「たぶん――誰かを信じるべきかもしれない」
水曜日の朝。
午前六時に目覚めた。
目覚まし時計からではない。
静けさから。
あの重い静けさ。
不自然な。
空っぽの家。
哲也が廊下を走る足音もない。
ユキが朝食を作る音もない。
何もない。
俺だけ。
そして静けさ。
起き上がった。
キッチンに行った。
コーヒーを淹れた。
一杯だけ。
二杯じゃない。
一杯。
俺のために。
飲んだ。
苦い。熱い。
でも足りない。
何も足りない。
リビングを見た。
哲也のおもちゃがまだそこにあった。
散らばって。
まるで少しの間席を立っただけのように。
まるでもうすぐ戻ってくるかのように。
でも戻ってこない。
すぐには。
たぶん二度と。
おもちゃの一つを手に取った。
ロボット。青い。ライトセーバー付き。
哲也が大好きだった。
「パパ!見て!飛べるんだよ!」
そして空中に投げた。
笑いながら。
いつも笑っていた。
最後に彼の笑い声を聞いたのはいつだったか?
思い出せなかった。
ロボットを置いた。
注意深く。
まるで壊れやすいかのように。
まるで全てが壊れやすいかのように。
棚の上に写真があった。
家族。
二年前。
ディズニーランド。
ミッキーの耳をつけた哲也。
笑顔のユキ。
真ん中の俺。
二人を抱きしめて。
俺たちは…
俺たちは幸せそうだった。
幸せだったのか?
たぶん。
あるいはただ演じていただけかもしれない。
すでにあの頃から。
でも気づいていなかった。
「あとどれくらいだ?」
空っぽの家に向かって声に出して言った。
「あとどれくらいで全部が完全に崩れるんだ?」
返事はなかった。
静けさだけ。
いつも静けさ。
仕事に行った。
午前七時半に車庫に着いた。
山本が挨拶してきた。
「田中さん。おはようございます」
「おはよう」
「大丈夫ですか?疲れているように見えますが」
「疲れてる」
「何日か休みを取った方が—」
「大丈夫だ」
トラックに乗り込んだ。
同じトラック。
いつも同じ。
俺を待っている。
忠実な犬のように。
あるいは番人のように。
あるいは牢獄のように。
エンジンをかけた。
うなった。
普通。
従順。
今のところは。
電話が鳴った。
「田中さん」
佐藤の声。
「佐藤さん。やあ」
「こんな早くにすみません。ちょっと…問題がありまして」
「どんな問題?」
「車が整備工場に。突然の故障で。で、横浜に午前十一時までに急ぎの配達があるんです」
「それで?」
「今朝横浜に行きますか?」
「ああ。八時出発だ」
「一緒に…乗せてもらえますか?おかしいのはわかってるんですが…他にどうすればいいか」
躊躇した。
トラックに誰かを乗せる。
俺と一緒に。
それは…
危険だった。
もしトラックが決めたら?
もし…
でもそれから考えた。
佐藤は…たぶん佐藤は友達だ。
たぶん唯一の。
そして俺は…
俺は仲間が必要だった。
人間の声が。
一人じゃないことが。
たった二時間でも。
「わかった」と言った。「どこで拾う?」
「車庫で。もう着いてます。地下鉄で来ました」
「オーケー。五分で」
佐藤が乗り込んだ。
小さなバッグを持って。
そして笑顔で。
「本当にありがとうございます、田中さん。命の恩人です」
「いいよ」
出発した。
交通量は軽かった。
水曜日の朝。学校の門限が解除されてすぐ。
運転した。
佐藤が話していた。
普通のことを。
天気のこと。
仕事のこと。
重要じゃないことを。
そして俺は…
俺は聞いていた。
音に感謝していた。
言葉に。
自分の考えと二人きりじゃないことに。
二十分後、佐藤が言った。
「ユキさんは元気ですか?」
心臓が締め付けられた。
「まだ…妹のところにいる」
「戻りましたか?」
「いや」
「電話はありましたか?」
「一度。月曜日に。でも…でももっと時間が必要だと言っただけだ」
「お気の毒に」
黙って運転した。
それから佐藤が聞いた。
「何が…何が彼女を去らせたのか、心当たりは?」
「わからない。たぶん…たぶん疲れたんだと思う。俺に。結婚に。全てに」
「本当に話そうとしましたか?」
「ああ。でも聞いてくれない」
「時間が必要なだけかもしれませんよ」
「かもしれない(そうかもしれない)」
でも信じていなかった。
時間は何も直さない。
時間は全てをより明確にするだけ。
そして明確なのは…
俺が失ったということだ。
全てを。
信号に着いた。
赤。
止まった。
そして…
それから見た。
歩道に。
少年。
十八歳、たぶん十九歳。
リュック。黒いヘッドフォン。
そして手に…
手にライトノベル。
血が凍った。
だめだ。
だめだ、今はだめだ。
佐藤がトラックにいる時は。
少年が横断した。
ゆっくりと。
読みながら。
完全に不在。
世界に気づかず。
全てに気づかず。
信号が青になった。
でも俺は…
俺は動けなかった。
少年を見つめていた。
遠ざかっていく。
それが…
ブーーーン。
後ろから。
クラクション。
大きい。
「田中さん!」
佐藤の声。
びくっとした。
アクセルを踏んだ。
強すぎた。
それから気づいた—前の車に近すぎる—
ブレーキを踏んだ。
キィィィィィ。
ブレーキの恐ろしい音。
トラックが急停止した。
佐藤がダッシュボードにつかまった。
「何—?!田中さん!」
「すまない!」
心臓が打っている。
強く。
強すぎる。
「すまない!何か…たぶん何か見えたと思って…」
「何が?!」
「何も。たぶん…たぶん何も」
再出発した。
ゆっくりと。
ハンドルを握る手が震えていた。
後ろの車がまだクラクションを鳴らしていた。
怒って。
当然だ。
「田中さん…」
佐藤が俺を見ていた。
心配そうに。
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ。ただ…ただ疲れてる。とても疲れてる」
「昨夜は眠れましたか?」
「少し」
「何日か休みを取った方がいいかもしれません。本当に」
「かもしれない(そうかもしれない)」
でもできない。
止まれない。
なぜなら止まったら…
止まったら考えなければならない。
ユキのこと。哲也のこと。トラックのこと。全てのこと。
そして考えたら…
考えすぎたら…
完全に崩れる。
運転を続けた。
しばらく沈黙。
佐藤は主張しなかった。
でも感じた。
見ているのを。
観察しているのを。
心配して。
「あのね」しばらくして言った。「何か話す必要があれば。何でも。ここにいますから」
「わかってる。ありがとう」
「本当に。夜中でも。電話してください」
「君は…本当にいい友達だよ、佐藤さん」
笑った。
「友達ってそういうものですから」
午前十時半。
配達エリアに着いた。
荷降ろしをした。
俺と佐藤で一緒に。
コンテナ。箱。ルーティン。
終わった時、佐藤が言った。
「コーヒーでも?おごりますよ。乗せてもらったお礼に」
「そんな—」
「いいから」
近くの小さなカフェに行った。
港の近く。
座った。
注文した。
俺はコーヒー。
佐藤は紅茶。
そして佐藤が言った。
「ああ、待って。サインしてもらわないと」
「何を?」
「会社の書類。配達の立会人。中村が、他の同僚と配達する時は誰かにサインしてもらえって。新しい手続きなんです」
「ああ。わかった」
書類を取り出した。
シンプル。標準的。
「ここにサイン。と日付」
ペンを取った。
サインした。
「田中健二。5月15日」
「完璧。ありがとうございます」
書類を折りたたんだ。
バッグに入れた。
飲んだ。
何気ないことを話しながら。
仕事。同僚。天気。
コーヒーを飲み終えた。
「俺が捨てる」と言った。
両方のカップを取った。
出口近くのゴミ箱に持って行った。
捨てた。
戻った。
「行く?」
「ええ。ああ、待って。トイレちょっと」
「わかった。外で待ってる」
「ありがとう。一分で」
佐藤がカフェに戻った。
俺は外に出た。
トラックの近くで待った。
携帯を見た。
メッセージなし。
誰からも。
三分。
四分。
それから佐藤が出てきた。
「準備OK。行きましょう」
「大丈夫?」
「ええええ。行きましょう」
「行かなきゃ」と言った。「配達が十分後なんです」
「わかった」
「車庫で会いますか?」
「ああ。十六時頃だ」
「完璧。本当にありがとうございました、田中さん」
「いいよ。一緒にいてくれて…良かった」
佐藤が笑った。
「俺もです」
去った。
そして俺は残った。
トラックに座って。
また一人。
でも…
でも今朝よりは孤独じゃない。
なぜなら今日は…
今日は誰かと話した。
仲間がいた。
友達が。
「まだ誰かいる」と静かに言った。
空っぽのトラックに。
そして何週間ぶりかに…
初めて…
少し迷いが減った気がした。
午後五時頃に東京に戻った。
車庫に駐車した。
降りた。
佐藤がすでにそこにいた。
「田中さん!大丈夫でしたか?」
「ああ。大丈夫だった」
「乗せてくれて本当にありがとう。助かりました」
「いいよ」
「また明日?」
「ああ。明日」
別れた。
そして俺は…
俺は家に帰った。
あの空っぽの家に。
ユキがいない。
哲也がいない。
誰もいない。
入った。
電気をつけた。
そして見た。
おもちゃがまだそこに。
棚の上にまだ写真が。
全て同じ。
でも全て違う。
なぜなら今日は…
今日は違った。
今日は友達がいた。
話を聞いてくれる誰かが。
心配してくれる誰かが。
そしてそれは…
それは何かを意味した。
全てを救うには足りないかもしれない。
ユキを連れ戻すには足りないかもしれない。
あるいは起きたことを消すには。
でももう一日続けるには十分だった。
もう一日。
もう一日だけ。
ソファに座った。
今回は暗闇の中じゃない。
電気をつけて。
そして佐藤のことを考えた。
まだ俺を見てくれる唯一の人…
見知らぬ人としてじゃなく。
友達として。
そしてあの瞬間…
あの絶望的で、孤独で、恐ろしい瞬間…
佐藤が俺にあった唯一のものだった。
たぶん唯一の友達。
まだ俺を人間として見てくれる唯一の人。
知らなかった…
知ることができなかった…
俺を破壊するのが彼だということを。
でもあの瞬間…
あの瞬間知っていたのは:
完全に一人じゃないということ。
そしてそれは…
たぶんそれで十分だった。
もう一日のためには。
たった一日。
時に見知らぬ人の優しさだけが、あなたを支えるものになる。たとえその見知らぬ人が…たとえその見知らぬ人に裏の目的があっても。たとえあなたを破壊するためにそこにいても。あの瞬間…あの瞬間、それがあなたの持つ全てだ。だから必死にしがみつく。




