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何のための嘘  作者: 大きい橋


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10/12

第十話 最後の放課後

その日の放課後、教室にはゆっくりと静けさが戻ってきていた。部活に向かう生徒たちはすでに教室を出ていき、残っているのは数人だけだった。窓の外では夕方の光が校庭を赤く染め、グラウンドの端ではサッカー部の掛け声が風に乗って聞こえてくる。


俺は自分の席に座ったまま、机の上のノートをぼんやりと眺めていた。文字は目に入っているはずなのに、頭には何も入ってこない。


昼休みに屋上へ行かなかったこと。

悠真が少しだけ不思議そうな顔をしていたこと。


その表情が、なぜか頭の中に残っていた。


ふと顔を上げると、教室の後ろの席に悠真がまだ座っているのが見えた。スマホを見ながら何かを打ち込んでいる。時々笑っている。


その姿は、今までと何も変わらない。


けれど俺の中では、何かが確実に変わってしまっていた。


今までなら、放課後になれば自然と二人で帰っていた。特別な約束なんてしなくても、気づけば一緒に校門を出ていた。


でも今日は違った。


俺は立ち上がる。カバンを肩にかける。


そして教室の出口へ向かおうとした。


その時だった。


「春人」


後ろから声がした。


足が止まる。


振り向くと、悠真がこちらを見ていた。


「帰るの?」


俺は少しだけ迷ってから答えた。


「うん」


悠真は椅子から立ち上がった。


「じゃあ俺も」


その言葉に、胸の奥が少しだけ重くなる。


二人で教室を出る。廊下にはほとんど人がいなかった。窓から入る夕日の光が床を長く照らしている。


階段を降り、昇降口で靴を履き替える。


ここまでの流れは、今までとまったく同じだった。


でも空気だけが、どこか違っていた。


学校の門を出て、いつもの帰り道を歩く。住宅街へ続く細い道。電柱の影が長く伸びている。


しばらく二人とも何も話さなかった。


風の音だけが聞こえる。


やがて悠真が口を開いた。


「今日さ」


「うん」


「なんか変じゃない?」


俺は歩きながら前を見ていた。


「何が」


「春人」


悠真の声は、少しだけ真面目だった。


「昼も来なかったし」


俺は少し黙った。


それから言った。


「眠かった」


自分でもわかるくらい、薄い理由だった。


悠真は少しだけ笑った。


「嘘つけ」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。


俺は足を止める。


悠真も止まった。


住宅街の道の真ん中だった。


夕日が二人の影を長く伸ばしている。


「なあ」


悠真が言う。


「まだ怒ってる?」


俺はしばらく答えなかった。


怒っているのかと聞かれると、少し違う気がした。


怒りはもう、ほとんど残っていない。


その代わりに、別の感情がある。


でもそれは、うまく言葉にできない。


「怒ってない」


俺は言った。


悠真は少し安心したような顔をした。


「だよな」


「うん」


「そんな大したことじゃないし」


その言葉を聞いた瞬間だった。


胸の奥で、また何かが小さく崩れた。


やっぱり、同じなんだ。


悠真の中では、昨日のことは本当に大したことじゃない。


俺は静かに言った。


「悠真」


「ん?」


「俺さ」


言葉を探す。


どう言えばいいのかわからない。


でも、このまま何も言わずに終わらせることもできなかった。


「ずっと思ってたんだけど」


悠真は黙って聞いている。


「なんで嘘つくんだ?」


夕方の風が、静かに吹いた。


悠真は少しだけ目を細めた。


そして、少し考えるように空を見る。


「癖かな」


それが答えだった。


軽い声だった。


俺は何も言えなかった。


「なんかさ」


悠真は続けた。


「気づいたら言ってるんだよ」


笑いながら言う。


「別に意味ないんだけどさ」


その言葉を聞きながら、俺は静かに理解していた。


これはきっと、直らない。


悠真にとって嘘は、本当に大したものじゃない。


だから悪いとも思っていない。


そしてたぶん、これからも同じことが続く。


「そっか」


俺はそれだけ言った。


悠真は少し不思議そうな顔をした。


「それだけ?」


「うん」


しばらく沈黙が流れる。


やがて分かれ道に着いた。


小学校の頃から、ずっとここで別れてきた。


右に行けば悠真の家。


左に行けば俺の家。


夕日が沈みかけている。


悠真が言った。


「じゃあな」


俺はうなずいた。


「また明日」


悠真は手を軽く上げて、右の道へ歩き出した。


その背中を見ながら、俺は立ったままだった。


昔から何度も見てきた背中。


でも今日は、少し遠く見えた。


俺はゆっくり振り返り、左の道へ歩き出す。


胸の奥に、静かな感覚が残っていた。


それは怒りでも悲しみでもなかった。


ただ、長い時間をかけて続いてきた何かが、少しずつ終わりに近づいている。


そんな気配だった。

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