「たぶん、返事が来た」
月曜の朝、仕事に戻った。
一週間の休暇。終わった。
中村が笑顔で迎えてくれた。
「田中さん!お帰りなさい!ゆっくり休めましたか?」
休めた。
息子がオタクになっていくのを一週間眺めて、最後の夜はダークウェブでハッカーを探してた。
ああ、すごく休めたよ。
「はい、ありがとうございます」
「よかった!今日は大阪回り。8時出発。いつものルートで」
いつものルート。
いつものトラックで。
頷いた。
鈴木が整備場から手を振った。
「健二くん!お前の相棒が待ってたぞ!相変わらず完璧だ!」
分かってる、と苦々しく思った。いつだって完璧だ。
トラックに乗り込んだ。
シート。ハンドル。ダッシュボード。
全部見慣れたもの。全部普通。
鍵を回した。
エンジンが満足そうな音を立てて始動した。
いや、気のせいだ。
ただのエンジンだ。
ただ……
ハンドルを握りしめた。
今日一日だけ。今夜、22時に返事を確認する。
そして、たぶん……もしその間に誰も殺さなければ。
たぶん、やっと答えが見つかる。
大阪までの道のりは……普通だった。
恐ろしいほど、異常なほど普通だった。
唸り声もない。振動もない。勝手に曲がるハンドルもない。
トラックは車両がそうあるべきように振る舞った。
最後の事故から三週間、と思った。田中真。5月8日。
次はいつだ?
一週間後?一ヶ月後?
それとも、たぶん……
歩道に男子学生が見えた。パーカー。イヤホン。リュック。
心臓が跳ねた。
やめてくれ。頼む。
でもトラックはまっすぐ進んだ。
何の反応もない。
安堵のため息をついた。
今日じゃない。
たぶん、今日じゃない。
19時に東京に戻った。
駐車。書類にサイン。帰宅。
ユキが夕食を作っていた。カレーライス。アパート中に香りが満ちている。
「どうだった?」と彼女が訊いた。
「良かった。静かだった」
「それはよかった。哲也は部屋にいるわ。宿題終わったって」
「アニメ見てる?」
ユキが不思議そうな顔をした。
「ええ。なんで?」
「いや。ただ……訊いただけ」
黙って夕食を食べた。哲也がドラゴンを倒したキャラクターについて何か話していた。本当には聞いていないまま頷いた。
21時に疲れたと言って書斎に入った。
ドアを閉めた。
ノートパソコンを開いた。
あと一時間。
一時間で分かる。
21時58分、Torブラウザを起動した。
手が震えていた。
サイトのアドレスをコピー。エンター。
ページが読み込まれた。
黒。緑の文字。
CYPHER SERVICES - PORTAL
そして下に、新しいメッセージ。
「リクエスト完了。結果利用可能。費用:0.15ビットコイン(約28万円)。提供されたウォレットで支払い。支払い確認後、完全ファイルがダウンロード可能になります」
28万円。
給料のほぼ3ヶ月分。
クソッ。
でも、どうすればいい?
下にスクロールした。
プレビューがあった。部分的な情報。
TARGET 1: ユーザー名:KurumaDaemon_2019 実名:吉田武 年齢:47歳 職業:元トラック運転手(2020年退職) 居住地:新潟県、[住所ロック - 支払い必要]
TARGET 2: ユーザー名:Anonimo_774 実名:小林涼太 年齢:52歳 職業:トラック運転手(現役) 居住地:福島県、[住所ロック - 支払い必要]
吉田武。小林涼太。
実名。実在する人物。
一人は退職。一人はまだ現役。
そこにいる。存在する。
そして、たぶん……たぶん知っている。
価格を見た。
28万円。
銀行口座には約60万円。緊急用の貯金。哲也のため。未来のため。
でも、これが答えをくれるなら……
トラックを止める助けになるなら……
どんな貯金よりも価値がある。
携帯を取った。
銀行アプリを開いた。
取引所経由でビットコインを購入。手順は複雑だが不可能ではない。
20分後、ウォレットに0.15BTCが入った。
サイトが提供したアドレスをコピー。
送金。
取引完了
待った。
5分。
10分。
それからページが更新された。
「支払い確認。ありがとうございます。ファイルがダウンロード可能です」
二つのリンク。
TARGET_1_COMPLETE.zip TARGET_2_COMPLETE.zip
クリック。
ダウンロード。
開いた。
ファイル:Yoshida_Takeshi_FULL.pdf
写真。50代の男性。白髪。疲れた顔。目は……空っぽ。
住所:〒950-0165 新潟県新潟市江南区亀田2-14-7 電話:[番号] 職歴:ヤマト運輸(1995-2020)。「健康上の理由」で早期退職。 注記:最後の3年間 - 7件の事故報告、全被害者が遺体なしで失踪。証拠不足で捜査打ち切り。
血が凍った。
7件の事故。7人の失踪。
俺と同じ。
まったく同じだ。
読み続けた。
退職後:一人暮らし。元同僚との接触なし。SNSプロフィール不在。最後のオンライン活動:フォーラム「VehicleSpirits.net」、2021年削除。
ファイル:Kobayashi_Ryota_FULL.pdf
別の男性。年上。厳しい顔。眼鏡。
住所:〒963-8025 福島県郡山市吉田3-8-12 電話:[番号] 職歴:佐川急便(2001-現在)。現役。 注記:吉田と類似パターン。2017-2019年に事故報告、被害者失踪。法的措置なし。 最近の活動:2022年まで地下フォーラムに投稿。最後のメッセージ:「探さないでくれ。俺は受け入れた。それしか方法がない」
ファイルを閉じた。
座ったまま、画面を見つめていた。
二人の男。
二人のトラック運転手。
二人とも、俺が生きてることとまったく同じ経験をした。
一人は退職。一人暮らし。孤立。
もう一人はまだ現役。でも「受け入れた」。
「受け入れた」って何だ?
何を受け入れた?
住所を見た。
新潟。福島。
どちらも遠い。何時間もかかる。
でも話さなきゃ。
知らなきゃ。
どうやった?どうやって生き延びた?止める方法はあるのか?
それとも本当に唯一の選択肢は……受け入れること?
ファイルを印刷した。机の引き出しに鍵をかけて隠した。
閲覧履歴を削除。Torを閉じた。
暗闇の中で座ったまま。
明日から計画を立て直す。
どちらかに会いに行く方法を見つけなきゃ。
疑われないように。
ユキにも会社にも質問されないように。
たぶん……
たぶん、やっと答えが見つかる。
その後の数日は、普通という悪夢だった。
仕事。家。仕事。家。
哲也はアニメを見る。ユキは心配そうに俺を見る。俺はトラックを運転して待つ。
何を待ってる?
機会。配達。新潟か福島の近くに行けるような何か。
でもシフトはいつも同じ。東京-大阪。東京-名古屋。東京-仙台。
新潟もない。福島もない。
ファイルを何度も確認した。
吉田武。〒950-0165 新潟県新潟市江南区亀田2-14-7。
退職。一人。たぶん……アクセスしやすい?
でもどうやって行く?
休みを取って行けば、ユキが質問する。
電話すれば、応答しないかもしれない。最悪、切られる。
必要なのは……
口実。配達。正当な理由。
木曜の朝、ファイルを受け取って一週間後、中村が事務所に呼んだ。
「田中さん、予定変更がある」
心臓が跳ねた。
「どんな変更ですか?」
「明日、大阪回りの代わりに新潟に行ってくれ。新規顧客だ。長岡インダストリー。電子部品の緊急配達」
新潟。
新潟。
いや、偶然じゃありえない。
これは……
完璧すぎる。
「新潟?俺……あのルートやったことないですけど……」
「分かってる。でも山本が病欠で、お前しか空いてない。問題あるか?」
ある。大問題だ。
新潟は吉田が住んでるところだ。
もしトラックが……
もしトラックが知ってたら?
もし俺をそこに連れて行こうとしてるなら?
「いえ」と小さく言った。「問題ありません」
「よし。6時出発。住所はGPSシステムに入ってる」
事務所を出ると、足が震えていた。
新潟。
明日。
待っていた機会。
それとも……
罠。
その夜、吉田の住所を確認した。
〒950-0165 新潟県新潟市江南区亀田2-14-7。
顧客—長岡インダストリー—は……15キロ離れている。
15キロ。
ちょっとした迂回。20分。
できる。
荷物を届ける。それから「道を間違える」。間違った曲がり角。吉田のところに着く。
話す。5分。長くても10分。
それから戻る。
簡単。
……だよな?
でもハッカーの言葉が頭に残っていた。
「最後の3年間 - 7件の事故。全被害者失踪」
吉田は知ってる。
吉田はこれを経験した。
3年間。
それから……退職した。
生き延びた。
たぶん、方法を教えてくれる。
金曜の朝、6時に出発した。
新潟までの道のりは4時間。
普通の交通。いい天気。
トラックは……普通に振る舞った。
普通すぎるくらい。
まるで何かを待っているかのように。
10時15分に長岡インダストリーに到着した。
荷物を降ろした。書類にサイン。
担当者がコーヒーを勧めてくれた。断った。
「戻らないと」と言った。
「そんなに急いで?昼食でも食べていきませんか?」
「いえ、ありがとうございます。スケジュールがタイトで」
トラックに戻った。
乗り込んだ。
GPSをつけた。
会社登録の目的地:東京。
でも俺は東京に行かない。
まだ。
携帯でGoogle Mapsを開いた。シークレットモード。
吉田の住所を入力。
〒950-0165 新潟県新潟市江南区亀田2-14-7。
18分。
深呼吸した。
引き返す最後のチャンス。
これをやれば、会社は迂回を見る。GPSが記録する。
質問されるかもしれない。
でも……
でも答えが必要だ。
この仕事が必要なよりも。
会社のGPSを切った。
Google Mapsに従った。
亀田地区は……静かだった。
郊外。小さな家。狭い道。
番地を見つけた。
2-14-7。
平屋建ての家。古いが手入れされている。小さな庭。駐車場に車はない。
トラックを……20メートル離れたところに停めた。
歩いて行けるくらい近く。
脅威的に見えないくらい遠く。
エンジンを切った。
座ったまま。
ハンドルに手をかけたまま。
心臓が激しく打っている。
何て言う?
「やあ、君の個人情報をハックして、君も憑かれたトラック持ってるって知ってるんだ」?
聞こえる……狂ってる。
完全に狂ってる。
でも他に何が——
動き。
家のドアが開いた。
男が出てきた。
白髪。中肉中背。軽いジャケット。買い物袋を手に。
吉田。
彼だ。
トラックから降りた。
足が震えていた。
家に向かって歩き始めた。
吉田が俺を見た。
止まった。
俺を見た。
地元の人間じゃないと分かる。
よそ者。怪しい。
でも、それから……彼の目の中で何かが変わった。
好奇心?
認識?
俺に向かって二歩進んだ。
まるで……ほっとしたような?
まるでやっと誰かが来て——
それから彼の目が動いた。
俺を越えて。
トラックへ。
俺の後ろ20メートルに停まっている大きな白いトラックへ。
彼の顔が変わった。
すべての血の気が引いた。
目が見開かれた。
口が開いた。
買い物袋が手から落ちた。
りんご。野菜。パン。全部が歩道に転がった。
「やめてくれ」と彼が囁いた。
それから大きく。
「やめてくれ!」
「吉田さん、待って!俺は——」
「放っておいてくれ!」
後ずさりし始めた。
「放っておいてくれ!頼む!」
「俺は——俺は——」
「言われた通り全部やった!退職した!従った!もう放っておいてくれ!」
振り返った。
そして走った。
「待て!」
後を追って走った。
「吉田さん!お願いだ!俺はここに——」
でも彼は走り続けた。
道路へ。
幹線道路へ。
交通のある。
「吉田!止まれ!俺は——」
止まらなかった。
横断した。
見ずに。
見ずに——
クラクション。
大きく。長く。必死に。
それから衝撃音。
三度聞いたのと同じ音。
鈍い。最終的。
吉田が飛んだ。
彼の体がトラック——大きな、白い——のフロントガラスに叩きつけられ、それから壊れた人形のように激しく地面に転がった。
そしてトラックは……
トラックは止まらなかった。
加速した。
角を曲がって飛び去り、交通の中に消えた。
消えた。
「やめろ!」
吉田に走り寄った。
地面に倒れていた。
動かない。
血。大量の血が歩道に広がっている。
目が開いている。じっと。空っぽ。
呼吸していない。
死んだ。
クソ、即死だ。
彼の隣にひざまずいた、手が震えていた。
「吉田さん……」
何もない。返事はない。
二度とない。
声が聞こえた。人が走ってくる。
「誰か救急車を!」
「見たぞ!白いトラックだ!逃げた!」
「ナンバー取った?!」
「いや!速すぎた!」
立ち上がった、よろめきながら。
トラックが消えた道路を見た。
別のトラック。
俺のと同じ。
吉田を轢いて……逃げた。
まるで……
まるで知っていたかのように。
まるでわざとそこにいたかのように。
足がほとんど支えられなかった。
男が俺の腕を掴んだ。
「あんた!何が起こったか見たか?!」
「俺は……俺は……」
「トラック!どんなタイプだった?どの会社だ?」
「分からない……速すぎて……」
嘘だ。
見た。俺のと同じだった。まったく同じだった。
でも言えない。
言えない——
サイレン。どんどん近づいてくる。
警察。救急車。
行かなきゃ。
残れば質問される。
「ここで何してた?」「なぜ被害者を追いかけた?」「なぜあんなことを叫んだ?」
答えられない。
答えられない——
離れた。ゆっくり。怪しく見えないように。
群衆が増えていく。みんな遺体を見ている。
誰も俺を見ていない。
トラックに戻った。
手があまりに震えて鍵を差し込むのがやっとだった。
乗り込んだ。
エンジンをかけた。
そして運転して離れながら——ゆっくり、普通に——バックミラーを見た。
歩道の吉田の遺体。
周りに人々。
近づいてくる青い点滅灯。
答えを求めてここに来た。
答えをくれる唯一の人間が死んだ。
俺の目の前で死んだ。
逃げたトラックに轢かれて。
トラックが……
トラックが知っていたかのような。
ハンドルを握りしめた。
「言われた通り全部やった!」
これが彼が叫んだことだ。
「従った!」
「彼ら」って誰だ?
何を望んだ?
そしてなぜ……
なぜ別のトラックが、俺が話そうとしたまさにそのときに彼を殺した?
答えがパンチのように襲ってきた。
偶然じゃなかった。
予防的だった。
システム——何であれ——俺たちが話すのを望まなかった。
そして会おうとしているのを見たとき……
別のを送った。
止めるために。
永遠に。
10分間、道が見えないまま運転した。
心臓があまりに激しく打って胸が痛かった。
それから路肩に寄せた。
空の駐車場。全てから遠く。
エンジンを切った。
そしてそこにいた。
座って。
震えて。
俺だけじゃない。
たくさんいる。
たくさんのトラック。たくさんのドライバー。
システム。
調整された。
組織された。
そして吉田は……吉田は逃げた。退職した。安全だと思っていた。
でも彼らはそれでも彼を見つけた。
俺と話そうとしたとき。
彼が……
何をしようとした?裏切ろうとした?秘密を明かそうとした?
ハンドルに頭を預けた。
涙が来た。
止められなかった。
俺のせいで死んだ。
行ったから。
トラックを連れて行ったから。
馬鹿だった。
馬鹿で、必死で、愚か者——
携帯が鳴った。
中村。
涙を拭いた。応答した。
「田中さん、大丈夫か?GPSで15分止まってるのが見えるが」
GPS。
クソ、GPS。
迂回を見られた。全部見られた。
「俺……気分が悪くて。寄せた。吐き気が」
「今は大丈夫か?」
「はい。良くなりました。すぐ戻ります」
「分かった。でも田中さん?次は会社のGPSを切る前に連絡してくれ。システムが検知して心配する」
知ってる。
切ったのを知ってる。
「すみません。二度としません」
「よろしい。安全運転で」
切った。
座ったまま。
迂回を見られた。
記録がある。
もし警察が事故を捜査したら……
もし地域のすべてのトラックのGPSを確認したら……
俺がそこにいたのが分かる。
近くに。
近すぎる。
別の考え。
もっと悪い。
もし刑事が——もし担当になったら——点をつなげたら?
吉田。元トラック運転手。失踪の捜査は打ち切り。
俺。トラック運転手。彼が死んだとき近くにいた。
もし……
もし同じ……何かの一部だと思われたら?
ネットワーク。
組織。
システムが思わせたいこと。
エンジンをかけ直した。
東京に戻らなきゃ。
すぐに。
普通に振る舞う。
何も起こらなかったかのように。
たぶん点はつながらない。
たぶん地元警察は交通事故として片付ける。
たぶん……
たぶん俺は安全だ。
でも運転しながら、分かっていた。
安全じゃないと。
決して安全じゃない。
システムは俺が誰か知っている。
吉田を探したのを見た。
そしてメッセージを送った。
明確な。
「答えを探すな。話すな。逃げるな」
「さもなければ彼と同じ目に遭う」
前方の道を見た。
長い。空っぽ。無限。
たぶん答えを見つけた。
一つだけ。
でも考えられる最悪のもの。
俺は一人じゃない。
でもたくさんいることは……
勝てるという意味じゃない。
ただたくさんいるという意味だ。
たくさんの囚人。
同じシステムの。
時に答えを見つけることは、無知のままでいるより悪い。なぜなら、ある真実は……ある真実は君を打ち砕くから。




