妖精の家と霧夜の狩人
その家は、朝日を浴びて静かに輝いていた。
石造りの外壁は柔らかな光を反射し、窓辺には小さな花々が揺れている。ロンドンの街に漂う冷たい霧とは対照的に、ここだけは温もりに満ちていた。
足を踏み入れた瞬間、彩葉は胸の奥がふわりと軽くなるのを感じた。
言葉にできないが、確かに“守られている”感覚がある。
「こんにちは」
彩葉が丁寧に声をかける。
「あぁ、こんにちは」
穏やかな笑みで応えたのは、ソフィー=ドイルだった。
「加護のようなものを感じるのじゃ」
栞がゆっくりと辺りを見回す。
「ずいぶん、ここが気に入っておるようじゃの」
「あぁ」
ソフィーは小さく頷いた。
「ここは私のお気に入りだからね。妖精にとって“居場所”というのは、とても大切なものなんだ」
そう言って、くるりと踵を返す。
「さぁ、こっちへおいで」
彩葉たちはソフィーに導かれ、家の奥にある一つの部屋へ案内された。
木の香りが心地よく、窓からは朝の光が差し込み、床には柔らかな影が落ちている。
全員が腰を下ろしたところで、ソフィーは静かに動いた。
「これをどうぞ」
テーブルの上に置かれたのは、白い湯気を立てる紅茶だった。
透き通った琥珀色が、朝日に照らされて美しく輝く。
「ありがとうございます」
レナが丁寧に頭を下げる。
「いいえ……」
ソフィーは椅子に腰掛け、表情を少し引き締めた。
「さて、本題に入ろうか。なにかあったんだろう? ロゼッタ」
「そうでシタ!」
ロゼッタは勢いよく頷き、ロンドンで起きている事件について語り始めた。
連続する殺人。
屋根から屋根へと消える影。
追っても追っても、決して捕まらない存在。
「なるほど……またか」
ソフィーは目を伏せる。
「彼女たちを連れてきたのは、断界同盟の幹部を二人も倒したからかい?」
「そうデス!」
ロゼッタは胸を張る。
「きっと役に立つデース!」
「その事件のこと、詳しく聞いてもいいかな?」
陽菜が静かに問いかけた。
「あぁ、もちろんだ」
ソフィーはゆっくりと語り始める。
「犯人は“二代目ジャック・ザ・リッパー”と呼ばれている」
一同が息を呑む。
「二代目、というのは犯行の手口が酷似しているからだ。それに……」
彼女は一瞬、間を置いた。
「一代目は人間だ。この時代に生きているほうが、むしろ珍しい」
「捕まえられないの?」
ユキがぽつりと尋ねる。
「うーん……」
ロゼッタが腕を組む。
「人間の足では追いつけなかったらしいのデス。私たち守護者も追いつきたいのですが、ついたときにはもういないのデスよ……」
「相当、速いやつみたいだ」
フェルルが呟く。
「そんな速いやつを、オレ達が捕まえられるのか?」
喰が眉をひそめる。
「ひとでは多いほうがいいだろう?」
ソフィーは静かに言った。
「まぁ、たしかにな」
喰は肩をすくめた。
「……私とリリアちゃんの音で、探せないかな?」
マイが小さく手を挙げる。
「たしかに、できるかも」
リリア=エジソンが頷く。
「本当かい?」
ソフィーの声に、わずかに期待が滲む。
「それは助かるよ」
「できるか? 特徴もわからないが」
村正が確認する。
「うん……できそう……」
リリアは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。
「ちょっと待ってて」
マイも静かに集中し始めた。
「……大変そう……」
影が小声で言う。
「あ、この紅茶おいしい」
花火がほっとした声を漏らす。
「それは嬉しいよ」
ソフィーが微笑んだ、その直後だった。
「見つけた」
リリア=エジソンとマイが、ほぼ同時に顔を上げる。
「え? もう?」
メデューサが目を丸くする。
「うん……」
マイが説明する。
「屋根の上を渡っている、不思議な反響を見つけた」
「多分……犯人……」
リリアが続けた。
「よし」
李=芳乃が立ち上がる。
「早速行ってみよう。二人は引き続き観測をして」
リリアとマイは、同時に頷いた。
「じゃあ……」
マミも立ち上がる。
「出発だ!」
村正の声が部屋に響く。
「行くデスよ~!」
ロゼッタが元気よく扉へ向かう。
「ロゼッタ?」
ソフィーがため息交じりに言った。
「遠足じゃないよ……」
――その頃。
霧に包まれたロンドンの屋根の上。
瓦の隙間を軽やかに踏み、影は静かに移動していた。
「……見つかった……」
小柄な影が、低く呟く。
「でも、問題ない。私は……できる……」
朝の光が差し込む中、狩人は再び、霧の向こうへと姿を消した。




