たぶん(違法な)助けが必要」
「パパ!このシーン見て!」
冷めたコーヒーから顔を上げた。
哲也がソファにいた。膝にノートパソコン。目が画面に釘付け。またアニメ。いつもアニメ。
「すごいな、坊主」
何も見てなかった。何を見てるかすら知らなかった。
「無職転生!主人公がトラックに轢かれて死んで異世界転生するんだ!超かっこいい!」
トラックに轢かれて。
コーヒーが喉に詰まった。
咳き込んだ。
「パパ?大丈夫?」
「ああ、ああ。ただ...飲みすぎた」
ユキがキッチンから入ってきて、心配そうに見た。
「健二、顔色悪いわよ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない。五日間家にいるのに、前よりストレス溜まってるみたい」
「ただ...」
ただ息子がトラックに轢かれる人のアニメを見てて、憑依された車両からどう守ればいいか分からないんだ。
「...仕事が恋しいだけ」
下手な嘘だった。ユキは分かってた。
でも何も言わなかった。ため息をついてキッチンに戻っただけ。
哲也はアニメを見続けた。
俺はコーヒーを見つめ続けた。
七日間。二日後に仕事復帰。
あのトラックに戻る。
それから?
答えがなかった。
その夜、午前三時、まだ起きてた。
ユキは寝てる。哲也も寝てる。
俺だけ、書斎の机に座って、ノートパソコンの光だけで照らされてる。
あのフォーラムを開き直してた。トラック運転手のやつ。
三年前のスレッド。
タイトル:「他に自分の車が...生きてるって感じた人いる?」
最初の投稿 - ユーザー: KurumaDaemon_2019
「頭おかしく聞こえるだろうけど説明できない。十五年運転してる。問題なんてなかった。でも数ヶ月前から俺のトラックが...変に振る舞ってる。意志があるみたいに。最初は小さいこと:引っ張るステアリング、反応が遅れるアクセル。でもそれから... 誰か分かる人いる?」
そしてあの返信。三ページ目。
ユーザー: 匿名774
「何言ってるか分かる。俺にも起きた。頭おかしくないよ。でも戦おうとするな。勝てない。自分の役割を受け入れろ。その方が楽だ」
匿名774のプロフィールをクリックした。
アカウント削除済
KurumaDaemon_2019をクリックした。
アカウント削除済
両方消えてる。
でも痕跡を残してるはずだ。どこかに。
ニックネームをコピーした。グーグルを開いた。
検索を始めた。
KurumaDaemon_2019
結果が一つ見つかった。
別のフォーラム。もっと古い。2018年。
グーグルキャッシュ。元のサイトはもう存在しない。
スレッド:「呪われた車両 - 実体験」
KurumaDaemon_2019の投稿:
「このトラックを運転し始めてから、説明できないことが起きてる。ありえない事故。消える人々。会社に話そうとしたが頭がおかしいと思われた。手放そうとしたができない。まるで...まるでトラックが俺を欲してるみたいだ。俺を選んだ」
心臓がドキドキした。
あいつだ。同じことを経験した誰か。
返信をスクロールした。
ほとんどが嘲笑。「精神科医に行け」「酒やめろ」
でも最後に:
匿名774:
「オンラインで答えを探すのやめろ。奴らが見つける。見つけたら、もっと悪くなる。受け入れるか逃げるか。選択肢はそれだけだ」
誰が見つける?
誰が?
検索を続けた。
匿名774を三つ目のフォーラムで見つけた。2017年。
スレッド:「不可能な偶然 - 現実が意味をなさない時」
匿名774の投稿:
「二十年運転してきた。それからパターンに気づき始めた。いつも同じタイプの人間。いつも同じ結果。他の運転手に話そうとしたが誰も理解しない。理解しないふりをしてる。たぶんシステムの一部だ。たぶん俺たちは全員、もっと大きな何かの無意識の共犯者だ」
システム。
またその言葉。
匿名774の他の投稿を探した。
何もない。全て削除。アカウントはどこでも消されてる。
くそ。
もっと具体的な検索を試した。
「憑依されたトラック 日本」
「意識のある車両」
「東京高速道路 失踪」
他のスレッドを見つけた。似た話を持つ他のユーザー。
TruckDriver_Lost (2016):「俺のトラックがある種の人に向かって運転し続ける...」
VehicleGhost_88 (2015):「頭おかしくない。エンジンに意志がある...」
RoadDaemon_2020:「これ読んでるなら、戦うな。意味ない...」
全アカウント削除。
全スレッド削除。
キャッシュだけ。断片だけ。
でもそこにあった。
俺だけじゃない。
頭おかしくない。
椅子の背もたれに寄りかかって、激しく呼吸した。
他にもいる。他にもいた。そして全員...全員話すのをやめた。
なんで?
何が起きた?
次の三時間を検索に費やした。
ニックネームの全バリエーション。全てのマイナーフォーラム。全てのグーグルキャッシュ。
断片を見つけた。決して十分じゃない。
アカウントは全て死んでる。メールアドレスは偽物。IPはVPNとプロキシの後ろに隠れてる。
誰であれ、見つからない方法を知ってた。
それとも誰かが消した。
その考えで凍りついた。
「奴らが見つける。見つけたら、もっと悪くなる」
「奴ら」って誰?
午前六時に諦めた。
ノートパソコンを閉じた。イライラして。
見つけられない。俺のスキルじゃ。
本当に何をすべきか知ってる誰かが必要だ。
必要なのは...
思考が打った。
ハッカーが必要だ。
その夜、夕飯の後、ユキと哲也が寝るまで待った。
それからノートパソコンを開き直した。
今回は普通のフォーラムを探さなかった。
他のものを探した。
「デジタル調査サービス 東京」
「削除されたデータ復元」
「匿名ユーザー追跡」
最初の結果は正当な代理店だった。高価。プロフェッショナル。
でも質問が必要。書類。なぜ誰かを追跡したいのか説明。
「憑依されたトラックの運転手を探してます、助けてください」とは言えない。
さらに下にスクロール。二ページ目。三ページ目。
結果が...違ってきた。
より暗いサイト。よりプロフェッショナルじゃない。暗号的なメッセージ。
「控えめなサービス。質問なし。ビットコイン受付」
「プライベート追跡。百パーセント匿名。結果保証」
「削除されたアカウントから情報復元。四十八時間。前払い」
一つをクリックした。
サイトは...不気味だった。ミニマルデザイン。黒。緑のテキスト。
CYPHER SERVICES
「他が見つけられない情報。他ができない追跡。他が保証できない結果」
「利用可能なサービス:」
• 削除されたデータ復元
• 匿名IP追跡
• VPN背後のユーザー特定
• メール、ソーシャルメディア、プライベートフォーラムへのアクセス
「連絡:Torのみ。Aboutセクションのリンク」
心臓がドキドキした。
これは...違法だ。完全に違法。
見つかったら...
でも哲也のことを考えた。
俺の息子。ソファで。トラックに轢かれる人のアニメを見てる。
潜在的標的。
何もしなかったら...
答えを見つけなかったら...
「About」をクリックした。
リンクがあった。理解不能な文字列。Torアドレス。
アクセスにはTorブラウザが必要。ディープウェブ。
一歩先。
ノートパソコンを閉じた。
立ち上がった。暗いリビングを歩いた。
これをやったら、戻れない。
犯罪領域に入ろうとしてる。
人を追跡するためにハッカーに金を払う。
おそらくプライベートデータベースに違法アクセス。
プライバシー侵害。法律違反。
これ全部なぜ?トラックが憑依されてると思ってるから?
裁判官は笑うだろう。
警察は逮捕する。
ユキは去る。
でも代替案は?
何もしない。仕事に戻る。あのトラックに乗る。また襲うのを待つ。
そして息子が標的になるほどオタクにならないことを祈る。
ダメだ。
できなかった。
ただ...受け入れることなんて。
机に戻った。
ノートパソコンを開いた。
Torブラウザをダウンロードした。インストールした。
手が震えてた。
止まる最後のチャンスだ、健二。
ブラウザを起動した。
Cypher Servicesサイトからリンクをコピーした。
アドレスバーに貼り付けた。
カーソルがエンターキーで点滅してた。
一クリック。
一クリックだけで戻れない世界に入る。
ハッカー。ディープウェブ。違法サービス。
これ全部、もう存在しないかもしれない匿名の運転手を見つけるため。
たぶん死んでる。
たぶん彼も消えた。
たぶん二人とも頭おかしい。
たぶん...
たぶん何もない。
絶望してる。
そして絶望した人は絶望的なことをする。
深呼吸した。
そしてエンターを押した。
画面が一瞬黒くなった。
それから読み込まれた。
ページ。さらにミニマル。テキストだけ。
CYPHER SERVICES - PORTAL
「ようこそ。ここにいるなら、他が与えられないものが必要だ」
「仕事を説明しろ。本名なし。個人的詳細なし。何を探してるかだけ」
「二十四時間以内に返信。ビットコインで支払い。結果保証、または全額返金」
フォーム。空のテキストボックス。
「何を探してる?」
指がキーボードに位置した。
躊躇した。
最後のチャンス。
最後の...
ダメだ。
もういい。
書き始めた。
「二人のユーザーを追跡する必要がある。公開フォーラムから削除されたアカウント。ニックネーム:KurumaDaemon_2019と匿名774。2015-2019年に活動。日本の車両と超常現象体験のフォーラム。誰なのか知りたい。本名。連絡先。今どこにいるか。まだ生きてるか」
読み直した。
カーソルが「送信」ボタンで点滅してた。
これは本当に違法だ。
プライバシー侵害。
ハッキング。
刑事犯罪。
でも理解してる誰かに辿り着けたら...
これを経験した誰かに...
助けてくれる誰かに...
それなら...
たぶん価値がある。
目を閉じた。
そして「送信」をクリックした。
メッセージが消えた。
確認が現れた。
「リクエスト受信。二十四時間以内に返信。明日夜二十二時東京時間にこのページをチェック。予備結果と共に価格を通知」
画面を見つめた。
やった。
クソ、本当にやった。
Torブラウザを閉じた。
ノートパソコンを閉じた。
ソファに横になった。まだ心臓がドキドキしてた。
二十四時間後、何か分かる。
それとも金を無駄にして無駄に問題に巻き込まれる。
でも少なくとも...少なくとも何かした。
ついに。
暗闇の中で天井を見た。
たぶん助けが必要だ。
たぶん違法な。
でもたぶん...
たぶん唯一の道だ。
絶望は行くと思わなかった場所に連れて行く。そしてそこに着いたら...いつも戻れるわけじゃない。




