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清少納言の日々

作者: WAIai
掲載日:2026/10/08

「…あら、雪ですわ」

静かにしんしんと降る雪。

水分を含んでいる丸型なので、積もらないと思うが、自然の美しさに、清少納言はほうと息を吐く。

回廊から下りて手で雪を受け止めると、さらりと消えてしまい、水滴も残らない。

ただ冷たい感触だけはあり、灰と白の混じった空を見上げる。

「ー清少納言、どうなさったのですか?」

御簾の中から声がかかり、清少納言は慌てて回廊に行き、頭を低くする。

「雪ですわ、定子様。それはもう美しい景色で」

定子、と呼ばれた女性は、藤原道隆の娘で、一条天皇の中宮ー皇后に等しい存在だった。

道隆は藤原道長の兄で、おしゃれで派手なことが好きな御方だった。

その定子に仕えることになったのは、結婚生活が駄目になり、そこからご縁で、宮仕えが始まったのだった。

その時、定子は十七歳、一条天皇よりも四歳年上だった。

ーでも気に入られていますのよね。

ふふと清少納言が微笑む。

一条天皇のほうが定子のことが好きなようで、よくお部屋へいらっしゃるのだった。

定子は学才に優れ、心優しい性格だから、一条天皇はゆっくりしたくて来ているのかもしれない。

宮中は一筋縄ではいかず、暗躍する者達で溢れているのだった。

「どんな風に美しいの? 教えてくれるかしら?」

「は、はい。そうですね…定子様の肌のように柔らかく、優しく、触れると心に響きますの。今、私、触ってみましたが、それはそれはもう、自然の素晴らしい贈り物ですわ」

「ほほ。さすが清少納言。例えが美しいですわ」

「もったいない御言葉」

頭を下げつつ、清少納言は自信ありげに微笑む。

ー二番、三番じゃなくて、私、一番を目指していますの。

清少納言は勝ち気で、負けず嫌いだった。

人の対応が上手で、こうしていつも定子を楽しませているのだった。

定子のほうも、面白がっているところがあり、さすが母親の家系が学者として名高い高階氏の御方だと納得する。

ーそうよ。天だって、定子様を喜ばせるために、雪を降らせているんですわ。

雪はやむことなく、そして酷くなることもなく、静かに地面を濡らしていく。

「定子様、寒くはありませんこと?」

「大丈夫よ。火鉢が側にありますから。清少納言もおいでなさい」

「ありがとうございます」

清少納言は嬉しそうな声を出した。

自分は器量が良くないのに、誰も攻撃してこない。

もちろん陰では言っているのかもしれないが、定子の側にいられることは幸せだった。

ー後で、枕草子に書かなくては。

随筆ー筆者が感じたことや考えたことを、自由に書く文書のことなのだが、清少納言は宮中のことなどをまとめて書いているのだった。

女房達の間で人気があり、尊敬されることも多かった。

ー私に勝てる人間なんているのかしら…?

自分の書くものが一番面白いという自信があった。

鼻を高くしていると、誰かが回廊を進んでくる。

「ーこれは、これは。清少納言」

「まあ!! 伊周様!!」

清少納言は回廊の床に手をつくと、伊周を迎え入れる。

伊周は定子の兄で、もう一人、隆家という兄がいるのだった。

位は大納言で、父親の道隆は関白だった。

ー扇で顔を隠したほうがいいのかしら…?

伊周と隆家は隙をみては、定子の元を訪れ、ご機嫌伺いにやって来ているのだった。

「雪が降っているね。どう思う?」

「そうですわね…」

素早く清少納言は頭を回転させると、伊周に恐る恐る答える。

「雪は天の嬉し涙ですわ」

「ほう。どういう意味?」

「ぽたりと静かに落ち、地にかえる。それは植物の源となり、広がっていく。伊周様も同じく、周りの者を喜ばせるもので、静かに影響を与えになりますわ。伊周様がいなくては、つまらないという、天のわがままかもしれません。ーいかがでしょうか?」

「ほほ。面白い解釈だ。さすが定子の側にいるだけある」

「ありがとうございます。光栄ですわ」

「清少納言も一緒に御簾の中に入ろう。干し柿を持ってきたんだ」

「干し柿…!! 定子様が喜ばれますわ」

「うん。ーねえ、定子。御簾の中に入っていいかな?」

「いいですわよ。いらっしゃいませ、お兄様」

「清少納言も早く」

「は、はい…。失礼いたします」

御簾の中に入ると、確かに火鉢の温かさが伝わってくる。

定子は穏やかな表情をしており、微笑むと誰よりも美しかった。

ー一条天皇様も、後でいらっしゃるのかしら…?

一人でどきどきしていると、伊周に干し柿を一つ、渡させる。

「え…。あの、私の分は…」

「いいから。…ほら、定子。干し柿だよ。食べて栄養をつけないと」

「ありがとうございます、お兄様。…これ、後でとっておいてくれる? 一条天皇様にもあげたいから」

近くの女房に言うと、静かに動き、干し柿を回収していく。

清少納言はもらった干し柿をどうしようか迷ったが、懐紙に包むと、胸元へ入れる。

潰さないように気をつけなければと思いつつ、伊周と定子を見る。

ーはあ…。美男美女だわ。羨ましい…。

伊周は流行りの直衣を着ており、輝かしいばかりの御方だった。

彼は火鉢を挟んで定子の前に進むと、質問してくる。

「一条天皇様は、今日も来られるのかい?」

「そうですわね…。私に魅力があればいらっしゃると思いますわ。ふふ」

「魅力ねえ。十分だと思うけれど。ほほ」

伊周が笑い、定子も袖で顔を隠す。

仲の良い兄妹で、見ていて和むのだった。

ーああ、伊周様から溢れてくる香りも、新鮮ですわ。

伊周から漂う匂いは、嗅いだことがないものだが、嫌なものではなかった。

定子も気づいたらしく、伊周に笑いかける。

「お兄様は新しいもの好きですものね。私も勉強いたしますわ」

「そうかい? どうも流行を最先端のものにしないと、気がすまなくてね。唐のものは珍しいものばかりだよ」

「まあ!! 唐のもの…!! 私も拝見したいですわ」

「後でゆっくり話て聞かせてあげる。一条天皇様も喜ぶと思うし」

「はい。よろしくお願いいたします、お兄様」

定子が嬉しそうにお辞儀すると、伊周が扇を広げ、笑い声を立てる。

世界はここから回っているといっても、過言ではなく、清少納言はどきどきする。

ー最新のもの…!! 私も興味ありますわ。

後で定子を伝って聞こうと思い、手がうずく。

今すぐ記しておきたいのだが、下がっていいものかと悩んでしまう。

ー失礼なことはしたくないですし…。二人の話を聞けるだけでも、貴重ですわ!!

一人で興奮していると、伊周が手を伸ばし、定子の頬に触れる。

定子は黙って受け止める。

兄妹なのに、まるで恋人のようだった。

「少し痩せたかい? 食べないと駄目だよ」

「はい。その、良い御子を生みませんと」

定子の頬が赤くなると、伊周は上機嫌に言う。

「そればかりは、天の授かりものだからね。私も手が出せないよ」

「ほほ。でも一条天皇様はお優しく、労ってくださるので」

「そうか。それは良かった。どんどんお呼びになりなさい」

「もうお兄様ったら」

二人のやり取りを微笑ましく見ていた清少納言は、ふと口をついて言葉が出てくる。

「ー太陽ですわ」

「え、太陽? どういう意味かな?」

清少納言は真顔になると、伊周と定子を見る。

「火鉢が太陽だとすると、周りを暖め、気持ちを楽しませるのと同じで、伊周様と定子様も、太陽の子ですわ。いらっしゃるだけで、場が明るくなり、周りを照らし出す。いなくてはならない存在ですわ」

「ほう…。それは、それは、ありがとう。清少納言」

「私からも礼を言いますわ。ありがとう、清少納言」

「その、失礼かと思ったのですが…」

清少納言は照れて、袖で顔を隠すと、そろそろ去ったほうがいいなと頃合いを見る。

「私、退室いたしますわ。後はお二人でゆっくりなさってくださいませ」

「ああ、またね」

「また後で来てくださいね」

「はい!!」

二人に頼りにされているのが嬉しく、清少納言は張り切って答える。

丁重に頭を下げると、御簾の外へ出たのだった。

足早に進んでいくと、いつの間にか、雪はやんでおり、空の青さが広がろうと、手を伸ばしているのが分かる。

ー吉兆ですわ。何と素晴らしい。

伊周と定子のことを思い、二人がいるから、自分も大丈夫と思えるのだった。

ーさて、忘れないうちに、随筆を書きましょう。

胸元の干し柿にそっと触れると、清少納言は自室へ戻っていくのだった。


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