第六話 信じたい
放課後の廊下は、部活に向かう生徒たちで混雑していた。
運動部の掛け声、階段を駆け下りる足音、友達同士の笑い声。色々な音が混ざり合って、学校は一日の終わりに向かって騒がしくなっていく。
俺は教室の窓際の席に座ったまま、ぼんやり外を見ていた。
校庭ではサッカー部が練習を始めている。
夕方の光が、芝生を少しだけ赤く染めていた。
「春人」
声がして振り向く。
悠真だった。
「帰らないのか」
「もうちょっとしたら」
「ふーん」
悠真は俺の机の横に立つ。
カバンを肩にかけ、いつもの軽い表情をしていた。
「俺、先帰るわ」
「バイトか」
「そう」
悠真は笑う。
「今日ちょっと忙しいらしい」
俺はうなずいた。
「頑張れよ」
「おう」
悠真は手を軽く挙げる。
「じゃあな」
「また明日」
教室のドアが閉まる。
悠真の足音が廊下の向こうへ消えていく。
俺はしばらくそのまま座っていた。
頭の中で、昨日のことを思い出していた。
屋上。
大輝の話。
ゲーセン。
バイト。
七時まで。
言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
もし。
もし本当にバイトが嘘だったら。
でも。
そんなこと、あるだろうか。
悠真は、嘘をつく。
それは知っている。
でも。
それはいつも、小さな嘘だった。
テストの点数とか。
どうでもいい自慢とか。
そういうものばかりだった。
バイトなんて。
そんな大きな嘘をつく理由があるだろうか。
俺は頭を振る。
考えすぎだ。
きっと本当だ。
そう思おうとする。
でも、心のどこかが納得していない。
それが自分でもわかっていた。
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家に帰る途中、俺は駅前を通った。
夕方の駅前は人が多い。
学校帰りの学生、仕事帰りの大人、買い物帰りの人たち。
その人混みの中を歩いていると、ふと視界の端に見覚えのある背中が映った。
俺は思わず足を止めた。
悠真だった。
駅前のゲームセンターの入り口。
そこに立っていた。
制服のまま。
中から聞こえてくる電子音。
ゲームの音楽。
笑い声。
悠真は自動ドアをくぐり、中へ入っていく。
俺は動けなかった。
頭の中が、少しだけ真っ白になる。
バイト。
今日もあるって言っていた。
忙しいって。
そう言っていた。
なのに。
悠真は今、ゲーセンに入っていった。
俺はしばらくその場に立っていた。
胸の奥で、何かがゆっくり沈んでいく感覚があった。
でも。
俺は結局、何もしなかった。
声をかけることも。
追いかけることも。
ただ、その場を通り過ぎた。
家に向かって歩きながら、考える。
もしかしたら。
まだバイトの時間じゃないのかもしれない。
少しだけ寄っただけかもしれない。
そう考えることもできる。
できるはずだった。
でも。
さっき見た光景は、頭から離れなかった。
悠真の背中。
ゲーセンの入り口。
何の迷いもなく中に入っていく姿。
その歩き方は。
バイトに向かう途中の人間には見えなかった。
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次の日の朝。
教室に入ると、悠真はもう席に座っていた。
スマホを見ながら、何か笑っている。
「おはよう」
俺が言うと、悠真は顔を上げた。
「おはよ」
いつもの笑顔。
昨日と同じ。
何も変わっていない。
「昨日どうだった」
俺はなるべく普通の声で聞いた。
「忙しかった」
悠真は言う。
「人多くてさ」
俺はうなずく。
「大変そうだな」
「慣れれば楽」
悠真は笑う。
その顔を見ながら、俺は思った。
俺は今。
嘘を聞いているのかもしれない。
でも。
それでも。
心のどこかで思っていた。
違っていてほしい。
俺の見間違いであってほしい。
ただの勘違いであってほしい。
親友だから。
ずっと一緒にいたから。
だから。
まだ、信じたかった。
たとえ。
その言葉が嘘かもしれなくても。




