霧を裂く刃、朝陽に嗤う影
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
朝日が天から降り注いでいた。
雲の切れ間から差す光は街を照らしながらも、どこか冷たく、張り詰めた空気をより際立たせている。
ロンドンの屋根の上――そこには、緊張と警戒が濃く入り混じっていた。
「……反応があったらしいところは、この辺……」
彩葉は足元の瓦に注意を払いながら、周囲を見渡した。
「見当たらないよ? 行っちゃった?」
レナが霧の向こうを探るが、人影はない。
「いや……」
村正が低く呟く。
その直感は、戦場を生き抜いてきた者のものだった。
「私の通信機で話しかけてみまショウ! どうです?」
ロゼッタが手首の装置に指を当てる。
「……こちらリリアです」
通信越しに、リリア=エジソンの声が響いた。
「いえ、そのあたりに……!」
そして、声色が変わる。
「……花火さん! 後ろです!」
「え?……!?」
花火が振り向いた、その瞬間――
「わわ!! フラッシュ!!」
眩い光が炸裂し、空気が弾けた。
「!?」
誰かの短い声が響く。
「なっ!」
村正が目を見開く。
「子供……?」
陽菜の声には、戸惑いが滲んでいた。
そこに立っていたのは、小柄な少女だった。
年端もいかぬ外見、だが、その瞳は冷え切っている。
「……あなた達ですか……」
低く、感情のない声。
「さぁ! お縄につくデース!!」
ロゼッタが即座に前へ出る。
少女は一瞬、ロゼッタを見据え、淡々と口を開いた。
「……イギリスの守護者……第一次神怪世界大戦時、日本側としてアメリカ側の英国を一刀両断した守護者……」
視線が鋭くなる。
「……危険……」
「そう簡単には逃さぞ?」
栞が杖を構える。
「……うん、逃さない」
李=芳乃も一歩前に出た。
「……殺さずに、捕らえる」
ユキの声は静かだが、確かな意思を宿していた。
「……!」
少女の表情がわずかに歪む。
「な!?」
次の瞬間、村正が叫ぶ。
「あの状態から、逃げた!?」
陽菜が信じられないものを見るように叫ぶ。
「追いかけよう!」
彩葉が即断する。
「うん!」
マミも迷いなく続いた。
――霧の中。
「……鬱陶しい……?」
少女は屋根を駆けながら、小さく吐き捨てる。
「……っ! 見つけた」
「なんだ? 進路を変え――」
村正が気づいた、その先。
「あ! あの人は……」
彩葉の声が跳ねる。
「ドイルさん!? 危ない!」
レナが叫んだ。
「?」
振り向いたソフィー=ドイルの前に、影が迫る。
「死んで……」
――その瞬間。
「…………」
「……カハッ!?」
少女の喉から、苦しげな声が漏れた。
「……ふふっ」
静かな笑み。
ソフィー=ドイルは、片手で少女の胸ぐらを掴み上げていた。
まるで子猫でも扱うかのように、軽々と。
「っ……!」
少女の足が宙に浮く。
「……君は同じだ……」
ソフィーの瞳が、底知れぬ闇を映す。
「初代ジャック・ザ・リッパーと……」
「……ソフィー?」
ロゼッタの声に、困惑が混じる。
「……だって」
ソフィーは淡々と続けた。
「“君も初代と同じように”捕まった……そして……」
その言葉と同時に、宙に浮かぶ少女の下――
空間が歪み、不思議な“穴”が口を開けた。
「……死ぬ……」
ソフィーの声は、どこまでも静かだった。
「フッ」
少女が短く笑う。
「!」
ソフィーの目がわずかに見開かれる。
「……なるほど?」
少女の体が、わずかにずれた。
「とっさに上にナイフを投げて、逃れたか……」
「あたりまえ」
少女は着地し、嗤う。
「ひいひいひいおじいちゃんみたいに、地獄行きの穴には落ちない……」
「ふふっ……そうか」
ソフィーは楽しげに微笑んだ。
「だが、どうする? この数を一度に相手するか?」
少女は一歩前に出る。
その名を、はっきりと名乗った。
「私は――
ベアトリス・アシュフォード・コスミンスキー。
断界同盟の幹部……
二代目ジャック・ザ・リッパー」
刃のような視線が、ソフィーを射抜く。
「ひいひいひいおじいちゃんの仇である、お前を討つ!」
「ふふっ……」
ソフィー=ドイルは、余裕を崩さず答えた。
「やれるものなら、やってみるといい」
朝日が二人の間に降り注ぐ。
妖精と殺戮者。
因縁と狂気が交差するその瞬間――
ロンドンの霧は、再び濃く蠢き始めていた。
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次回もお楽しみに




