「たぶん俺は狂ってる」
日曜日の朝。
目が覚めた。
いや……起きた。
眠ってなんかいなかった。
本当に。
ただ……漂っていた。
覚醒と悪夢の間の状態で。
日曜日だった。
休みの日。
仕事はない。
トラックもない。
俺だけ。
そして空っぽの家。
携帯を手に取った。
連絡先を見た。
佐藤。
電話して、お礼を言わなきゃ。
弁護士のこと。全部のこと。
発信ボタンを押した。
コール音が鳴った。
一回。
二回。
三回。
四回。
五回。
留守番電話。
「佐藤武です。ただいま電話に出られません。メッセージをどうぞ。」
ピー。
「佐藤さん。健二です。お礼を……お礼を言いたくて。山田さんは素晴らしい人だ。そして佐藤さんは……佐藤さんは俺が持てた最高の友達で——」
止まった。
なんで泣いてるんだ?
「折り返してくれ。頼む。」
切った。
待った。
一時間。
何もない。
もう一度かけた。
コール音。
留守番電話。
また。
「佐藤さん。また俺です。ごめん、邪魔して。でも……でも話したいんだ。時間があったら。ありがとう。」
さらに二時間。
何もない。
三度目の電話。
「佐藤さん……大丈夫か?心配してる。電話くれ。」
四度目。
「佐藤さん……頼む……誰かと話さないと……」
五度目。
[重い息遣いだけ]
「……いや。悪い。」
[切る]
何もない。
午後2時。
もう待てなかった。
車庫に電話した。
「山田運送です。」
「山本さん?」
「ああ。誰だ?」
「田中健二です。」
「ああ、田中さんか。どうした?」
「すみません、日曜日なのに。でも……佐藤さんに電話してるんですが、出ないんです。大丈夫か知ってます?」
間。
「佐藤?」
「はい。佐藤武さん。」
「田中さん……佐藤はもうここで働いてない。」
世界が止まった。
「え?」
「クビになった。金曜の夜に。」
「クビ?」
「ああ。突然だった。上からの指示で。」
「でも……なんで?」
「わからない。理由は聞かされてない。たぶん個人的な問題だろう。それか……誰かが圧力かけたのかもしれん。」
「圧力?誰が?」
「わからん、田中さん。すまんな。」
「でも……彼は……何も言ってなかったんですか?」
「いや。来て、ロッカー空にして、出て行った。ボロボロだったよ。」
「どこに……どこに行ったんですか?」
「知らん。」
「どうやって連絡すれば……」
「それもわからん。すまん。」
切った。
座ったまま。
ソファで。
携帯を手に。
佐藤。
クビ。
消えた。
唯一の友達が……
唯一の……
泣き始めた。
静かに。
それからもっと強く。
「唯一の友達だったのに……」
そして……
なんでかわからないが……
笑い始めた。
最初は静かに。
それからもっと強く。
「当たり前だ!当たり前だろ!」
笑った。
すすり泣きと笑いが混ざって。
「なんで残るんだよ?!なんで俺みたいな災厄と友達でいるんだよ?!」
立ち上がった。
歩いた。
行ったり来たり。
「俺は呪われてる!呪われてるんだ!俺が触れるもの全部……腐る!」
笑った。
もっと強く。
涙が流れる。
「ミダス王みたいだ!でも黄金じゃなくて……クソだ!全部がクソになる!」
止まった。
息が荒い。
「ユキ。哲也。佐藤。みんな。」
泣いた。
「みんな俺を捨てる。」
俺はまるで伝染病みたいだ。
病気。
近づく者全員を破壊する。
そしてまた笑った。
「面白いのはな?一番面白いのは?」
天井を見上げた。
「憑かれたトラックのせいだってことだ!」
ヒステリックな笑い。
「トラックだぞ!中に悪魔がいる!オタクを轢かせる!」
哲也が家に残していった玩具のトラックを手に取った。
あのトラック……
哲也はこの中に何かを見た。
顔を。
たぶん……たぶん間違ってなかったんだ。
たぶん本当に中に何かいる。
「ブルーン!ブルルン!」足の上で動かしながら。
「ブルーン、ブルーン!」
ソファに倒れ込んだ。
「誰が……誰が信じる?」
泣いた。
笑った。
泣いた。
もうどっちかわからなかった。
午後4時。
外に出た。
出なきゃ……出なきゃいけない。
じゃないと狂う。
歩いた。
車庫まで。
閉まっていた。日曜だから。
でも入れた。
鍵を持っていたから。
入った。
空っぽの駐車場。
トラックだけ。
列になって。
自分のを見つけた。
赤いやつ。
呪われたやつ。
待て。
赤い?
赤かったか?
最初から?
白くなかったか?このクソトラック……最初は白くなかったか?
いや……
いや、たぶん赤だった。
たぶん。
ずっと赤だった。
たぶん。
……たぶん?
もうわからない。
自分のトラックの色すら覚えてない。
三年間毎日運転してるのに。
これが狂気じゃなかったら、何が狂気だ?
前で止まった。
見つめた。
「ここにいたのか。」
声に出して言った。
「俺の親友。」
笑った。
「いや、待てよ。俺の唯一の友達だったな?」
ボンネットを触った。
「なあ?」
近づいた。
笑った。
狂った笑み。
「好きなことができるぞ!お前と俺で!」
トラックの周りを歩いた。
「制限速度?くそくらえだ!」
笑った。
「スピード違反カメラ?撮ってみろよ!撮ってみろ!」
トラックを叩いた。
「見えないんだ!お前が見えないんだ!」
叫んだ。
「透明だ!東京を走る赤い幽霊!クソみたいな門だ!」
回った。
「進入禁止区域?どこでも入れる!高速料金?タダだ!駐停車禁止?知ったことか!」
笑った。
大声で。
それから静かに。
「お前は……お前は自由だ。」
トラックに寄りかかった。
「好きなことをする自由。好きなところに行く自由。誰も止められない。誰も見えない。」
地面に滑り落ちた。
背中をタイヤに預けて。
「そして俺は……」
声が震えた。
「俺は幽霊の運転手だ。」
また泣いた。
「なんてクソな人生だ。」
そこにいた。
どれくらいかわからない。
三十分?
一時間?
太陽が沈んでいた。
トラックを見た。
「なあ、知ってるか?」
静かに言った。
まるで聞こえるかのように。
まるで理解できるかのように。
「俺、狂ってると思う。」
笑った。
喜びなく。
「本当に。頭がおかしくなってる。」
自分の手を見た。
「トラックと話してる。笑って泣いて同時に。眠れない。食べられない。ユキは俺を化け物だと思ってる。息子を失った。唯一の友達を失った。」
目を閉じた。
目を開けた。
「いつ始まったのかさえわからない。いつ……コントロールを失ったのか。」
沈黙。
風だけ。
そして寒さ。
「たぶん最初からそうだったんだ。」
囁いた。
「たぶん俺はずっと狂ってた。ただ……ただ気づかなかっただけで。」
立ち上がった。
ゆっくり。
トラックを触った。
最後に一度。
「少なくともお前は……」
声が震えた。
「少なくともお前は俺を捨てない。だろ?」
トラックは答えなかった。
当然だ。
でも俺は……
俺は何かを感じた。
振動。
わずかな。
まるでうなり声のような。
深い。
まるで……
まるで言っているかのような。
いや。俺は残る。いつも。
それとも想像しただけか?
もうわからない。
「ありがとう、」と言った。
トラックに。
悪魔に。
中にいる何かに。
「少なくともお前だけは。」
家に帰った。
暗闇の中。
空っぽの家。
ソファに座った。
携帯を見た。
メッセージなし。
誰からも。
ユキ。哲也。佐藤。
誰も。
「完全に一人だ。」
声に出して言った。
そして奇妙なことに……
本当に奇妙なことに……
悲しくなかった。
感じたのは……
何もない。
空っぽ。
まるで俺だった全てが……
俺であった全てが……
消えたかのよう。
そして残ったのは……形だけ。
殻。
動き続けている。
話し続けている。
運転し続けている。
「たぶん、」暗闘に向かって言った。「たぶんこれでいいんだ。」
「空っぽなら。痛くない。」
携帯が鳴った。
山田さん。
「田中さん、月曜日に専門家との面談があります。午前10時。」
「専門家?」
「心理カウンセラーです。誰かと話すのは良いことですよ。」
笑った。
静かに。
「また俺を狂ってると思う人間が増えるわけだ。」
「田中さん……」
「わかりました。行きます。」
たぶん。
そして目を閉じた。
待った。
何をかわからない。
でも待った。
ずっと。
著者ノート:狂気とは何だ?現実が見えないことか?それとも……現実を見すぎることか?たぶん、境界線はそんなに明確じゃない。たぶん、俺たちは皆、その線の上を歩いている。ただ……どちら側に落ちるかの問題で。
そして最後に一つ。トラックは何色だった?確信しているか?…本当に?




