白嶺の街を渡る風、そして天空の姫
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
スイスの街は、歩けば歩くほど静かな魅力を語りかけてくる場所だった。
石畳はどこまでも整えられ、建物の壁には長い年月を感じさせる傷がありながらも、丁寧に手入れされているのが分かる。
窓辺には季節の花が飾られ、赤や青の小さな旗が風に揺れていた。
「なんだか……落ち着くね」
花火がぽつりと呟く。
「うん。戦いの後だから、余計にそう感じるのかも」
陽菜は周囲を見渡しながら答えた。
通りを抜けると、街の高台に続く坂道が現れる。
その先からは、街全体と遠くの湖が一望できた。
水面は鏡のように空を映し、白い雲がゆっくりと流れていく。
「わぁ……」
レナの声が、思わず漏れる。
「絵みたい……」
マミも言葉を失ったように、ただ景色を見つめていた。
遠くでは列車が静かに走り、森の合間を縫うように進んでいく。
その音すらも、この街の一部として溶け込んでいる。
「人の営みと自然が、ちゃんと共存してる感じじゃな」
栞が感心したように頷く。
「……確かに。力を誇示するより、守ることを選んだ土地……か」
李=芳乃は腕を組み、静かに考え込んだ。
街の一角には市場があり、チーズやパン、果物が並んでいた。
店主たちは朗らかに声をかけ、観光客にも住民にも分け隔てなく接している。
「このチーズ……すごく濃厚……」
マイが小さく感想を漏らす。
「ほんとだ……」
フェルルも頷き、穏やかな表情を浮かべた。
その様子を見て、メデューサは少しだけ微笑む。
人々の中に溶け込み、恐れられず、拒まれずに歩けていることが――彼女にとって何よりも新鮮だった。
「……こういう場所、好きです」
小さくそう呟くと、彩葉が振り返る。
「うん。私も」
二人は自然と並んで歩き、同じ景色を見上げた。
やがて街の外れ、森へと続く小道に差しかかる。
木々の間を抜ける風は冷たく、どこか高い空の匂いを含んでいた。
「……ドラゴンの国が、あそこにあるんだよね」
花火が空を見上げる。
雲の向こう、時折影のように見える巨大な翼。
人間の街を見下ろす、別の世界の存在。
そのときだった。
誰かの視線を感じたのは。
「……?」
影が足を止め、周囲を見回す。
だが、街は相変わらず穏やかで、怪しい気配はない。
――ただ、路地の影。
さきほど通り過ぎた細い道の奥。
そこに、一人の少女が姿を現した。
透き通るような銀色の髪。
蒼い瞳は、まるで空そのものを閉じ込めたかのようだった。
背中には、わずかに揺れる薄い光――翼を思わせる気配。
少女は軽くフードを外し、にこりと微笑む。
「……やっぱり」
彼女は小さく呟いた。
「人間の街に、こんなに面白そうな人たちが来るなんて」
その声は澄んでいて、どこか気品を帯びている。
「私は――」
一歩、路地から光の中へ。
「ソフィア・フォン・ピラトゥス。
天空ドラゴン帝国の姫です」
少女――否、姫はそう名乗り、楽しげに彩葉たちの背中を見つめた。
「ねぇ……少しだけ、お話ししない?」
その微笑みの奥に、好奇心と、そして運命の気配を宿しながら。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
白嶺の街での静かなひとときと、新たな出会いを描いた回でした。
これからの展開も、楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回もお楽しみに。




