第十一話 静かな距離
次の日の朝、空はよく晴れていた。秋の終わりの空気は冷たくて、吐く息がわずかに白くなる。通学路のイチョウの葉が風に揺れて、黄色い葉が一枚、ゆっくりと落ちていくのが見えた。
その光景を見ながら歩いていても、俺の頭の中には昨日の帰り道のことが残っていた。
「癖かな」
悠真の言葉。
嘘をつく理由を聞いたとき、返ってきたのはそんな答えだった。
深い理由があるわけでもない。隠している秘密があるわけでもない。ただ、気づいたら嘘をついている。それだけ。
あの時、悠真は笑っていた。
そして俺は、その笑顔を見ながら理解してしまった。
この問題はきっと、解決しない。
どちらかが悪いわけでもない。
ただ、価値観が違うだけだ。
それだけのことなのに、それは思っていたより大きな違いだった。
学校の校門が見えてくる。生徒たちが次々と中へ入っていく。俺もその流れに混ざって校舎へ向かった。
教室のドアを開ける。
いつもの朝の空気がそこにあった。
友達同士で話している声、机を動かす音、誰かの笑い声。すべてが普段通りだった。
そして、その中に悠真もいた。
窓際の席で、前の席のやつと何か話している。
笑っていた。
俺はその様子を少しだけ見てから、自分の席へ向かった。
「おはよう」
席に座ると、悠真が声をかけてきた。
俺は顔を上げる。
「おはよう」
それだけだった。
会話はそれ以上続かなかった。
少し前までなら、ここから自然に話が続いていた。
昨日のゲームの話とか、テストの話とか、どうでもいい話をして笑っていた。
でも今日は、会話がそこで終わった。
お互いに何かを避けているわけではない。
ただ、自然に続かなかった。
それだけだった。
一時間目の授業が始まる。先生が黒板に字を書き、チョークの音が教室に響く。俺はノートを取りながら、時々悠真の方を見ていた。
悠真は普通に授業を受けていた。
ノートを取り、時々隣のやつと小さく話し、先生に当てられれば普通に答える。
いつもと同じ。
何も変わっていない。
でも、その様子を見ながら、俺は思っていた。
昨日の帰り道で、何かが終わったのかもしれない。
そう思ってしまう自分がいた。
昼休みになる。教室はすぐに騒がしくなった。購買へ走るやつ、外へ出るやつ、机をくっつけて弁当を広げるグループ。いつもの昼休みの光景だった。
俺はパンを机の上に置いたまま、少し考えていた。
今までなら、悠真が声をかけてくる。
「屋上行こうぜ」
その言葉を聞いて、二人で屋上に行く。それが当たり前だった。
でも今日は、その言葉が聞こえなかった。
ふと見ると、悠真は別のグループの席に座っていた。
笑いながら何か話している。
俺はパンの袋を開け、一口かじった。
その時、大輝が声をかけてきた。
「春人」
「ん?」
「今日一人?」
「うん」
「珍しいな」
大輝は俺の前の席に座る。
「悠真と屋上行かないの?」
俺は少しだけ悠真の方を見る。
悠真は別のやつとゲームの話で盛り上がっていた。
俺はパンをもう一口かじる。
「今日はいいかな」
そう答えると、大輝は「ふーん」とだけ言った。
教室の中は相変わらず騒がしい。笑い声が響き、窓からは風が入ってくる。
その中で俺は、少しずつ理解していた。
距離は、大きな出来事で離れるわけじゃない。
喧嘩でもない。
決定的な言葉でもない。
ただ、少しずつ。
いつの間にか。
静かに離れていく。
その日の帰り道、俺は一人で学校を出た。
いつもの住宅街の道を歩く。
夕方の光が街をオレンジ色に染めていた。
ふと後ろを振り返る。
でも、そこには誰もいなかった。
昔は当たり前だった光景。
隣に悠真がいて、どうでもいい話をしながら歩いていた帰り道。
それが今は、少し遠い記憶みたいに感じられた。
胸の奥には、まだ小さな寂しさが残っている。
でも同時に、どこか静かな気持ちもあった。
怒りはもうない。
悲しみも、少しずつ薄れている。
ただ、理解だけが残っていた。
人はずっと同じではいられない。
たとえ親友でも。
たとえ長い時間を一緒に過ごしていても。
いつか、少しずつ。
違う方向へ歩き始めることがある。
その日、俺は一人で帰りながら、そんなことを考えていた。




