霧の終わり、旅立ちの朝
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
ロンドンの霧は、少しずつ――ほんのわずかに、薄れ始めていた。
重く垂れ込めていた灰色の帳は、朝の光に押し返されるように後退し、雲間から射し込む太陽の光が、濡れた石畳を黄金色に照らし出す。長い夜が、ようやく終わりを迎えたのだと、街そのものが静かに告げているようだった。
「……だったら……」
霧の残滓の中で、ベアトリス・アシュフォード・コスミンスキーは俯いたまま、小さく声を漏らした。
「私は……何のために、生きればいいの……?」
その問いは、誰かを責めるものではなく、世界に投げかけられた祈りにも似ていた。
復讐のためだけに刻まれてきた彼女の時間は、今、行き先を失っている。
「……それを見つけよう」
ユキは、迷いなく一歩前に出る。
「一緒に」
短い言葉だった。
だが、その声には揺るぎのない温度があった。
「……ぅ……っ……」
ベアトリスの肩が震える。必死に堪えていたものが、堰を切ったように溢れ出した。
「泣いてもいいんだよ」
彩葉は、そっと彼女の背に手を置いた。
「止めるものはいないから」
張り詰めていた空気が、ほどける。
こうして事件は、静かに幕を閉じた。
「これで解決でしょうカ」
ロゼッタは大きく伸びをしながら、周囲を見回した。
「……まあね」
ソフィー=ドイルは軽く息を吐き、霧の向こうを見つめる。
「でも、やることは残っている。……それに、もういいのかい?」
「……“悪”は消えたようですので」
機械仕掛けの妖精は淡々と告げた。
「私の役目は、もうありません」
歯車の回転音が次第に遠ざかり、機械仕掛けの妖精は朝靄の中へと溶けていく。
「そうか」
ソフィーは小さく頷いた。
――しばらくして。
そこは、ソフィー=ドイルのお気に入りの家。
古い煉瓦造りの建物で、窓辺には花が飾られ、紅茶の香りが漂っている。
「と、言うわけだ」
ソフィーはソファに腰掛け、簡潔に状況をまとめた。
「ほんとに、どうにかなった……」
ユキは安堵したように息を吐く。
「はい、頑張りマシタよ」
ロゼッタは胸を張る。
「しかし、この国では少年犯罪は十歳以上で責任を問われるのじゃろう?」
栞が首を傾げる。
「どうして妾たちの同行に、すんなり頷いてくれたのじゃ?」
「フッフッフ!」
ロゼッタは人差し指を立てた。
「事前に手を打っておいたデース。我々が捕まえた場合はこちらに引き渡すように、とネ!」
「これも、ウラナのおかげだ」
ソフィーが付け加える。
「ウラナ?」
フェルルが不思議そうに聞き返す。
「イギリス出身の守護者デース!」
ロゼッタは誇らしげに言う。
「四姉妹の中で、占いが一番得意なんデース!」
「なるほど」
彩葉は納得したように頷いた。
「よく承諾してくれたな、人間が」
村正が低く言う。
「あたりまえさ」
ソフィーは微笑む。
「ロゼッタは、イギリスに“勝っている”からね。国土をまた一刀両断されたくないんだろう」
「……終わったよ」
陽菜が、静かに告げた。
「可愛く、なりました」
影の声が続く。
「みてみて!みんな!」
レナが声を弾ませる。
奥の部屋から現れた陽菜たちの後ろ――
そこにいたのは、衣服を整え、表情もどこか柔らいだあの少女だった。
「……どう、でしょうか?」
ベアトリスは控えめに問いかける。
「かわいい!」
彩葉は即答した。
「……えっと」
「ベアトリスと呼んでください」
少女は小さく微笑む。
「苗字は、捨てました」
「うん、ベアトリスちゃん」
彩葉がそう呼ぶと、ベアトリスは照れたように視線を逸らした。
「だが、警戒は必要だな」
喰が腕を組む。
「断界同盟を抜けたんだろ?狙われる可能性はある」
「そうデスね……」
ロゼッタは少し考え、
「ならば、アフリカへ行ってはどうでしょう?」
「アフリカ?」
ユキが聞き返す。
「あそこの守護者は兵ぞろいデス!きっと手を貸してくれるデース!」
「それに」
ソフィーは封筒を差し出した。
「アフリカでも断界同盟の動きはある。……分かってくれるだろう。これは、招待状のようなものだ」
「ありがとう」
彩葉は受け取り、深く頷く。
「うむ、行き先は決まりだな」
李=芳乃が言う。
「アフリカ大陸に〜出発〜!!」
リリア=エジソンが明るく宣言した。
「お〜……」
「うん」
「オッケー」
それぞれの声が重なる。
「行こう!」
彩葉が笑顔で言った。
「船なら、私が用意するデス」
ロゼッタは請け負うように胸を叩いた。
霧の晴れたロンドンの空に、太陽が完全に姿を現す。
それは終わりではなく――
新しい物語の、確かな始まりを告げる光だった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




