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お手伝い、してください!  作者: 春田夏木
プロローグ
1/4

出会い

「なあ、雨降りそうじゃん」

 と洋一が呟いた。

 誰かに問いかけた言葉ではなくこれは独り言だ。そうと分からない友人たちはそれぞれに口を開くものだが、今、傍に居る(かける)は分かっているのだ。


 一言目からすでに問いかけではないかと思われるだろうが本人にその気は全くない。


 無言で手元の小説に集中している翔の容姿は、隣に立つ爽やかな男前のせいでいつもより劣って見える。眼鏡をかけた色白の翔は今すぐにでも学校のパンフレットにポンっと載れるくらいの品行方正な男だ。しかし銀縁の眼鏡と笑みのない目元、下がった口角は見た目の印象を悪くしている。


 本人もそれをよく分かっている。それでも直そうとしないのは直す必要がないと自分で思っているし、何より幼馴染の洋一がそのままの翔を認めているからに他ならない。


 それに愛想はあるのだ。時折見せる笑顔は悪くない。


「翔さあ……」

 と文庫本の背を人差指でトントン叩く。

 翔は何も言わずに顔を上げて眼鏡をツと触る。


「傘なんか持ってないぞ」


 この通り、以心伝心である。


 人は、このふたりが保育園に通っている頃からの幼馴染だとは信じても、お互い唯一無二の親友だと思い合ってることはなかなか信じない。洋一と同じ高校に通う、洋一に好意を抱いている者たちには妬む気持ちが大きいのだろう。


 この、芸能界で働いていないほうが不思議なイケメン洋一は程よく日焼けした褐色の肌に、翔とは真逆の爽やかな口元。澄んだ瞳、太すぎず細すぎずの眉、顔の中の全てが整っていた。これをタイプではないと言っても、かっこよくないとは言わないはずだ。そういう、綺麗な顔をしている。


 対して翔は万人受けとは言えない、至って普通、なのだ。


 そのうえ先に書いたように真顔はとても怖い。不機嫌顔でもイケメンを維持する洋一と並ぶと中の中の顔も、下になってしまう。


 そのため人はふたりを見るとなぜこんなにも仲がいいのか不思議がるのだ。

 見た目だけを見ているからだと翔はいつも思う。

 洋一はなぜ俺たちが不釣合いだと言われるのかとても悩んでいる。


「翔はこんなにかっこいいのに!」

 と、洋一はそう言うのだ。


 しおりを挿み、閉じた文庫本を素早くカバンの中に片付けた翔にならって洋一は定期券がポケットに入っていることを確認する。制服の尻ポケットに入っている。


 駅に着くと同時に、箱詰めの中からその隙間を縫うようにして一部の学生たちがホームへと流れていく。

 微小な流れに任せてふたりもホームに降り立った。


「暑いよなあ。人間の融点が近いんじゃないかって密かに思ってんだけどさ!」


 どう思う? と後ろから洋一の声。翔は振り向くことなく改札を通り抜ける。追いかけるその顔には無視をされているというのに笑顔が絶えない。


 嫌みのない、そんな笑顔だ。


 駅前の自転車置き場に着く。ふたりはそれぞれカバンを漁る。


「鍵がない。――」


 そう言ったのは翔だった。珍しい。うっかりをするのは洋一のお得意だ。


「マジで? って嘘なわけないか、いっつもそこに入れてるよな。ちゃんと探したか」

「ない。探してる」

「どっか落としてるかも。何か覚えない?」


 洋一は翔のカバンを覗き込んだ。教科書や何かが入っていてもスッキリ整頓されている。

 翔は几帳面で自転車の鍵はいつもカバンのサイドポケットに仕舞っていた。しかし無いのだと言う。洋一も自分のことのように顔を歪ませ思案する。


 あ! と声を上げたのはまたしても翔だった。


 どこかで落としたなら学校だ。そのファスナーの付いたサイドポケットを学校で開けることは普段ならないのだが、この日は教室で一度開けていた。そのときに落としたのだろう。


「学校、戻る?」


 心配してますと顔面から訴えかけるような表情の洋一は言う。


 しかし翔は首を横に振り、カバンを持ち直すとそのまま歩き出した。いつもの家路につく道だ。


「わざわざ学校戻ることないって。歩いて帰る」


 早く、と急かす翔に、急いで自転車に跨る洋一。


 すぐに追いつく。


「家着くの7時になるぞ、学校戻った方が早いって絶対」

「急げば6時半には着く」

「だめだってば」


 押し問答。こういう場合勝つのは翔だ。今回も。


 いつもの通る路地をゆっくりと通り過ぎて行く。見慣れた景色も、自転車と徒歩ではこんなにも違うのかと歩みを進める。その隣には自転車を押して歩く洋一。首に巻いたタオルで汗をぬぐいながら翔の名前を呼んでいる。


「洋一。横に並ぶな、車来たら邪魔になるだろ」

 翔はそう言いながら鋭い視線を投げかけた。


「ごめんごめん、学校での気分が抜けきってなくて――」


 すかさずスピードを落として翔の真後ろに付き、のろのろと小汚い自転車を押した。


「最近ちょっと染まってきてるよな」


 そう呟いたのは翔だ。


「え、何が?」

「お前」


 翔が洋一のことをお前と呼ぶときというのは、イコール……


「え、なんで怒ってんの」

「別に……」

「――ごめん。マナーは気をつけてるつもりなんだよ」

「だから染まってるって言ってるんだけど」


 翔は速足で角を曲がった。


「別にいいんだよ、洋一が学校で楽しくやってんなら。友達の輪の中で、楽しくやってればさ」


 最後の言葉にはトゲがあった。

 洋一はうつむいて頭をかく。首を汗が伝う。


「この間、上野駅の前で溜まってただろ」

「ああ、日曜? 声かけてくれたらよかったのに」

「一緒に居たのって学校の」

「友達。他の学科なんだけどさ」

「その友達、タバコ吸ってたよな」

「へっ? いや、なんのことだよ、人違いとかじゃね? そんな友達いねぇし」


 翔が足を止める。

 翔を追い越して前に回り込んだ洋一は必死に弁解をする。


「人違いね。洋一、その人と楽しそうに話してたと思うけど」

「あれは、あれはそう! タバコに見えただけだって」

 な? と苦し紛れな言葉を放った洋一は翔の返事を待たずにそそくさと先へ行ってしまった。焦りが背中からにじみ出ている。


「洋一、お前タバコ吸ってないよな?」

 すぐに追いついてきた翔の眼は冷たい。


「大丈夫! オレもそこまで染まってないって! ホントだよ」

 と洋一は言った。


 嘘かどうか見極めているのか、言葉を探しているのか、翔は何も言わない。

 ふと風が通り抜けた。


「洋一はそこまでバカじゃないと思ってる」

「うん。オレ勧められたけど断ってるから」

「へえ……」


 目をそらす翔。

 日が落ちてきたのか西日が強くなってきた。


「俺がこんなこと言うのは、うざいだろうけど」

「うん? 全然うざくない」


 翔が顔を上げてまっすぐに洋一を見つめる。唾を飲み込んで、少しの間のあとに口を開いた。


「あんなのと一緒に居ないほうがいいよ。ただ調子に乗ってるだけなのかもしれないけど、当たり前みたいにタバコ吸ってるヤツらと付き合いがあるって教師に知られたら洋一だってそういう目で見られて」

「もう見られてる」

 苦い顔の洋一は笑った。


「それなら尚更――」

「あいつらと居ると、色々都合いいんだ。特進のみんなとも仲良くやってるんだけど、普通科の先輩から目付けられてて……でも手出してこないのはあいつらと居るからで、こうしておけばオレの学校生活安泰って思って、先生には変な色眼鏡で見られてるけど巧いこと出来てるし」

 心配いらないと洋一は言う。


「そこまで言うなら。まあ、俺には関係ないから、何も言わないよ」

「いや、うん、ごめん」


 歯切れの悪い洋一は気まずそうにしきりにタオルをぱたぱたさせた。

 そのあと、無言のままふたりは再び歩き出した。


 このふたりの間を流れる嫌な空気が断ち切られたのは唐突だった。

 この気まずさを叩き切ってくれた彼女が天使のように見えたのは、まさしく「天使のよう」だっただけであると、そう気付くのはもう少しあとのこと。







「お願いします!」


 角を曲がったところでいきなり現れた小学生が、これまたいきなり言葉とともに深く頭を下げた。

 呆気に取られる翔の代わりに声を上げたのは洋一だった。


「えっと……どうしたんだ?」


 その天使のようなかわいらしい女の子は、夏らしい紺と白のセーラー服に赤いスカーフ、紺のプリーツスカートを穿き、白い靴下という装い。シンプルだがどことなくお上品さを漂わせているように見えるのは、その制服がお嬢様学校の初等部の物であると知っているからだ。背後の黒光りするランドセルや足元を輝かせる革靴がさらにお嬢様感を匂わせる。


「お手伝い、してください!」

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