったろーが振り落としてやろうか!?」

「それはもっとダメぇえぇえっ! すいません謝るから本気で謝るからだからせめて前見てぇっ!」

 いつもは見られないような必死の表情で、ハローは運転している女に抵抗している。……残念だが、俺にはもうそんな気力は残されていない。名前通り、本気でこの世にグッバイしそうだ。誰かありえないと言ってくれ……。

 俺はまだ、あの世には行きたくないんだよぉっ!




 ――というか。さっきの男……あれがレコードだと……?

 普通なら名前だけしか知ることの出来ない、あの伝説の<情報屋>が――どうしてこんな場所に?






 つーかこのふざけた運転野郎は一体誰だっ!






   ◇◇◇◇◇






 

 長い針は、もうすでに十分を指そうとしている。

 噴水の水の跳ねる音だけが、空しく聞こえてきていた。いつまでたっても、エイルの言う「大事な人」は一向にやってくる気配がない。

「エイル……エイル?」

 隣に立っている背の小さいエイルに、思いきって話しかけてみる。しゃんとした横顔は、それでもやっぱり悲しさのようなものが浮かんでいた。握りしめた拳は細かく震えていた。

「……来ないね。エイルの言ってた人」

「…………」

「もっ、もしかして、場所を間違ってるとかじゃない? それとも日にちを間違えたとか!」

「……ダーウィーさん。それは、ありません」

「じ、じゃあ……その人がうっかり忘れちゃってる……とかさ」

「ありえません。私は今まで、あの人より記憶力のいい人に出会ったことはないですから」

「あー……そう……」

 なんとかしてなぐさめようとしたんだけど、残念ながら効果がなかった。あー、僕ってほんとこういうの苦手だなぁ……不甲斐ない。

 ――ふと、不安定な呼吸のような音が聞こえてきた。

「……?」

 何の音だろう? そう思って、エイルの方を見ると――




 涙を流して、泣いていた。




「えっ――!? ち、ちょっと、エイル……!?」

「うっ……ふぐっ……えぐっ……」

「大丈夫!? どうしたのさ、いきなり……?」

「ううっ、うううっ、ううっ……うぅ……」




 ええええ……どうしたらいいの、これ?

 あまりにいきなり過ぎて、正直どうしたらいいのか分からない(たぶんいきなりじゃなくても困ってたけど)。どうしてエイルは、こんなに泣いているんだろう?

 ――大事な人が、来てくれなかったから?

 大事な人に、裏切られてしまったから――なんだろうか。

 僕は考えてみる。もし自分が、エイルのような裏切りにあったら、一体どう思うのだろうか?





 ――鳥肌が立った。


 きっと僕は――何も思わない。






 きっと無感情に……その事実から、逃げようとしたはずだと。僕の心は、そう返事をしてきた。

 ……どうして?

 疑問だけが、頭の中をぐるぐると回っている。

 僕は……どうして、悲しむことが出来ないんだろう?

 エイルのように、涙を流して悲しむことが、どうして……?

 怖くなる。自分で自分を認めたくなくなる。怖い、怖い……。

 悲しめない自分が、怖ろしくてたまらない。

 これは自分じゃない――そう言い聞かせようとしても、無理だ。

 これは紛れもなく、自分。自分以外の何者でもない。







 ああ――僕は、いつの間に。

 悲しむことを忘れてしまっていたんだろう?

 こんなに大事なことを、どうして……。







 エイルのすすり泣きが、途切れ途切れに聞こえてくる。



「もうっ、えうっ……やだ、やだぁっ……! ――捨て、られる、のはっ、いやっ……! もう、いや、なのに……けほっ、げほっ! うぅ、ううぅうぅ……!」



 やめてよ、エイル。

 お願いだから――泣かないでくれよ。



「どうしてっ、どうしてっ!? どうしてぇっ……――」



 やめてくれ、もう、やめてくれよ。

 誰か、止めてくれよ。

 誰でもいいから――エイルを、助けてあげてくれよ。

 僕には出来ないんだ。僕は、悲しめないから。







 お願いだ。


 誰か、助けて。


 エイルを――そして僕のことを、助けてくれ。


 助けて、救って、慰めてくれ。


 お願いだ。お願いだから――。









「助けてよ、<番犬>」









『――おう、呼んだか?』









 風が吹き荒れた。





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