「たぶん、霊は本当に存在する」
日曜の朝、8時に目が覚めた。
ユキは既にキッチンにいた。コーヒーの匂いがした。
哲也がリビングでテレビを見ていた。朝のアニメ。
普通。全部普通。
でも俺は普通に感じなかった。
なぜなら6時間後、トラックを浄化してもらいに行くから。
トラック。
神主に。
俺。田中健二。理性的な男。
起きた。服を着た。
キッチンに入ると、ユキが見た。
「おはよう」
「おはよう」
「眠れた?」
いや。悪夢を見た。吉田。トラック。クラクション。
「少し」
コーヒーを注いだ。渡してくれた。
「今日、予定ある?」
躊躇した。
何て言う?
「八幡神社に行って憑かれたトラックを浄化してもらう」?
「午後……出かける」
「どこに?」
「用事」
「どんな用事?」
なぜ質問し続ける?
「ただ……済ませないといけないこと」
ユキがカップを置いた。
「健二」
「うん?」
「また距離を置いてる」
「そんなことない——」
「ある。何週間も。いや、何ヶ月も。そしてどこに行くか、何をするか訊くたびに、単語一つで答える」
「ただ——」
「そして金曜の夜、また寝言で叫んでるのを聞いた」
吉田。血。逃げるトラック。
「ただの悪夢」
「健二、私はあなたの妻よ。助けられる。でも話してもらわないと」
彼女を見た。
言え。今。全部言え。
でも言葉が詰まった。
なぜなら言えば……
言って信じてもらえなければ……
残された唯一のものを失う。
「ごめん」と静かに言った。「ただ……ストレス。過ぎる」
ユキが首を横に振った。
「ずっとそう言ってる。でも過ぎない」
立ち上がった。カップを取った。洗った。
「やらないといけないことをやって。でも思い出して。あなたには家族がいる。そしてその家族はあなたを必要としてる。本当のあなたを。この……影じゃなく」
キッチンを出た。
座ったまま。
影。
影になった。
自分自身の。
13時30分、会社のトラックの鍵を取った。
技術的には週末に使うべきじゃない。でも選択肢がない。
神社まで20分。日曜の交通で、たぶん30分。
キャビンに乗った。
見慣れたシート。ハンドル。ダッシュボード。
全部同じ。
でも今日は……今日は何か違うものを感じた。
存在感。
想像だ、と自分に言った。ただの想像。
エンジンをかけた。
うなった。普通に。
でも神社に向かって運転しながら、誓う……
誓ってトラックが……抵抗しているのを感じた。
機械的にじゃない。ブレーキやハンドルじゃない。
でもまるで……そこに行きたくないかのように。
まるで知っているかのように。
不可能。
ただの車両だ。
ただ……
でも二日前のクラクション。
小林に電話したとき。
二回。番号を押したまさにそのときに。
知っている。
クソ、知っている。
ハンドルを握りしめた。
あと20分で終わる。
神主が浄化してくれる。
そして俺は自由になる。
やっと。
たぶん。
八幡神社は小さかった。
大きな観光寺院ではない。ただの地域の神社。入口に赤い鳥居。木造の本殿。周りに木々。
静か。平和。
トラックを外に停めた。小さな砂利の駐車場に。
降りた。
神社を見た。
引き返す最後のチャンス。
「全部お前の頭の中だ、健二」と言う最後のチャンス。
でも頭の中じゃなかった。
本物だった。
全部クソみたいに本物だった。
入口に向かって歩いた。
本殿の前で男が待っていた。
若い。たぶん30歳。神主の白い袴と濃紺の羽織を着ている。短い髪。優しい顔。
「田中さん?」
「はい。あなたは……?」
「松本大地。この神社の神主です。電話でお話ししました」
礼をした。
「お会いくださってありがとうございます」
「どういたしまして。車両は持ってこられましたか?」
「はい。外に停めてあります」
「よろしい。でも、まず話したいと思います。状況をもっとよく理解するために」
小さな脇部屋に連れて行かれた。畳。低いテーブル。現代的なものは何もない。伝統的なだけ。
座った。
「では」と松本が言った、「電話で車両が……自律的に振る舞うと言われました。もっと詳しく説明していただけますか?」
躊躇した。
狂人に見えずにどこまで言える?
「トラックです。7年運転してます。でも数ヶ月前から……すべきでないことをします」
「どんなこと?」
「ハンドルが勝手に回る。アクセルが触れてないのに反応する。まるで……まるで自分の意志があるかのように」
松本が頷いた、精神的にメモを取りながら。
「他の現象は?」
「音。誰も押してないのにクラクションが鳴る。そして……自己修復します」
「自己修復?」
「何かを壊します。翌日には新品同様。傷が消える。損傷した部品が直る。魔法のように」
松本が間を置いた。
「分かりました。気配を……感じましたか?霊?声?」
吉田が叫んでいた。トラックが轢いた。
「声じゃありません。でも……感覚。まるで見られているかのように。まるで知っているかのように」
「何を知っている?」
「俺が考えること。すること。どこに行くか」
松本が少し身を乗り出した。
「田中さん、あなたが説明しているのは付喪神と一致しています。物に取り憑いた霊。時には良性。時には……そうでない」
「どちらか分かるのですか?」
「行動によります。車両が自律的に振る舞うと言われました。害を……与えましたか?あなたや他の人に?」
三人。消えた。死んだ。
すぐには答えなかった。
松本が注意深く見た。
「田中さん?」
「……複雑です」
「分かりました。全部話す必要はありません。でも知る必要があります:この霊は危険を表しますか?」
「はい」
「あなたに?」
「……他の人に」
松本がゆっくり頷いた。
「分かりました。では浄化を進めましょう。祓え。霊を取り除くか、少なくとも弱めるはずです」
「もし機能しなかったら?」
「ほとんどいつも機能します。でも霊の力によります。より……根付いたものもあります」
立ち上がった。
「行きましょう。車両を見せてください」
外に出た。
トラックがそこにあった。動かない。無害。
でも俺は……何かを感じた。
まるで空気中の電気のように。
松本がゆっくり近づいた。
トラックの周りを歩いた。観察した。触れずに。
それからボンネットの前で止まった。
目を閉じた。
そのまま丸一分間。
それから開けた。
「何かがいます」と静かに言った。「感じます」
「……深刻ですか?」
「まだ分かりません。でも進めましょう」
本殿に戻っていくつかの物を持って出てきた。
榊の枝(神木)。折られた紙(紙垂)。塩。そして白い紙の短冊が付いた棒(御幣)。
トラックに戻った。
「田中さん、どうか脇に下がってください。儀式を中断しないでください」
「分かりました」
5メートル離れた。
松本が始めた。
まずトラックの周りに塩を撒いた。
それから御幣を振りながら、古い日本語で祈りを唱えた。
声は落ち着いていた。リズミカル。催眠的。
「祓え給え、清め給え……」
浄化せよ、清めよ……
5分間続けた。
それから榊の枝を取ってボンネットの上を通した。ドア。後部。
唱え続けながら。
「……四方の禍事を祓え給え……」
……全ての穢れを浄化せよ……
そして一瞬……
短い、美しい瞬間……
何かが変わるのを感じた。
まるで空気が軽くなったかのように。
まるで胸にあるとは知らなかった圧力が持ち上がったかのように。
機能してる。
クソ、本当に機能してる。
でもそれから。
松本が止まった。
突然。
御幣をまだ手に持って。目を見開いて。
「何……?」
一歩後ずさった。
それからもう一歩。
彼の顔から血の気が引いた。
咳き込んだ……
「いや……これは……」
「松本さん?どうしたんですか?!」
俺を見た。
そして彼の目に予想していなかったものを見た。
恐怖。
本物の恐怖。
「田中さん」と震える声で言った。「これは……これは単純な付喪神じゃありません」
「どういう意味ですか?」
「もっと……古い。もっと強い。思っていたよりはるかに強い」
トラックからさらに離れた。
「浄化できません……私の能力では」
「でもしなければ——」
「だめです!」声が上がった。「分かっていません!あの車両の中にあるものは……ただの霊じゃありません。それは……何か古代のものです。何か……存在すべきでない何か」
震えていた。
神主。霊を扱うことに慣れた男。
震えていた。
「行かなければなりません」と言った。「もっと経験豊富な人のところに行かなければ。はるかに経験豊富な」
「誰?」
「山本宮司。明治神宮の宮司。彼は……彼は私が知らない儀式を知っています。私が直面したことのない霊を」
「でも——」
「お願いです!」ほとんど叫んだ。「あの車両をここから運び出してください。今すぐ。ここに……ここに置いておけません。危険すぎます」
俺の目をまっすぐ見た。
「田中さん。あなたは運転しているものが分かっていません。あれはトラックじゃない。扉です。そして向こう側にあるものは……」
止まった。
呼吸した。
「山本宮司のところに行ってください。助けられるのは彼だけです。たぶん」
トラックに戻った。
手が震えていた。
神主。専門家。霊に慣れている。
恐怖を抱いた。
俺のトラックに。
キャビンに乗った。
エンジンが一発でかかった。
うなった。普通に。
まるで何も起こらなかったかのように。
でも俺は知っていた。
何かが起こったと。
「あれはトラックじゃない。扉だ」
バックミラーを見た。
松本がまだそこにいた。動かずに。俺が去るのを見ていた。
安堵して。
神社から運転して去った。
ゆっくり。
静かに。
そして運転しながら、何かに気づいた。
頭の中じゃない。
想像じゃない。
狂ってない。
本物だ。
霊は本物だ。
超常的なものは本物だ。
そして俺は……
俺は古代の恐ろしい何かと閉じ込められている。
神主さえ浄化できない何か。
対処すべき者さえ恐れる何か。
空の駐車場にトラックを止めた。
ハンドルに頭を預けた。
そして何週間ぶりかに……
泣いた。
本当に。
本物の涙。絶望的。制御できない。
なぜなら今分かったから。
終わってないと。
簡単には逃れられないと。
そして、たぶん……
たぶん出口はない。
山本宮司。
宮司。
最後の希望。
たぶん。
時に確認は疑いより悪い。なぜなら疑いは希望を残すから。確認は……それさえも奪う。




