「たぶん――息子が危険かもしれない」
ユキはノートを見つめた。
手が震えていた。
「これは…何…?」
開いた。
最初のページ。
上部に、整った文字で手書きされていた:
接触記録
接触…記録?
どんな接触?
心臓の鼓動が速くなり始めた。
ページをめくった。
接触 #1 日付:4月15日火曜日 場所:名古屋地区、高速道路近くの裏道 時刻:13:45 依頼人:男性、~20歳。カジュアルな服装:黒いパーカー、ジーンズ、リュックサック。読書に非常に興味を持っている様子(ジャンル:ライトノベル)。周囲の環境から完全に注意が逸れているようだった。 備考:接触の瞬間は…激しかった。彼の視線を決して忘れないだろう。接触後、依頼人は痕跡を残さず消失。追跡不可能。
読んだ。
読み返した。
依頼人。
男性。
二十歳。
「接触の瞬間。」
「依頼人が消失。」
血が凍った。
まさか。
まさかまさかまさか。
そんなはずは…
続けた。
接触 #2 日付:4月21日月曜日 場所:東京-横浜間の裏道 時刻:~7:40 依頼人:男性、~38歳。服装:プロフェッショナルだが乱れている。しわの寄った黒いスーツ、緩んだネクタイ、眼鏡。極度に疲れ、ストレスを抱えているように見えた。接触中に電話をしていた。 備考:この場合も、衝撃は大きかった。依頼人は直後に消失。物的証拠ゼロ。
依頼人。
男性。
二十歳、三十八歳。
「接触。」
「接触。」
「消失。」
涙が流れ始めた。
健二。
彼女の健二。
男性と…会っていた?
屈辱が拳のように襲ってきた。
浮気だけじゃない。
彼らと…男性たちと浮気を…
男性売春婦たち。
「ああ神様」と囁いた。
読み続けた。
知らなければならない。
全てを見なければ。
接触 #3 日付:5月8日木曜日 場所:品川地区、工業道路 時刻:~15:20 依頼人:男性、~25歳。服装:だらしない。オーバーサイズのパーカー(ゲームロゴ)、だぶだぶのジーンズ、グッズ付きリュック。手入れされていない髪、目立つクマ。接触中にスマートフォンを使用(ゲームアプリの可能性)。表情:完全に不在、無関心。 備考:衝撃はいつも通り。即座に消失。物的痕跡なし。
三人。
三人の男性。
三回の「接触。」
全員「消失。」
「消失」とはどういう意味?
有料の性行為?
プライバシーのために消えた?
そしてなぜ…
なぜ健二は全部書いているの?
日記のように。
記録のように。
何の?
誰の?
最後のページをめくった。
そして見たものは…
見たものは心臓を止めた。
接触 #4 日付:[最近の日付] 場所:横浜高速道路、裏道 時刻:~11:20 依頼人:男性、~14歳。
十四歳。
少年。
読み続けた。
手があまりにも震えて、ノートを持つことがほとんどできなかった。
標準的な学生服、アニメのキーホルダー付き青いリュック、黒いヘッドフォン。黒髪、優しい顔。読書をしていた(ジャンル:ライトノベル)。完全に没頭し、周囲に気づいていない。 備考:これまでで最も困難だった。 ただの少年だった。息子に似ていた。 少し年上だが、同じ無邪気な視線、同じ読書への没頭の仕方。 とても優しい。無防備。 接触は壊滅的だった。 考えるのをやめられない。依頼人は即座に消失。 今哲也を見ると…彼が見える。
ノートが手から落ちた。
指が麻痺していた。
呼吸が…
呼吸ができない。
まるで空気が固体になったようだ。
肺には濃すぎる。
心臓があまりにも激しく打って痛い。
物理的な痛み。胸に。
「いや」
かろうじて囁き声。
「いやいやいやいやダメ!」
声が大きくなった。
「息子に似ていた?!」
叫んだ。
空っぽの家の中で。
「哲也を見ると彼が見える?!」
脚が崩れた。
床に倒れ込んだ。
机の横に。
ノートが目の前に開いたまま。
言葉が彼女を見つめていた。
息子に似ていた。
今哲也を見ると…彼が見える。
吐き気がこみ上げてきた。
トイレに駆け込んだ。
吐いた。
全部。
また。
また。
何も残らなくなるまで。
胆汁だけ。
恐怖だけ。
寝室に戻った。
ほとんど這うように。
体が震えていた。
全てが震えていた。
ノートを見た。
まだそこにある。
まだ開いている。
言葉がまだ生きている。
「哲也」と囁いた。
電話を取った。
妹に電話した。
「もしもし?」
「哲也…哲也はそっちにいる?」
「うん、もちろん。今一緒に遊んで—」
「絶対に一人にしないで。絶対に。一瞬たりとも」
「ユキ?何が—」
「健二が来たら…そっちに来て哲也のことを聞いたら…」
声が途切れた。
「渡さないで。先に私に電話して。約束して!」
「健二?でも二人の間に何があった—」
「約束して!」
怯えた間。
「…約束する。ユキ、怖がらせてるわよ—」
「いいの。怖がって。哲也を安全に守って。お願い」
「わかった。わかったわ、ユキ。約束する」
「ありがとう」
切った。
息が荒い。
まるで空気が足りないように。
決して十分じゃない。
健二。
彼女の夫。
哲也の父親。
男性たちと…「接触」していた。
そして彼らは「消失」した。
そして一人…
一人は十四歳だった。
哲也より少し年上。
そして健二は彼に似ていると言った。
哲也を見ると…
彼が見えると。
「息子が危険なんだわ」
声に出して言った。
「神様。息子が危険なのよ」
電話を取った。
震える手で。
番号を探した。
歩美。
唯一の人…
唯一信頼できる人。
電話した。
一回。
二回。
三回。
「ユキさん!こんにちは!調子は—」
「歩美」
壊れた声。
「何か見つけたの。恐ろしいものを」
「何?大丈夫?」
「大丈夫じゃない。見つけたの…見つけたのよ…」
泣き始めた。
抑えられないすすり泣き。
「ユキ、何があったの?教えて」
「電話では…話せない…あまりにも…見てもらわないと…」
間。
「どこにいるの?」
「家よ。一人で。哲也は妹のところ」
「そこにいて。動かないで。明日の朝、一番に行くわ。いい?」
「明日?でも—」
「ユキ、もう遅いわ。それに落ち着かないと。寝なさい。明日行って一緒に見るから。いい?」
ユキは時計を見た。
もうすぐ夜中。
「…わかった。明日の朝」
「早く行くわ。約束する。今は休もうとして」
「眠れない…眠れないわ」
「試して。お願い。また明日」
「…うん」
切った。
ユキは座ったままだった。
床の上。
ノートの横に。
そこには…
そこには何が入っているのか?
告白?
証拠?
悪夢?
わからなかった。
一つだけわかっていた。
一つの恐ろしく絶対的なこと。
哲也が危険なんだ。
そして彼女は…
彼女は守らなければならない。
どんな犠牲を払っても。
床に開いたままのノートをもう一度見た。
薄明かりの中でまだ見える言葉。
「息子に似ていた」
「今哲也を見ると…彼が見える」
目を閉じた。
明日。
明日歩美が来る。
明日どうするか決める。
でも今夜…
今夜は一人。
あの言葉と。
あの恐怖と。
夫が…
夫が怪物だという絶対的な確信と。
そして息子が…
息子がおそらく次の犠牲者だという確信と。
その夜、ユキは眠れなかった。
目を閉じるたびに…
あの言葉が見えた。
「息子に似ていた。」
「哲也を見ると…彼が見える。」
何度も起き上がった。
ノートを見た。
読んだ。
読み返した。
何か…何か見落としているものはないか。
何か別の解釈はないか。
でも何度読んでも…
意味は同じだった。
健二。
彼女の夫。
十四歳の少年と「接触」した。
そして今…
今哲也を見ると「彼が見える」。
「いや」と囁き続けた。
「お願い、いや。」
でも言葉は変わらなかった。
ページに固定されたまま。
真実のように。
告白のように。
午前五時頃、ようやく疲労で意識が遠のいた。
浅い眠り。
悪夢でいっぱい。
健二の顔。
哲也の顔。
混ざり合って。
「お父さん、やめて」
哲也の声。
夢の中で。
「お父さん、怖いよ」
「やめて」
「やめて」
「やめて—」
目を覚ました。
叫びながら。
汗だくで。
午前七時。
ドアをノックする音。
ユキは跳ね起きた。
心臓が激しく打っている。
健二?
健二が戻ってきた?
「ユキさん?私よ。歩美」
安堵の波。
ドアに走った。
開けた。
歩美がそこにいた。
いつものようにエレガント。
ダークジーンズ。白いシャツ。軽いジャケット。
そして手袋。
黒い革の手袋。短い。洗練されている。
彼女の手入れされたスタイルの一部。
でもユキは気づかなかった。
今この瞬間は。
「ユキ…」
歩美が抱きしめた。
そしてユキは崩れた。
彼女の肩で泣いた。
どれくらいの間?
わからなかった。
でもようやく離れた時…
話せるようになった時…
声は壊れていた。
「見てもらわないと」
「何を?」
「ノート。机の上」
中に入った。
寝室。
歩美はノートを見た。
開いている。
四ページ目。
言葉が見える。
息子に似ていた。
「いい?」と聞いた。
「ええ。お願い。読んで。私は…もう読めない」
歩美が近づいた。
手袋をまだつけたまま—エレガントで、控えめな—ノートを取った。
注意深く。
強く握りすぎずに。
最初に戻った。
読んだ。
一ページ目。
二ページ目。
三ページ目。
四ページ目。
目が見開かれた。
「ああ神様」と呟いた。
「どういう意味?」ユキが聞いた。「『依頼人』?『消失』?これは…」
言葉が続かなかった。
「確実にはわからない」と歩美が言った。
でも内側では…
内側では鈴木芽衣は正確に何を意味するか知っていた。
少なくとも…何に見えるかを。
四つの日付。四つの記述。四つの「消失」。
GPSデータと一致するか?
被害者と一致するか?
もしそうなら…
もしそうなら、石川はずっと正しかった。
そして彼女は…
彼女はこの家族を破壊する証拠を渡そうとしている。
「あの少年」とユキが言った。「十四歳。哲也より少し年上」
また泣いた。
「彼に似ていると言ってる。哲也を見ると…彼が見えるって」
声が途切れた。
「息子が危険なの!わかるの!感じるの!」
「ユキ—」
「怪物よ!健二は怪物なの!」
「聞いて」
歩美—鈴木—が彼女の肩を掴んだ。
「これを警察に見せなければならない」
「怖い」
「わかる。でもしなければならない。これは…何か非常に深刻なことの証拠かもしれない」
「でも健二が知ったら—」
「知らない。約束する」
「どうやって—」
「一緒に来る?」
ユキが彼女を見た。
絶望的な目。
「歩美、私は…哲也を置いて行けない。妹のところに戻らないと。一緒にいないと。守らないと」
鈴木が頷いた。
「その通りよ。その方がいい。私が持って行く」
「あなたが?」
「ええ。私が警察に行く。あなたは妹のところへ。哲也と一緒に。そしてここには戻らないで。わかるまで…わかるまでは」
「でもノートは私のよ。私が見つけたんだから—」
「その通り。でももし健二が戻ってきて無くなっているのを見たら…あなたが見つけたと気づいたら…」
ユキの顔が青ざめた。
「何か…何かするかもしれない」
「その通り。だからあなたは行く。そして私がこれを警察に持って行く。いい?」
ユキは躊躇した。
でもそれから頷いた。
「わかった。ありがとう。ありがとう歩美」
「礼を言わないで」
鈴木はノートを閉じた。
ずっと手袋をつけたまま。
指紋を残さないように注意して。
これ以上汚染しないように。
バッグに入れた。
「顔を洗って、それから行きなさい」と言った。「荷物を取って。妹のところへ」
「ええ」
ユキは動き始めた。
機械的に。
顔を洗った。冷たい水。
バッグを取った。服。歯ブラシ。
必需品。
「歩美?」
「何?」
「何を…本当に何を意味すると思う?」
鈴木が彼女を見た。
真実を言うことはできなかった。
まだできない。
「わからない。でも警察がわかるわ。そしてあなたを守る。あなたと哲也を」
「約束?」
「約束する」
十分後、家の外で別れた。
ユキは、バッグを手に、駅へ向かった。
妹のもとへ。
哲也のもとへ。
安全へ。
少なくとも…
少なくとも彼女が安全だと願うものへ。
鈴木はしばらくそこに立ったまま、彼女が去るのを見ていた。
バッグにノートを入れて。
電話を取った。
石川に電話した。
「刑事。鈴木です」
「話せ」
「ユキさんに会いました。昨日の日曜日の午後です」
間。
「それで?」
「何か見つけたと。ノートを見つけたそうです」
「何だと?」
「詳しくは教えてくれませんでした。電話では話せないと。ただ『恐ろしいものを見つけた』とだけ言って」
「内容は?」
「まだわかりません。今日会う予定です。火曜日の朝。見たらすぐお知らせします」
「どこで会う?」
「カフェ・ミドリ。渋谷です。十一時」
「わかった」
切った。
バッグを見た。
中のノート。
四つの「接触」。
四つの記述。
四つの「消失」。
もし田中が本当に…
ついに…証拠?
でも…
でも彼女の一部が疑っていた。
あまりにも簡単すぎる。
あまりにも明白すぎる。
田中健二のような男が…
こんな間違いを犯すだろうか?
わからなかった。
でも明日…
明日石川が見る。
明日彼が決める。
逮捕するか。
待つか。
信じるか。
疑うか。
歩き始めた。
渋谷へ向かって。
出会いへ向かって。
全てが決まる瞬間へ。
バッグが脇腹に重い。
中のノート。
それは全てを変えるかもしれない。
あるいは…
あるいは何も変えないかもしれない。
意味をなさない不可能なパズルのもう一つのピースかもしれない。
どれだけピースを見つけても。
どれだけ探しても。
なぜなら真実は…
真実は誰も…
誰も想像できないようなものだったから。
最悪の瞬間は真実を知った時ではない。真実に見える何かを見つけた時だ。そして決めなければならない。信じるかどうか。間違えたら…間違えたら…誰かが代償を払うとわかっている。あなたかもしれない。他の誰かかもしれない。でも誰かが必ず払う。




