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justice #2

 カタカタ。カタカタ。

 キーボードを高速で押す音が、暗い部屋にこだまする。

 唯一の光源は、四角の液晶画面。全部で五つ――上に二つ、下に三つ――二段の机の上に並べられているディスプレイの前には、一人のやせ細った男の姿がある。

 両腕は棒切れのようにかよわく、まくりあげたズボンの裾から見える足は今にも折れそうなほどだった。年齢は、あまりに不健康そうな見た目のせいか、三十歳ほどにも見える。しかし実際はもっと若く、まだ成人を迎えていないというのだから驚きである。

 ただ――男の行動そのものは、決して若さがあるとは言えそうにないようだ。



「ああもう……いやだ……なんでこんなこと……」

 小声でなにかをつぶやきながらも、動かす手は少しも休めない。

 男の目の前の画面、三つあるうちの真ん中のディスプレイには、打ち込まれた文字が次々に小さく表示されていく。明らかに、日本語ではない。そもそも人間の使う言語であるのかどうかも怪しかったが、それはどうやら一つの通信手段のようらしい。

 男がエンターキーを押して一段落つくと、五秒ほどで画面に別の文字列が表示された。さきほどの男の打った文字への返信、だろうか。

 それを見た途端――血相を変えたようにして、男は一心不乱にキーをたたきだした。



「おい――嘘だろ……どうして、こんな時にっ……よりにもよってこのタイミングでぇ……」



 手を止めることは一度として無い。その間にも、男の口からはまたつぶやきがあふれ出していく。





「なんで――なんで<番犬>が、こんなタイミングでッ! あああああああああああああああああああああああっなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだなんでだぁっ――!」





 キーボードを叩く強さはどんどん強くなり――最後のエンターキーを押すときには、あまりの衝撃に壊れてしまうのではないかというほどの勢いになっていた。息を荒げながら、男は画面を鬼の形相でにらむ。

 ……画面に映った自分の歪んだ顔に気づいたのか、男は我にかえり、顔に手を当ててごしごしとこすった。ぷはぁ、という声とともに、顔にひとかけらの爽快さが表れる。しかし、それもつかの間のこと。

「ああ、いけないいけない……まだ仕事はいっぱいあるんだ。早く終わらせなきゃ……」

 男は頼りなさげな表情で、また眩い光を発するディスプレイと向かい合う。




 カタカタ。カタカタ。

 暗い部屋の音は、いまだに尽きる気配がない。





   ◇◇◇◇◇






 ……自分がどこを走っているのか、正直こっちが教えてもらいたいくらいだ。



「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわっ――!」



 向かってくる風を力まかせに切りながら、街のいたるところを走り回る。息はだいぶ激しくなっているが、そう簡単に止まるわけにもいかない。ちょっとでも油断してしまえば、どうなるか分かったものじゃないから。

 青白い顔をぐらぐらと揺らしながら、僕が抱き上げている女の子は高いうめき声(?)をあげ続けている。僕が地面に足をつくたび、細い首をがくっと大きく振るので、なんだか頭どうしがぶつかりそうで怖かった。あと、途中から女の子の目の焦点が合わなくなってきていることに気がついた(たぶん僕のせいだと思う)ので、隠れられそうな場所を走りながら探すことにした。

 一瞬だけ後ろを振り向いて、さっきの人たちの姿が見えないことを祈る。……よし、大丈夫そう。前に向き直ると目の前に電柱が迫ってて間一髪のところで避けた。素で危なかった……今のは。

 よそ見運転、ダメゼッタイ。……なんの標語かなー?



 通り道の右側に路地裏のような曲がり角を発見したので、その道の目の前で九十度ターンして、一気に小道へと突っ込もうとした。

 ……入り口のゴミ山に足が引っかかって、転びそうになった。

 ちくしょう、明日からぜったい不法投棄は通報してやるぅ! ここ警察いないけどっ!

 なんとか踏んばって、立ち止まることに成功した。靴の裏から生ゴミのぐにゃっとした感触が伝わってきて、鳥肌がたった。まあなんにせよ転ばずにはいられたので、そっと胸をなでおろ……せないこともないけどそんなことしたら女の子が落ちる。だからやめておいた。

 体勢を整えて、目の前を見据える。向こう側からは街灯の光がさしていた。ちょっとした裏道のようだ。隠れられるような手ごろな行き止まりを期待していたので、正直がっかりした。しかも足元が悪いのは入り口だけではなく、道のりの八割はゴミや動物の類で埋まっている。よっぽどなアスレチック好きでもない限り、まともには通れそうにない。

 別の場所を探そうか。でも、ずっと迷ってるわけにもいかない。すぐにでも、さっきの人たちが追ってくるかもしれないし――。

 そう考えるといてもたってもいられず、しょうがないので強硬手段に出ることにした。

「ねぇ、君」

「……へっ、えっ、ふぁい?」

 上の空な様子で女の子は返事をした。……だめだこりゃ。

 ため息をつきながら、僕はまた女の子に話しかけた。



「――今から、ちょこっとだけ『浮く』けど、気にしないでね」

「え……ふぇ? あ、え、はい――」



 ――返事が終わるか終わらないかのうちに、僕は右足で強く地面をけり、せまい路地裏の中で飛んだ。ひぃっ、という女の子の声が聞こえたような気がした。

 左からせまる壁に、全体重をのせた左足を突き出して一気に浮かぶ。体は上に行くのといっしょに、少しだけ前へも進んでくれる。その反動を利用して、今度は右からの壁に一歩を踏み出した。



 何回も同じことを繰り返し続けて――気がつくと、さっきまでいた場所はずいぶん下のところにあった。入り口にいたときよりも爽快でさっぱりとした風が、僕と女の子の体の周りを吹き抜けていく。うん、いい感じ。

 ここから落ちたらどうなるんだろ。……全治、二ヶ月ぐらい?

 怪我なんてめったにしないから、そのあたりはどーも、知識ないんだなぁ。



 これぐらいで大丈夫か、というところで、蹴り上げていた足を今度は壁にこすりつける。こうすることで、高くなっていた高度を少しずつ落としていくのである。ずっと片側だけに集中していると滑ってそのまま落ちかねないので、ぎりぎりのところで向かい側の壁に飛ぶ、というようなイメージ。

 出口につくころには、地面は三メートル程度の高さにまで近づいていた。最後の最後に、力を足に集中させて、全力で跳躍。

 ――あー、気持ちいい……。

 久々だわー、こういう感覚。

 ――そんな幸せの余韻に浸る十分な暇もなく、両足に軽く力を入れて、着地の準備をする。

 震えを通り越してもはや固まってしまった女の子を離してしまわないように、腕を体に引き寄せ、重心を低くした。





 そして――衝撃。

 ドン、という反動が、僕の全身を痺れさせる。くっはー、ちょっと高すぎたかなぁ……足痛いや。

「うぇうっ!」

 着地と同時に大きく体をはねさせてから、女の子はぐったりとしてしまった。……やりすぎた感が否めない。当たり前か。てかいまさらか。

「えと……大丈夫かな?」

「……あぁう、はい、だいじょぶうぇっぷ」

「わああああストップストップ! 耐えて! さすがにそれだけはやめて!」

 顔色が尋常じゃなく悪くなっていたので、とにかく急いでケアをすることにした。僕の介抱(大したことはしてないけど)が功を奏したのか幸を喪(失)したのかは分からないけど、十分もすると女の子の様子はだいぶ落ち着いてきた。胸をなでおろしながら、改めていろいろと反省する。いくら非常事態だったとはいえ、もう少しやりかたもあっただろうに。僕のバカ。



 ――さすがに、壁昇りだけは一人のときだけにしとこう……。

 誰かが聞いたら思いっきり頭を叩かれそうな台詞を、心の中だけでつぶやいておくことにした。

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