↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

短編集

結婚式で神父に新婦を略奪されたので、殴ったら聖女様も俺に続いていっぱい殴ってた

作者: 乃亜素
掲載日:2026/09/23

 創作の本や吟遊詩人の詩で、結婚式中に花嫁を奪いに男が現れるって展開は誰しもが知っていると思う。

 それがまさか、俺の身に略奪される側として起きるとは夢にも思わなかった。


「汝、新郎アレクは、ここにいるセリアを妻とし、神の導きのもと、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、これを愛し、敬い、支え、終生変わらぬ愛を誓いますか?」


 今は俺が住む村にある唯一の教会で結婚式が行われている。

 新郎は俺、アレク。

 返事はもちろん決まっている。


「はい、誓います」


 神父は俺の誓いに頷き、俺のお嫁さんになる幼馴染のセリアの方を見る。


「汝、新婦セリア。あなたはここにいるアレクを夫とし、神の導きのもと、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、これを愛し、敬い、支え、終生変わらぬ愛を誓いますか?」

「………………ち、誓います」


 緊張のせいなのか、長めの沈黙の後にセリアが答えた。

 セリアは昔からこういう大事な場面で失敗することが珍しくなかった。

 世話が焼けるとは思うが、そういうセリアのフォローをするのは嫌ではなかった。

 今日からは幼馴染としてではなく、夫として支えていくだけで、これからも変わらない。

 そんな思いを胸に抱きながら、指輪をお互いの指にはめる。 


「では、誓いの口づけを――」


 式に参加してくれている村のみんなの前でキスをするのは気恥ずかしい。

 でも神の前で誓うのだからそんなことは思ってられない。

 セリアのベールを上げ、顔をよく見る。

 ああ、可愛くて綺麗だ。

 小さい頃から過ごしてきて見慣れている顔のはずなのに、花嫁姿のセリアはまるで別人のようだった。


「ちょっと待ったーー!!」


 教会の中に男の大きな声が響いた。

 『ちょっと待った』だと?

 新郎が新婦を略奪される展開の時のお決まりのセリフじゃないか!

 俺は教会のドアの方に視線を鋭く向ける。

 眼力だけで略奪男を殺してやるという気迫を込めて。


「……?」


 そこには参列者の他は誰もいなかった。

 ドアすら開かれていなかった。

 では声を張り上げたのは誰だ?

 参列者の誰かか?

 いや、声が聞こえてきたのは出口側ではない。

 むしろその正反対の位置からだった。


「ああ……神父様。そのお言葉を今か今かとお待ちしておりました」

「セリア、今まで勇気の出なかった私を許してくれ。やはり神の前では自分の心を偽ることができなかった」

「神父様っ!」

「セリアっ!」


 神父、お前が新婦を奪うのかよ。


***


 新婦を神父に略奪されてしまった俺は、しばらくした後に失意のままに村を飛び出した。

 本来ならあいつらがそのまま逃亡して消えてくれればよかったのに、図々しくも二人はそのまま教会に住み続けていた。

 どんだけ面の皮が厚いんだ。聖書の厚さに負けないんじゃないか。

 俺はセリアと神父が仲睦まじく過ごす姿なんて見たくもなかったし、村人達の腫れ物に触るような態度もきつかった。

 不幸中の幸いで、俺にはもう両親を始めとした家族はいなくて身軽な立場だったので、村を捨てることにためらいはなかった。

 文字の読み書きができたおかげで、運良く隣町の大商人の館で住み込みの仕事を得ることができた。

 俺はこうして、傷付いた心が時間によって癒えていくのを待ちながら、日々を過ごしていった。


 ある日、一日の仕事が終わり、自室でくつろぎながら読書をしているとドアがノックされた。


「アレク、いまいいか?」

「どうぞ」


 ドアを開けて入ってきたのは旦那様だった。

 住み込みの従業員のプライバシーにも配慮してノックをしてくれる、人間ができた人だと思う。


「読書中だったか。すまんな仕事の時間外に」

「いえ、旦那様の用件に勝ることはございませんので」

「もし春画を読みふけっていたら申し訳ないと思ってな」

「その配慮の考え自体を申し訳ないと思ってください」

「実はな、頼みたいことがあってだな」

「なんでしょう」

「今度、王都から聖女様がこの街に来訪することになっており、その際にお前とお話したいそうだ」

「えぇ……」

「これ、露骨に嫌な顔をするでない。娼館のお気に入りのジェシカちゃんがワシを見る時のような目になっておるぞ」

「なんでそんな子をお気に入りにしているのか謎ですね」


 故郷の村でのあの件以来、俺は教会に関係するもの全てが嫌いになった。

 問題があるのでさすがに公言はしないが、神も信じていない。


「旦那様にもお話した通り、俺は寝る時に嫌な記憶が呼び起こされて、枕に顔を深く埋めて大声を出したくなるんですよ。仕方ないじゃないですか」

「まぁ、その気持ちはわかるがな。ワシも子供の頃、下半身裸で絶叫しながらブリッジ状態で自慰をしている所を母に見られた記憶が不意に蘇ると、町の物見塔のてっぺんから飛び降りたくなるし」

「それと一緒にしないでください」

「仲間意識を持とうとしておるのに冷たいではないか」

「ともかく、聖女様だろうが正常位様だろうがお断り願います」

「さすがに不敬な呼び方じゃのう。今回、この話が出たのはお前のその件にも関係あるかもしれんのだぞ?」

「……と、言うと?」


 旦那様の説明によると、セリアを略奪したあの憎い神父に不正の疑惑があるらしく、聖女様はその調査で俺の故郷の村を訪れる予定らしい。

 その際にその神父と因縁がある俺がこの町にいることを知った聖女様は、情報収集の一環で俺からも話を聞きたいという流れだった。


「承知しました。そういうことならば喜んで協力させて頂きます」


 あの神父に意趣返しをできるチャンスなのだ。

 これを逃す手はない。


「ああ、良かった。ではその際はよろしく頼むな」


 聖女様か。

 教会関係者に会うことが楽しみになるなんて、久しぶりだよ。

 

***


「あなたがアレク様ですね。私はマリエルと申します。この度はお時間をお取り頂き感謝いたします」


 旦那様に呼ばれて応接間に入るなり、座っていた聖女様が立ち上がり深々とお辞儀をしてきた。

 俺はその姿に面喰ってしまった。

 教会の聖女といえば、いわゆる権力とは違うが一定の敬意を払われる存在だ。

 そんな存在がただの平民の俺に丁寧な挨拶をしてくれたのだから。


「ではアレク、失礼のないようにな」

「色々とご手配頂きありがとうございました」


 旦那様が退席するので、聖女様はそちらにも丁寧な動作で頭を下げる。

 応接間のドアが閉まるまで頭を下げたままだった。


「さて――いかがなさいましたか?」


 その所作、佇まいに思わず見惚れてしまっていた。

 聖女様は小柄でずいぶんと可愛らしい方だった。

 気品に溢れていて、大切に育てられたお嬢様といった印象だ。


「ああ……いえ、すみません。聖女様」

「聖女様は気恥ずかしいですね。マリエルとお呼びくださいまし」


 そんなこと恐れ多くてできるか。


「で、ではマリエル様……」

「呼び捨てでも構いませんのに」


 残念そうな表情。

 本音なのか俺をからかっているのかわからないが、親しみやすい性格のようだ。

 緊張が少し解けた俺は、マリエル様と共に席に腰を下ろす。


「俺に聞きたいことがあると」

「はい。アレク様の故郷の村の教会について……正しくは現神父についてのお話をお聞かせ願えますでしょうか……あら美味しい」


 話し始めて早々にマリエル様は茶請けとして用意されたクッキーを小さな口で食べた。


「旦那様から少しだけ聞いておりますが、あの神父が何か?」

「アレク様はあの神父とご因縁があるとのことでしたよね」

「ええ」

「神父には様々な不正の疑いが掛かっております。お辛い記憶を思い出させてしまうことになり申し訳ございませんが、アレク様の件も調査対象に含まれておりますので……もぐもぐ」


 マリエル様から神父にかかっている疑惑の数々を説明される。

 そんなことからあんなことまで?

 疑惑の大商店じゃないか。

 ただ、どれも背景とともに聞かされると、確かにそう思えるようなものも多々あった。

 大まかな説明が終わる頃にはクッキーの姿はすっかりと無くなっていた。


「あら、クッキーが無くなってしまいましたね。つい手が止まりませんでした」

「一時も止まることがなくて神父の疑惑と同じくらい驚きました」


 俺はひとつも食べていない。


「最後に、アレク様にも関係するお話がございます。主に女性関係についてですが」


 結婚式のあの時の記憶が蘇り、胃が重くなる。


「村の複数の女性と関係を持ち、風紀を乱していた疑いもございます」

「セ、セリア以外ともですか?」

「ええ、既婚の方も含まれております。」

「言われてみればですが、俺からも心当たりがあります」

「と、言いますと?」


 夜に人気のない小屋に神父が一人で訪れていたり、昼間に主人が不在の家に頻繁に訪れていたという話をマリエル様に伝える。

 当時は気にもしなかった話だが、今となっては……。

 

「ふぅ……教義では自由恋愛は禁じておりませんが、神父たるものが色欲に囚われ複数の方と関係を持ったり、不貞行為に耽られるのも外聞が悪いことでして」

「……セリアは神父が他の女性にもそういう行為をしていると知っていたんでしょうかね」

「報告では関係を持った女性同士で牽制しあっていたとありますので、恐らくは」


 そうか。

 セリアは神父に騙されているのかも、という想いもあった。

 でもそれを知った上でセリアは神父を選んでいたのだ。


「お辛いでしょうけれど」

「いえ、セリアに男を見る目がなかったというだけです。私もセリアの事を見る目がなかった、それと同じことです」

「……なるほど」


 俺の見間違いかもしれないが、マリエル様の口角が少し上がったように見えた。


「お話をありがとうございます。一応裏は取れておりましたが、アレク様のおかげでこれで最後の一押しとなりました。あとは突き付けるだけです」

「通告はいつを予定されているのですか?」

「明日には」

「明日ですか? おひとりで?」

「ええ」


 聖女様はお付きの者は連れて来ていない。

 てっきり聞き取りと、通告や更迭は別の機会に行われると思っていた。


「おひとりで危なくないですか? その、往生際が悪かったり」

「? 今までは別段問題はありませんでしたが」


 こんな虫も殺したことがないような女性が、何回も一人でやってるのかよ。

 実績があるとしても心配だな。


「もし、問題がなければ私も同席するのは構いませんでしょうか」


 俺の申し出にマリエル様が指をあごに付けて考え込む。

 その姿から目を逸らさないまま、俺は返答を待った。

 マリエル様の身の心配も嘘ではないが、やはり神父に天罰が下るところを目の前で見たい。


「わかりました。村までの道にも明るいでしょうし、同席を許可いたします」

「あ、ありがとうございます」


 俺は明日の行程を確認し、旦那様に許可をもらう為に部屋を早々に退出した。 


***

 

 王都の教会本部から聖女が訪れると事前に通告があれば、後ろめたいことをしている者ならば留守を決め込んだり、ほとぼりが冷めるまで姿をくらます可能性がある。

 監査の場合はそれを防ぐために抜き打ちで訪れるらしく、狙い通り神父は教会にいた。

 ーーセリアと一緒に。


「本来ならば事前にお約束を差し上げるべきところ、突然の訪問にもかかわらず快くご対応いただき、ありがとうございます」


 挨拶をしている聖女様の後で俺は従者のふりをしていた。

 フードがある外套を深く被り、眼鏡もかけている。

 二人は俺に気付いてはいない。


「聖女様、遥か王都より、このような田舎の村までお越しいただき、ご苦労様でした」


 教会の聖堂の中、神父は穏やかに言った。


「して、本日はどのようなご用事で?」


 裏取りは済んでいるので、こちらからすると神父は絶体絶命の状況である。

 しかし神父からは焦りを感じない。 

 喉元にナイフが突きつけられているような状況なのに、よくもこう平静を保っていられるものだ。


「神父様、立ち話もなんですし、応接室にご案内したらいかがでしょうか?」


 神父の隣に立つセリアが横から提案し、マリエル様と俺の方に順番に目線を合わせ、微笑む。

 ああ、変わっていない笑顔だ。

 この笑顔を見るだけで活力が無限に湧いてきたものだが、今は嫌悪しか覚えない。

 ずっと昔から一緒だった幼馴染であり婚約者でもあった俺を裏切っておいて、よくもそんな幸せそうに微笑むことができるものだ。


「いえ、用件は直ぐに済みますので、手短にお話させて頂きます」


 マリエル様が鞄から書類の束を出し、その表紙を神父とセリアに提示する。


「これは正式な教会本部からの書類です。ここに司祭様の捺印があることをお確かめください」

「教会本部から……?」

「神父様、あなたには以前より数々の不正の疑いがございました。教会本部は密かに調査を進め、その疑いが事実であると確認しております。よって本日付であなたを神父の職から更迭いたします。また、さらなる調査のため、身柄を拘束させていただきます」

「なんと、私にそんな疑いが? 何かの間違いではないでしょうか」


 神父は取り乱すこともなく、冷静に抗議をする。

 続いてセリアの擁護。


「そうよ、神父様が清廉潔白なお方です。不正なんてするわけがないです」


 少なくともお前の存在が不貞行為としての証明になるではないか。

 なんでそれで清廉潔白とか言えてしまうんだ。

 ドブ川にどっぷり浸かっていると、清らかな川と錯覚でもしてしまうのか。


「こちら、根拠となる調査結果と補足資料です。ご自分の目をお確かめください」

「……拝見いたします」


 マリエル様から手渡された書類の束に目を通していく神父とセリア。

 神父の方は表情があまり変わらないが、セリアの方はだんだんと青ざめていった。


「う、嘘ですよね。神父様……?」


 縋る様にセリアが尋ねる。

 神父はそれには答えない。


「随分と良くできた資料だとは思いますが、私の存在が都合の悪いお方でも本部にいるのでしょうか」


 自分も資料には目を通しているが、あれを読んでまだしらを切り、権力闘争の陰謀ではと返す。

 他人の婚約者を略奪するような奴はこれくらいのふてぶてしさが備わっているのだろう。


「セリア様」


 マリエル様は神父の問いには答えずに、セリアの方に静かに向き合う。

 セリアは急に矛先が自分に向いたので驚いたのか、少し後ずさった。


「失礼ながらセリア様には婚約者がいたとの情報もございますが、そのお方はどこにいらっしゃいますでしょうか」

「ア、アレクのこと?」


 急に俺の話題になったのでドキッとしてしまった。


「そういうお名前とうかがっております」

「と、とても酷い男だったので婚約はなしになりました」


 酷い男、とは。

 俺はセリアに対して暴力は振るったことはないし、嫌がるようなことを無理矢理なにかしたということもない。

 式のあの瞬間まで大きなケンカもした事はなく、いつも楽しそうに笑って過ごしていたはずだが、何をもって酷い男と指しているのだろうか。

 足元が怒りと悲しみで震えようとするのを、必死で我慢する。


「挙式中にその式を執り行う神父様が割って入ったとの報告を受けております。挙式中に新婦を略奪もよろしくありませんがそれは置いておきまして、そもそもそんなに酷い方ならば挙式までお話が進まないと思いますし、神父様と元々並行して関係があったと言う事ですよね」

「そ、それは……」


 言い淀むセリア。

 これではマリエル様の言葉を肯定しているようなものだ。


「私が説明しましょう、セリア」

「神父様……」

「セリアは幼馴染ということだけで、村の中でアレクと一緒になることが決まっている人生に悩んでいたのです」


 子供の頃から、物心ついた後も『アレクのお嫁さんに早くなりたい』と言っていた言葉はなんだったのか。

 拳を握りしめてしまう。


「また、本格的に結婚の流れが決まったあと、セリアは様々な不安を相談しに教会に訪れるようになりました。私はそこでアレクがセリアの将来の夫として至らない点をいくつも聞き、相談に乗るうちに仲が深まっていってしまったのは否定できません」

「それでも婚約者がいる女性と関係を持つのは、神職に携わる方として望ましくありませんね」

「悩める子羊を将来の苦難から救ったのに、何の咎めがありましょうか」


 まるでセリアが俺と結婚していたら、苦難になることが決定していたような言い方だな。


「あのままセリアがアレクと結婚していたら、セリアの人生が色を失った風景のようになってしまう。私は自らが執り行う挙式で、それを黙って見ているわけにはいかなかった――――オグオッ!!」


 話していた神父は最後まで言葉を発することができなかった。

 我慢のできなくなった俺が、無言のまま渾身の右ストレートを神父の顔面に叩き込んだからだ。

 神父は後ろに吹っ飛び、主祭壇に置かれている机に突っ込んだ。


「……いいタイミングです。私も聞いているのが限界でした」


 俺だけに聞こえるような小さな声量のマリエル様。

 俺は外套と眼鏡を投げ捨てる。


「ア、アレク!?」

「セリア……俺に日々話していた内容と、神父に話していた内容が随分と違うようだが?」

「いきなり不意打ちで暴力を振るうなんて最低よ! ――ああっ、神父様!」


 セリアは俺の言葉を無視して神父の元に駆け寄る。

 『暴力を振るうなんて最低よ』だってさ。

 こいつらは殴られるだけのことをしているだろが。

 被害者面だけで立派なもんだ。


「このように一部の件の当事者であるアレク様を始めとし、各種証拠は揃っております。異議申し立てを聞く場は用意されておりますので、ひとまずは教会本部までは移送させて頂きます」

「…………」


 マリエル様が前に進み、神父に感情が乗っていないトーンで淡々と述べる。

 神父は無言のまま立ち上がると、主祭壇に立て掛けてあった杖を取る。


「セリア、退いていなさい。これから神敵を滅しますのでケガをします」

「神敵とは私達のことでしょうか?」


 神父は杖頭の部分を握ると本体を握って引き抜いた。

 細身の刀身が現れ、教会内部の灯りを反射してきらめいた。

 仕込み剣とでもいうだろうか。

 最後通牒の為に前に出てしまっていたマリエル様は、神父の間合いの中にいた。

 さがらせないと危ない。


「あなた達が悪いんですよ。こんな田舎の村の教会なんて放っておけば良かったのです!!」

「危ないっ!」


 神父が叫ぶやいなやマリエル様に切りかかった。

 二人の距離が近すぎて俺にはどうしようもできないまま、剣が振り切られてしまった。


「な、なんてことを……」


 声が掠れる。

 マリエル様は微動だにしない。

 まさか立ったまま絶命してしまっているのか。


「……な!?」


 神父が驚愕の声を上げる。

 手に持った仕込み杖とマリエル様を何度も往復して見ているようだ。

 よくみたら仕込み杖が短くなっている。

 刀身はどこにいった?


「数々の不正の他、教会本部が遣わした聖女である私の殺害未遂も加わりました。もはや言い逃れはできませんね」


 教会内に金属音が響き渡る。

 鐘の音ではなく、マリエル様が投げ捨てた刀身が床に落ちた音だった。


「な……なっ……!?」


 腹が立つくらい冷静沈着だった神父の顔が驚愕で歪む。


「剣が折れてるのが不思議ですか?」

 

 いや、誰だって不思議だろう。


「叩きわっただけです。こう刃の側面を掌で抑えながら拳を叩き付ける感じですね」


 いやいや。

 普通はそんな簡単に金属の棒を折ることなんてできないし、自分目掛けて刃が振り下ろされている最中にそれをやったということ?

 信じられない。


「ば、化け物か!?」

「失礼な言い草ですね。私は『聖女』の役目を与えられてはおりますが、元々は『修行僧(モンク)』でしたの。これくらい造作もありません」


 修行僧――教会が保有する戦力で、主に素手や棒術で戦う者たち。

 聞いたことがあったが、まさかマリエル様がそれだったとは。


「穏便に済ませたかったのですが、言葉を話すだけで意思疎通ができない相手と判断いたしました。では武力での執行をさせて頂きます」

「ちょ、ちょっと待て――」

「せーの!」


 俺が殴り飛ばした時と同じく、神父はマリエル様の拳により最後まで言葉を発することができなかった。

 もっとも俺は一発だけだったが、マリエル様は連撃だったので何発叩き込まれたのまではわからなかった。

 13発までは数えられたんだが……


***


 教会の前にて、俺とマリエル様は手配した荷馬車が来るのを待っていた。

 道端には神父は縄でグルグル巻きにされて転がされていた。

 馬車はこいつを運ぶためである。

 神父の顔はボコボコに腫れ上がっており、服装から辛うじて神父だと判別できるレべルだ。

 通りがかる村人たちはその神父の姿と俺を見て驚いた後、マリエル様の事情の説明にさらに追加で驚いていた。


「あの、アレク……」


 セリアが気まずそうに俺達に話しかけてきた。


「さっきもマリエル様が説明してたが、お前は教会関係者ではないし、罪を犯したわけではないから家に帰って大丈夫だぞ」


 正直、あまり話をしたい訳でもないので、なぜセリアがここに居続けるのか不思議だった。


「アレクは今は隣町の大商会で頑張っているんだよね? 私も付いていっちゃダメかな……?」


 上目遣いでこちらの顔色を伺うようにセリアが聞いてくる。

 何を言っているんだコイツは。


「私も神父様に騙されていたし、アレクとはちょっとしたすれ違いがあっただけだと思うの。私達、やり直せると思わない?」

「……お前がどういう風に神父と話して関係を持ったかまでは知らないが、もはやどうでもいい。もう被害者面を見るのも聞くのもしんどい」

「ひ、ひどい……なんでそんなことを言えるの」


 セリアは因果応報を理解できないほど頭が悪かったのだろうか。


「神父様も居なくなるし、あなたもダメなら私はこの村でどうやって生活していけばいいの!?」

「自分がしたことを正しく理解できないようだから、話はここまでだ。消えろ」

「アレク! あなたがそういう冷たくて話ができない人だから私は……!」


 この期に及んでまだ責任転嫁を行い、俺を責め立てようとしてくるセリア。

 やめてくれ、セリア。

 もうこれ以上は口を開かないでくれ。


「馬車が来ましたよ、アレク様」


 思わず拳に力が入ってしまった時、マリエル様が優しくその拳を両手で包んできた。

 温かく柔らかい感触で、爆発しそうだった怒りが霧散する。


「あ、はい」


 道を見るとこちらに向かって来ている荷馬車が目に入った。

 マリエル様は拳に手を添えたまま続ける。


「先ほどは良い打撃でした。アレク様がよろしければ教会本部で修行僧になりませんか?」

「え?」


 思ってもいなかった勧誘に面喰ってしまった。


「……商会の仕事もあるし、ご返答は保留ということで」

「そうですか。ではとりあえず隣町に着くまで時間はありますし、ゆっくりとお誘いをしていこうと思います」

「ア、アレク! 話はまだ終わってないわ!」

「少なくともそこのセリア様と違って、鍛えた身体は自分を裏切りませんわ」

「……フフッ! アッハッハッハ!!」


 思わず笑ってしまった。

 声を上げて笑うのは久々だった。


 そんな俺をセリアは呆然として、マリエル様は優しく見守ってくれていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

楽しんでいただけましたら、★1~5の評価をいただけると大変励みになります。


■短編集

https://ncode.syosetu.com/s7701k/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
商人の旦那様が良いキャラ過ぎて。絶叫ブリッジ最高!是非ともこの旦那様で新しいお話を書いて欲しいです。 聖女様の勧誘は目の前の阿婆擦れを顔面パンチ(もちろん連打)で駆除すれば少しは勧誘確率上がるかもよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。