仮面の罪、魔界の影
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
天空ドラゴン帝国の外では、今なお激しい戦闘音が鳴り響いていた。
竜兵士たちの咆哮、翼が空を切る音、炎と闇がぶつかり合う衝撃――それらは城壁を越え、姫の部屋にまで微かに震動として伝わってくる。
だが、その部屋の中には、外の戦場とは異なる、張り詰めた気配が漂っていた。
「……この視線、どこから?」
彩葉は小さく身を強張らせ、部屋の奥を見回す。
確かに感じる。敵意とも好奇ともつかぬ、粘ついた“何か”が、こちらを覗いている感覚。
その瞬間。
「…………っ……そこだ!!」
村正の低い声が響き、刀が一閃する。
「!?」
空間が歪み、まるで布を裂くように影が剥がれ落ちた。
「わぁ!?」
レナが声を上げ、マイは思わず一歩後ずさる。
「な、なにか……でてきました!」
歪みの中心から、ゆっくりと姿を現したのは、一人の青年だった。
口元を覆う仮面。細身の体躯。黒と紫を基調とした衣装からは、明らかに人ならざる気配が立ち昇っている。
「ククククッ……私を見つけるとは、なかなかですね」
不愉快な笑みが、仮面越しにもはっきりと伝わった。
「誰じゃ! お主!!」
栞が杖を構え、鋭く問い詰める。
「――我が名はアスモデウス」
青年は胸に手を当て、芝居がかった仕草で名乗った。
「七つの大罪、その一つ……『色欲』を司る悪魔だ」
空気が、一段冷えた。
「悪魔か……」
李=芳乃の視線が厳しくなる。
「めったに魔界から出てこない悪魔が、なぜこの地に?」
「ククッ……私を他の悪魔と一緒にするな」
アスモデウスの声には、露骨な侮蔑が滲んでいた。
「私はな、人間どもを陥れるために来たのだ。その足がかりとして――この地を侵略しに来た!!」
「……天界と魔界の盟約を、忘れたのですか?」
陽菜の言葉に、アスモデウスは鼻で笑う。
「フンッ! 覚えているさ。だがな……我らは悪魔だぞ?」
彼の瞳が、ぎらりと光る。
「人間の魂を食ってこそ、強くなれるのだ……クククッ」
「……そんなことをして」
ソフィア・フォン・ピラトゥスが一歩前に出る。
「魔界の王が、黙っているとは思えないけど?」
その言葉に、アスモデウスの表情が歪んだ。
「ククククッ……あのような臆病者より、私のほうが王にふさわしい!!」
「話になんねぇ」
喰が吐き捨てる。
影は黙ったまま、ただ静かに殺気を研ぎ澄ましていた。
「この人数に勝てるとでも?」
マミの問いに、アスモデウスは両手を広げた。
「ククククククッ……あぁ!! 勝てるとも!」
彼の魔力が一気に膨れ上がる。
「私は強い魔界の七つの大罪『色欲』に選ばれた存在なのだからな!!」
「さぁ! 虫けらども、覚悟しろ!!」
魔力の奔流が解き放たれた、その瞬間――
「っ!!」
村正が一歩踏み込み、斬撃を叩き込む。
「ククッ……私の攻撃を受け止めたか!」
「……遅いな」
村正の声は冷たかった。
「――月光・三日月!!」
淡い月光を纏った斬撃が、アスモデウスの身体を切り裂く。
「ギャァァァあぁ!!!?」
「ダークバインド!」
喰の魔法が影となり、悪魔の動きを封じる。
「硬質化……ストラップブレード!!」
彩葉の刃が唸りを上げ、腕を断ち切った。
「ぁぁぁぁぁ……わ、私の腕がぁ!!」
「セイクリッドバレット……」
陽菜の光弾が、容赦なく貫く。
「が、がはぁ……」
「しまいじゃな」
栞が杖を振り下ろした、その時――
「あぁ! そうだな!!」
聞き慣れない声が、割り込んだ。
「お前は――おしまいだ」
「!?」
一同が振り返る。
そこに立っていたのは、二人の少女だった。
一人は目を仮面で覆い、もう一人は顔半分を仮面で隠し、大きな大鎌を肩に担いでいる。
「おっと、警戒しないでくれ?」
目を仮面で隠した少女が、軽い調子で言った。
「王に頼まれて、反逆者を捕らえに来ただけだ」
「反逆者?」
村正が問い返す。
「えぇ! そこの馬鹿です」
大鎌の少女が親指でアスモデウスを指す。
「オレは七つの大罪『暴食』、ベルゼブブ。で、こいつはマモンだ」
「あなたに紹介されるとは、嫌ですね……」
もう一人の少女がため息をつく。
「まぁ、私がマモン。七つの大罪『強欲』担当です。それと……馬鹿はベルゼブブも同じです」
「あぁん!? 誰が馬鹿だ!!」
「私はあなたより頭がいいので」
「もっかい勝負するか?」
「いいですよ? 私が勝ちますが……」
「え、えーっと……」
彩葉が困惑する。
「仲良しなの?」
アビの素朴な問いに、
「ちがう!」
「ちかういます!」
二人の声が重なった。
「……」
アビは黙り込んだ。
「これは……」
フェルルが苦笑する。
「よくわからない関係?」
メデューサが首を傾げた。
「まぁ、いいでしょう」
マモンが話を戻す。
「アスモデウス。行きますよ?」
「く、クソが……」
倒れ伏した悪魔が呻く。
「しかし……勝手に捕らえていいのか? あの王に、私が嘘を吹き込めば……」
「それは無理だ」
ベルゼブブが即答した。
「えぇ」
マモンが頷く。
「ベルフェゴールちゃんが、“特別な鏡”で見ていますから。あと……あの方も」
――魔界。
仮面で顔をすべて隠した少女が、小さく呟いた。
「……ベルフェゴール……ちゃんとか……恥ずかしい……」
その隣には、ただ静かに佇む“何者か”の影。
再び、天空ドラゴン帝国・姫の部屋。
「な……!」
アスモデウスの意識が途切れ、その場に崩れ落ちた。
「悪かったなぁ、それじゃ」
ベルゼブブが肩をすくめる。
「えぇ」
マモンが一礼し、二人の姿は闇に溶けるように消えた。
「……帰っちゃった」
花火がぽつりと呟く。
「うん……」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




