二
吹き荒ぶ嵐の中、私は北に向かっていた。
気を抜くと突風に体を持っていかれそうだ。
四方八方から雹が吹きつける。
視界が悪い。
鎧を着ていなければ、吹き飛んでいるだろう。
この鎧は魔法で召喚したもので、大抵の衝撃は無にする。
体温も調整できるので、寒さはさほど感じない。
出立から半年が経っていた。
私は今、大草原を横断している。
北の果てまでは、あと半分といったところか。
草原を抜ければ、また気温は下がっていくだろう。
厳しい旅路だが、襲い来るのが自然だけならば、それほど苦労はない。
人のテリトリーを抜ける際、結界に穴を開けざるを得なかった。
結界が癒えるまでは時間がかかるため、出会う悪魔は極力倒す必要がある。
私を基にして気配を辿り、
結界の穴まで辿り着く悪魔がいないとも限らないからだ。
強力な悪魔ほど、倒さねばならないわけである。
これが骨が折れる。
いかんせん、北上するほど悪魔が強くなるのだ。
だが、これも人々のため。
私が手を抜けば、彼らに災難が降りかかる。
仮にここらのレベルの悪魔が一体でも襲えば、人のテリトリーはひとたまりもあるまい。
逃げる選択ができれば楽だろうが、仕方ない。
「む」
その時、私の索敵領域に反応があった。
彷徨していたそれは、私に気がついたらしい。
真っ直ぐこちらに向かってくる。
速い。
罠を張る暇もない。
加えて――、気配が分裂した。
雷鳴が轟く。
暗闇を引き裂いて現れたのは、双頭の大蛇だった。
私を食う気満々だ。
私は剣を引き抜き、盾を構え、立ち向かった。
「シャアッ!!」
一方の頭が噛み付いてくる。
冷静に盾でいなし、
視界の隅でもう一方が動くのを確認する。
こっちが本命の攻撃だ。
恐ろしい速さで胴に噛みつこうとするその頭を、
限界まで引きつけ、すれ違いざま顎の繋ぎめに剣を差し入れる。
魔力を込めて。
渾身の力で振り抜いてやった。
「シャアアアッ!?」
上顎ごと頭を切断された大蛇はもがき苦しみ、
距離を取ろうとする。
私は動きを止めず、姿勢を低くして疾走した。
この手の悪魔は片方を潰しただけでは死なない。
瀕死の頭がむちゃくちゃに首を動かしてくるが、構わず突っ込む。
大蛇には焦りが見えた。
彼我の実力差を悟ったのだろう。
私は飛び上がり、剣を弓のように引き絞る。
短時間だが、可能な限り魔力を込めた。
最速でトドメを刺す。
他の悪魔が寄ってくる前にこの場を離れたい。
そんな思いだった。
しかし、長い旅路も半分まで来て疲れ、いや、慢心が出たか。
私は索敵に割く意識を一瞬途切れさせていた。
だから、飛び上がった背後。
地面からもう一つの頭が顔を覗かせたことに、気づかなかった。
光り輝く剣を解き放とうとした瞬間。
ようやく背後の気配に気づき、振り向いた時にはもう遅かった。
剣ごと右腕を食いちぎられ、私は地面を転がった。
やられた。
大蛇の頭は二つではなかった。三つだ。
どうやら最初に気配が分裂した時に、上手く地面に隠れたらしい。
三つ目の頭は私の腕と剣をバリバリと噛み締め、飲み込んだ。
私は何とか顔を上げて様子を伺う。
大蛇は怪我を負った頭を魔法で癒している。
その間も、一頭は油断なく私を見つめていた。
「グッ……」
片手で起きあがろうとしたが、
力が入らず折れてしまった。
何かと思えば、毒だ。
腕を持って行った牙に毒があったらしい。
鎧でも防げなかったか……と考えたが、そもそも鎧ごと食われたのだった。
急いで解毒の魔法を構築するが、その前に大蛇が動き出した。
先ほど上顎を切り離した頭は完治していた。
私を食べるため舌を動かしている。
ここまでか。
私は潔く諦めることにした。
魔法の構築をやめ、全身から力を抜く。
毒のせいだろう、息が苦しい。
むしろ、ここまでよくやったと思う。
本来なら、もっと早く終わっているはずだった。
草原に入る前、大森林を抜けたあたりから急激に悪魔が強くなり、
高い知性を持つようになった。
それから数日、よく持ち堪えた方だろう。
寒い。
鎧の効果が弱まり、外気をもろに受け始めた。
ゆっくりと、大蛇が近づいてくる。
強かった。
まさか治癒魔法を使えるとは。
悪魔の力が弱まる昼間に行動したというのに、
ここまで強力な個体が出てくるのか。
やはり、最初に接近を確認した時点で、
無理にでも強力な罠を仕掛けておくべきだった。
後悔が生じるがもう遅い。
どの道、いずれはこうなる運命だった。
この先より強い悪魔が出るのは必須なのだから。
大蛇は未だ油断なく私の周りを回っている。
獲物に動く力がないか確認するため、一頭が首を伸ばす。
それが体に辿り着く前に、私は死んだ。
大蛇は私を食べ始めた。
―――
獲物を平らげていると、その体からポロリと何やら鈍く光る玉がこぼれ落ちた。
我々はいつも通りそれを三等分にしようと試みたが、落としても、噛み砕こうとも、押し潰そうとも、一向に割れる気配がない。
仕方がないので我が頂こうとしたら、兄弟から非難の声を浴びた。
ならばどうすると問えば、やはり仕方がないから一頭に絞ろうとなった。
どうやって決めるか。
弟が駄々を捏ねた。一番痛い思いをしたから自分だと。
兄は首を振った。トドメを刺したのは自分だと。
我は異議を唱えた。獲物を引きつけたのは自分だと。
兄と我が言い争いになった。
兄は言う、弟は実際に痛い思いをしたからまだ良いが、お前は引きつけただけで、怪我はなかったではないか。
我も言う、兄こそ美味しいところを持って行っただけで、弟はまだ分かるが、我よりは狩に貢献してないではないか。
その内、争いは白熱し、我々は弟がこっそり玉を頂いたことに気づかなかった。
やがて玉がなくなったことに気がつき、我々は肩を落として巣に帰ることにした。
帰り道、弟が首が痛いと言い出した。
聞けば、あの玉を飲み込んでしまったと言う。
変な部分に引っ掛かったかと口を開けさせて覗いてみれば、あの女が裸で喉に入っていた。
―――
"復活の導玉"。
精霊が人間と異なる点は様々あるが、
最も大きく、決定的な違いはそれである。
精霊は復活の導玉と呼ばれる核を破壊されない限り、死ぬことは無い。
悪魔が倒してもいずれは復活するように、
精霊も近くにあるエネルギーを吸って復活できる。
それでも完全な不死の力では無いが、精霊の強さの所以である。
「この旅で、復活はこれが初めてだな……」
私は傷を癒しながら、一人呟いた。
後ろでは大蛇の死骸が燃えている。
予想よりは奥まで来れたが、ここからは更に気を引き締めていかねばならない。
だいぶ時間を使ってしまった。
この魔法の炎は雨の中でも弱まることなく燃えるが、死骸の処理にはやはり時間がかかる。
同じ場所に長時間居続けるほど、悪魔が集まる可能性も高くなる。
「……あぁ」
やはりと言うべきか、悪魔が集まり出していた。
私は立ち上がって戦いの準備を始める。
傷は癒えきっていないが仕方がない。
もうひと踏ん張りだ。
その日の夜。
戦いを終え、安全地帯を確保し、休息を取る前に。
ふとした不安に駆られ、夜空を見上げていると。
流れ星がキラリと、北に向かって一筋流れた。
そこで私は思い出す、これが最後の使命なのだと。
これを終えれば自由の身。
人間のために、あと少し頑張れば、外の世界へ行けるのだ。
魔城を落とし、人間を悪魔から救う。
そして、胸を張って200年の使命を終える。
私は自分の覚悟を確かめつつ、浅い眠りについた。




