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何のための嘘  作者: 大きい橋


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7/12

第七話 崩れる音

朝の教室はいつもと同じだった。

窓の外では雲がゆっくり流れていて、校庭からは体育の授業の声が聞こえてくる。クラスの中では誰かが笑い、誰かが机を引き、日常の音が静かに重なっていた。


けれど、その日だけは、俺の中の何かが少し違っていた。


昨日の帰り道。

駅前のゲーセン。

中に入っていく悠真の背中。


あの光景が、頭から離れない。


「春人」


声がして顔を上げる。


悠真だった。


「おはよ」


「おはよう」


いつもの笑顔。

何も変わっていない。


俺はその顔を見ながら、少しだけ迷った。


聞くべきか。

聞かないべきか。


でも結局、そのまま普通に会話が始まった。


「今日だるいな」


悠真が言う。


「まだ朝だぞ」


「昨日バイトだったし」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ冷たくなる。


昨日。


俺は見た。


悠真がゲーセンに入っていくところを。


「昨日さ」


俺は言った。


悠真はスマホを机に置いた。


「ん?」


「駅前いた?」


ほんの一瞬だけ。


悠真の動きが止まった。


でもすぐに笑った。


「いた」


「バイトだろ」


「うん」


答えるのが、やけに早かった。


俺は続けて聞いた。


「何時から?」


「五時」


やっぱり同じ答えだった。


昨日屋上で言っていたのも、五時。


でも。


俺はその時間に、悠真がゲーセンに入るところを見ている。


「忙しかった?」


「まあまあ」


悠真は笑う。


「慣れないし」


俺は黙った。


教室の中では別のグループが笑っている。


誰かが机を叩き、誰かが「マジかよ」と声を上げている。


そんな普通の空気の中で、俺の胸の奥だけが少しずつ重くなっていく。


そして気づいた。


俺は今。


悠真の言葉を聞きながら。


嘘だと思っている。


それが、自分でもはっきりわかった。



---


昼休み。


俺は一人で屋上に来ていた。


風が強く、フェンスがカタカタ鳴っている。


空は少し曇っていた。


パンの袋を開けながら、考える。


どうして嘘をつくんだろう。


怒られるわけでもない。


隠す必要もない。


それなのに。


悠真は嘘をつく。


しかも、自然に。


まるでそれが普通みたいに。


その時、屋上の扉が開いた。


振り向くと、大輝だった。


「春人」


「お前も来たのか」


「寒いな」


大輝は俺の隣に座る。


少し沈黙が続いたあと、大輝が言った。


「悠真さ」


俺は顔を上げる。


「うん」


「昨日もゲーセンいたぞ」


胸の奥が少しだけ沈む。


「俺さ」


大輝は続ける。


「昨日七時くらいまでいたんだけど」


俺は何も言わない。


「ずっといたぞ、悠真」


風が強く吹く。


フェンスが大きく鳴った。


七時。


悠真は言っていた。


七時までバイトだった。


俺はパンをかじる。


でも味がよくわからなかった。


「バイトって言ってたよな」


大輝が言う。


「言ってた」


「じゃあ違う店かな」


「かもな」


俺はそう答えた。


でも、自分の声が少しだけ遠く感じた。



---


放課後。


教室にはまだ何人か残っていた。


俺はカバンを持ちながら、悠真の方を見る。


悠真は窓際の席でスマホをいじっている。


その横顔を見ながら、思う。


今なら聞ける。


今なら。


俺はゆっくり近づいた。


「悠真」


「ん?」


顔を上げる。


いつもの顔。


いつもの声。


俺は少しだけ迷ってから言った。


「昨日さ」


「うん」


「ゲーセンいた?」


教室の空気が少しだけ静かになる。


悠真は俺を見ていた。


ほんの数秒。


何も言わずに。


それから。


笑った。


「あー」


軽く頭をかく。


「ちょっと寄った」


俺は言う。


「七時まで?」


悠真の笑顔が、ほんの少しだけ固まった。


「……うん」


その瞬間だった。


胸の奥で、何かが崩れる音がした。


大きな音ではない。


ただ、小さく。


でも確かに。


長い時間かけて積み上げてきた何かが。


静かに崩れ始めていた。

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