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 吹き荒ぶ嵐の中、私は北に向かっていた。

 気を抜くと突風に体を持っていかれそうだ。

 四方八方から雹が吹きつける。


 視界が悪い。

 鎧を着ていなければ、吹き飛んでいるだろう。

 この鎧は魔法で召喚したもので、大抵の衝撃は無にする。

 体温も調整できるので、寒さはさほど感じない。


 出立から半年が経っていた。

 私は今、大草原を横断している。

 北の果てまでは、あと半分といったところか。

 草原を抜ければ、また気温は下がっていくだろう。

 厳しい旅路だが、襲い来るのが自然だけならば、それほど苦労はない。


 人のテリトリーを抜ける際、結界に穴を開けざるを得なかった。

 結界が癒えるまでは時間がかかるため、出会う悪魔は極力倒す必要がある。


 私を基にして気配を辿り、

 結界の穴まで辿り着く悪魔がいないとも限らないからだ。

 強力な悪魔ほど、倒さねばならないわけである。


 これが骨が折れる。

 いかんせん、北上するほど悪魔が強くなるのだ。


 だが、これも人々のため。

 私が手を抜けば、彼らに災難が降りかかる。

 仮にここらのレベルの悪魔が一体でも襲えば、人のテリトリーはひとたまりもあるまい。


 逃げる選択ができれば楽だろうが、仕方ない。


「む」


 その時、私の索敵領域に反応があった。

 彷徨していたそれは、私に気がついたらしい。

 真っ直ぐこちらに向かってくる。


 速い。

 罠を張る暇もない。

 加えて――、気配が分裂した。


 雷鳴が轟く。

 暗闇を引き裂いて現れたのは、双頭の大蛇だった。


 私を食う気満々だ。

 私は剣を引き抜き、盾を構え、立ち向かった。


「シャアッ!!」


 一方の頭が噛み付いてくる。


 冷静に盾でいなし、

 視界の隅でもう一方が動くのを確認する。


 こっちが本命の攻撃だ。

 恐ろしい速さで胴に噛みつこうとするその頭を、

 限界まで引きつけ、すれ違いざま顎の繋ぎめに剣を差し入れる。


 魔力を込めて。

 渾身の力で振り抜いてやった。


「シャアアアッ!?」


 上顎ごと頭を切断された大蛇はもがき苦しみ、

 距離を取ろうとする。


 私は動きを止めず、姿勢を低くして疾走した。

 この手の悪魔は片方を潰しただけでは死なない。

 瀕死の頭がむちゃくちゃに首を動かしてくるが、構わず突っ込む。


 大蛇には焦りが見えた。

 彼我の実力差を悟ったのだろう。

 私は飛び上がり、剣を弓のように引き絞る。

 短時間だが、可能な限り魔力を込めた。


 最速でトドメを刺す。

 他の悪魔が寄ってくる前にこの場を離れたい。

 そんな思いだった。


 しかし、長い旅路も半分まで来て疲れ、いや、慢心が出たか。

 私は索敵に割く意識を一瞬途切れさせていた。


 だから、飛び上がった背後。

 地面からもう一つの頭が顔を覗かせたことに、気づかなかった。


 光り輝く剣を解き放とうとした瞬間。

 ようやく背後の気配に気づき、振り向いた時にはもう遅かった。

 剣ごと右腕を食いちぎられ、私は地面を転がった。


 やられた。

 大蛇の頭は二つではなかった。三つだ。

 どうやら最初に気配が分裂した時に、上手く地面に隠れたらしい。

 三つ目の頭は私の腕と剣をバリバリと噛み締め、飲み込んだ。


 私は何とか顔を上げて様子を伺う。

 大蛇は怪我を負った頭を魔法で癒している。

 その間も、一頭は油断なく私を見つめていた。


「グッ……」


 片手で起きあがろうとしたが、

 力が入らず折れてしまった。

 何かと思えば、毒だ。


 腕を持って行った牙に毒があったらしい。

 鎧でも防げなかったか……と考えたが、そもそも鎧ごと食われたのだった。


 急いで解毒の魔法を構築するが、その前に大蛇が動き出した。

 先ほど上顎を切り離した頭は完治していた。

 私を食べるため舌を動かしている。


 ここまでか。

 私は潔く諦めることにした。

 魔法の構築をやめ、全身から力を抜く。


 毒のせいだろう、息が苦しい。

 むしろ、ここまでよくやったと思う。

 本来なら、もっと早く終わっているはずだった。

 草原に入る前、大森林を抜けたあたりから急激に悪魔が強くなり、

 高い知性を持つようになった。


 それから数日、よく持ち堪えた方だろう。

 寒い。

 鎧の効果が弱まり、外気をもろに受け始めた。

 ゆっくりと、大蛇が近づいてくる。


 強かった。

 まさか治癒魔法を使えるとは。

 悪魔の力が弱まる昼間に行動したというのに、

 ここまで強力な個体が出てくるのか。


 やはり、最初に接近を確認した時点で、

 無理にでも強力な罠を仕掛けておくべきだった。

 後悔が生じるがもう遅い。

 どの道、いずれはこうなる運命だった。

 この先より強い悪魔が出るのは必須なのだから。


 大蛇は未だ油断なく私の周りを回っている。

 獲物に動く力がないか確認するため、一頭が首を伸ばす。

 それが体に辿り着く前に、私は死んだ。


 大蛇は私を食べ始めた。



―――



 獲物を平らげていると、その体からポロリと何やら鈍く光る玉がこぼれ落ちた。

 我々はいつも通りそれを三等分にしようと試みたが、落としても、噛み砕こうとも、押し潰そうとも、一向に割れる気配がない。

 仕方がないので我が頂こうとしたら、兄弟から非難の声を浴びた。


 ならばどうすると問えば、やはり仕方がないから一頭に絞ろうとなった。

 どうやって決めるか。


 弟が駄々を捏ねた。一番痛い思いをしたから自分だと。

 兄は首を振った。トドメを刺したのは自分だと。

 我は異議を唱えた。獲物を引きつけたのは自分だと。

 兄と我が言い争いになった。


 兄は言う、弟は実際に痛い思いをしたからまだ良いが、お前は引きつけただけで、怪我はなかったではないか。

 我も言う、兄こそ美味しいところを持って行っただけで、弟はまだ分かるが、我よりは狩に貢献してないではないか。


 その内、争いは白熱し、我々は弟がこっそり玉を頂いたことに気づかなかった。

 やがて玉がなくなったことに気がつき、我々は肩を落として巣に帰ることにした。


 帰り道、弟が首が痛いと言い出した。

 聞けば、あの玉を飲み込んでしまったと言う。

 変な部分に引っ掛かったかと口を開けさせて覗いてみれば、あの女が裸で喉に入っていた。



―――



 "復活の導玉(ラスティ)"。

 精霊が人間と異なる点は様々あるが、

 最も大きく、決定的な違いはそれである。

 精霊は復活の導玉と呼ばれる核を破壊されない限り、死ぬことは無い。


 悪魔が倒してもいずれは復活するように、

 精霊も近くにあるエネルギーを吸って復活できる。

 それでも完全な不死の力では無いが、精霊の強さの所以である。


「この旅で、復活はこれが初めてだな……」


 私は傷を癒しながら、一人呟いた。

 後ろでは大蛇の死骸が燃えている。

 予想よりは奥まで来れたが、ここからは更に気を引き締めていかねばならない。


 だいぶ時間を使ってしまった。

 この魔法の炎は雨の中でも弱まることなく燃えるが、死骸の処理にはやはり時間がかかる。


 同じ場所に長時間居続けるほど、悪魔が集まる可能性も高くなる。


「……あぁ」


 やはりと言うべきか、悪魔が集まり出していた。

 私は立ち上がって戦いの準備を始める。

 傷は癒えきっていないが仕方がない。

 もうひと踏ん張りだ。




 その日の夜。


 戦いを終え、安全地帯を確保し、休息を取る前に。

 ふとした不安に駆られ、夜空を見上げていると。

 流れ星がキラリと、北に向かって一筋流れた。


 そこで私は思い出す、これが最後の使命なのだと。

 これを終えれば自由の身。


 人間のために、あと少し頑張れば、外の世界へ行けるのだ。


 魔城を落とし、人間を悪魔から救う。

 そして、胸を張って200年の使命を終える。

 私は自分の覚悟を確かめつつ、浅い眠りについた。

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