山嶺に抱かれた街、そして竜の気配
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
イタリアの朝日の太陽が、ゆっくりと天へ昇るころ。
柔らかな光が石畳を照らし、昨夜までの戦いが遠い夢だったかのように、街は静けさを取り戻していた。
「ん……転送装置のセット完了……いつでも行ける」
ビアンカ=ヒナギクは、転送陣の光を確かめるように指先を滑らせ、静かに告げる。
「うん! 色々とありがとう」
彩葉は深く頭を下げ、心からの感謝を伝えた。
「いい……」
ビアンカは一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく微笑む。
「……また来て……」
「またなのよ〜!」
ともが両手を振って声を上げる。
「はい、また」
ワインも穏やかに手を振った。
「今度、お話しよ?」
アリーチェ・ディ・セル・レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉に、
「うん!」
彩葉は迷いなく頷いた。
光が広がり、視界が白に染まる。
転送は何事もなく完了し――次に足元に広がったのは、まったく違う空気だった。
澄んだ空。
ひんやりとした風。
遠くで鳴く鳥の声と、木々が擦れ合う音。
「わぁ〜……ここがスイス!」
レナが目を輝かせる。
街並みは整然としていながらもどこか温かく、木造と石造が調和した建物が並び、屋根の赤や茶が朝日に映えていた。
路地には小さな花壇が点在し、白や紫の花々が風に揺れている。
「うん……山脈に囲われてるのもそうだけど……他とは違って、きれい……」
マミが思わず呟く。
「うん……」
マイも静かに頷き、空を仰いだ。
遠くには巨大な山々が連なり、白く輝く雪を頂いた峰が空を突き刺すようにそびえている。
その中でもひときわ目を引くのは――
「あのお山の上の浮き島が……ドラゴンの帝国……」
リリア=エジソンが指をさす。
雲の合間に、確かに浮かんでいた。
山の頂よりさらに上、天空に支えられるように存在する巨大な浮島。
城壁らしき影と、時折見える巨大な影――翼を持つ存在が、空を横切っていく。
「あの山は……ピラトゥス山じゃな」
栞が言う。
「立派だ……」
李=芳乃は感嘆の息を吐いた。
「すげぇ〜……」
喰も思わず声を上げる。
「うん……」
影は短く呟きながら、空をじっと見つめていた。
「どうやって行くんだろ? やっぱり飛んでいくのかな?」
花火がわくわくした声を出す。
「……アビ、後からなら行けるなの」
アビは少し得意げだ。
「……あそこには、いったことなかったね」
フェルルがしみじみと呟く。
「調子はどう?」
陽菜が振り返って声をかける。
「あ、はい! もんだいありません!」
メデューサは背筋を伸ばし、元気よく答えた。
その表情には、以前の不安の影はほとんど残っていない。
「それじゃあ……行こうか!」
彩葉の一言に、皆が頷く。
一行は街を歩き始める。
石畳は歩きやすく、靴音が心地よく響く。
小さなパン屋からは焼き立ての香ばしい匂いが漂い、窓辺にはチーズやチョコレートが並べられていた。
「いい匂い……」
レナが鼻をひくつかせる。
「観光地って感じだね」
花火がきょろきょろと周囲を見回す。
通りの先には広場があり、中央には噴水。
透き通った水が陽光を受けてきらめき、子どもたちの笑い声が弾んでいた。
その平和な光景の中で――
路地の影。
人の流れから少し外れた、細く暗い場所に。
一人の少女が立っていた。
フードを深く被り、その表情はよく見えない。
だが、彼女の視線は確かに――彩葉たちを捉えていた。
「……あの人達が……」
小さく、楽しげな声。
「ふふっ……面白くなりそう」
少女はそう呟くと、音もなく路地の奥へと溶けていった。
その存在に、まだ誰も気づいていない。
だが確かに――
スイスの澄んだ空の下、新たな運命の歯車が、静かに回り始めていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
八十一話はいかがでしたでしょうか。
次回もどうぞお楽しみに。




