黒翼、天を裂く
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
空が、泣いていた。
雲は渦を巻き、雷鳴にも似た低い唸り声が、竜の都の上空を覆い尽くす。その中心に――黒き翼を広げた存在があった。
堕天使たちは、整然と空に列を成していた。白であるはずの羽根は煤に染まり、鎧には聖と魔が歪に混じり合った紋章が刻まれている。
「……ここが、竜帝の王都か」
先頭に立つ堕天使が、冷たい声で呟いた。
その瞳には、感情の色がない。ただ“目的”だけがあった。
「竜族は長きに渡り、均衡を保ってきた。だがそれも、今日で終わりだ」
背後の堕天使たちが、静かに翼を震わせる。
「恐れるな。我らは裁き。世界が選んだ影だ」
号令と同時に、黒翼が一斉に羽ばたいた。
空が裂け、瘴気が降り注ぐ。
――その瞬間。
王都を守る結界が、眩い光を放った。
「来たぞ!!」
竜族の兵士たちが咆哮する。城壁の上、空中、塔の先――あらゆる位置に、竜兵士と飛竜部隊が展開していた。
「陣形を崩すな! 迎撃準備!!」
竜将の声が響くと同時に、巨大な竜が空へと躍り出る。炎、雷、風――属性を帯びたブレスが、堕天使の先陣へと放たれた。
爆炎が空を染める。
だが、堕天使たちは怯まない。
「防壁、展開」
黒き光が重なり、竜の炎を受け止める。衝撃で空気が震え、轟音が王都全域に響き渡った。
「反撃開始」
堕天使の一体が手を掲げると、闇を凝縮した刃が無数に生まれ、雨のように降り注いだ。
――戦闘が、始まった。
玉座の間では、竜帝が静かに立ち上がっていた。
「……想定より早いな」
「陛下、迎撃部隊はすでに展開完了しています!」
「うむ」
竜帝は一度、客人たちのいる方向へと視線を向ける。
「彼らは?」
「現在、ソフィア姫の部屋付近に待機しております」
「そうか」
竜帝は短く息を吐き、決断を下した。
「――お客人に働かせるわけにはいかない」
その言葉は、王としての矜持そのものだった。
「伝えよ。守護は我ら竜族が担う。客人たちは、安全な場所で戦況を見ていてもらえ」
「はっ!!」
伝令が走る。
一方その頃、ソフィア・フォン・ピラトゥスの部屋。
窓の外では、閃光と爆音が交錯していた。空を舞う竜と、黒翼の影。その光景に、彩葉は言葉を失っていた。
「……本当に、始まっちゃった」
ソフィアは窓辺に立ち、表情を引き締める。
そこへ、竜陛下直属の兵が膝をついた。
「姫様、そして客人の皆様。竜帝陛下より伝言です」
一同が静かに耳を傾ける。
「――『お客人に戦わせるわけにはいかない。ここは我らに任せてほしい。どうか、安全な場所から見ていてくれ』とのことです」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……そう言われちゃ、無理に出るわけにもいかないね」
リリアが小さく微笑む。
「うん……」
マイが拳を握りしめながらも、頷いた。
「ちぇ〜、暴れたかったけどなぁ」
喰は不満そうに笑うが、目は真剣だった。
「……見てるだけ、ね」
影が静かに呟く。
彩葉は胸に手を当て、空を見上げた。
竜族が、命を賭して戦っている。その事実が、胸を締めつける。
「……でも」
彼女の中で、何かが微かに揺れた。
戦場の向こう。
堕天使の群れの奥から、こちらを“見ている”視線を――確かに、感じ取っていた。
空で交差する炎と闇。
竜族と堕天使、二つの誇りが激突する中、まだ誰も気づいていない“異変”が、静かに近づいていた。
戦いは、まだ序章に過ぎない。
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次回もお楽しみに




