蒼穹を裂く獣影と紫の疾風
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
イタリアの空は、まるで世界に溜まった不穏な気配を洗い流すかのように、どこまでも澄み渡っていた。
雲一つない青空が広がり、陽光は石畳に反射して柔らかな輝きを放っている。ギリシャとはまったく異なる匂いと空気が、彩葉たちの胸に新鮮な感覚を運んでいた。
「ついてくゆなのよ!」
赤い帽子を揺らしながら、ともが元気いっぱいに前を歩く。小さな背中は跳ねるようで、見ているだけで自然と頬が緩んだ。
「とも〜? 急がなくてもいいのよ〜」
その後ろを、ゆったりとした足取りでワインが続く。気品のある微笑みを浮かべ、街並みを楽しむように視線を巡らせていた。
イタリアの街は、どこを見ても歴史の重みと生活の温かさが同居していた。
古い石造りの建物には色とりどりの花が飾られ、細い路地からは焼き立てのパンや香草の香りが漂ってくる。
露店には果物やチーズが並び、人々は穏やかな声で言葉を交わしていた。
「わぁ……すごいね……」
花火が目を輝かせながら辺りを見回す。
「石が多いのに、どこかあったかい感じがする……」
マミも静かに頷いた。
彩葉はその様子を眺めながら、ふと胸の奥が少し軽くなるのを感じていた。
戦いの連続の中で、こうして何も考えずに歩ける時間は、ほんの束の間とはいえ貴重だった。
――だが。
「……?」
影が足を止め、わずかに顔を上げた。
「どうした?影?」
喰が問いかける。
「変な……声が聞こえたような……?」
影の声は低く、警戒を帯びていた。
「……たしかに」
フェルルも周囲を見渡す。
「なにか、向かってきているような……」
次の瞬間だった。
「ガルルルル!!!!!」
空を震わせる咆哮が轟いた。
「!?」
陽菜が思わず息を呑む。
「何だあいつは!」
村正が刀に手をかける。
「……あやつは!」
栞の声が鋭く響いた。
「マンティコアじゃ!」
「人の顔、獅子の体、サソリの尾……」
李=芳乃が冷静に告げる。
「間違いない」
空を覆うように、黒い影が群れをなして迫ってきていた。
翼をはためかせる異形の獣たち――その中心に、一際大きな個体が咆哮を上げる。
「グルルルルル!!!
我はマンティコアの長!
この地の人間を喰らうため、国境を越えてきた!
さぁ!肉を差し出せぇ!!!!!」
「ギャハハハハハハハ!!!!!」
下卑た笑い声が空を裂く。
「わぁー!!空にたくさんいる!」
花火が悲鳴を上げた。
「さすがに……全てを裁くのはむり……」
マミの声に、焦りが滲む。
「は、はわわ……」
レナが身をすくめる。
「……でも、止めないと!」
リリア=エジソンが前に出る。
「う、うん!」
マイも震えながら頷いた。
「気配だけでも……六十はいるなの」
アビが数を読み取る。
「わたちがすべておとちてあげよゆよ!」
ともが勢いよく叫ぶ。
「うーん……流石にここは生活圏……それはまずいわ〜」
ワインが首を振る。
「……」
ともは一瞬、言葉を失った。
「どうすれば……」
彩葉が唇を噛んだ、その時。
「任せて」
静かな声が、確かに響いた。
「え?」
彩葉が振り向く。
「邪魔……」
紫色の残光が空を裂き、
マンティコアの胴を正確に貫いた。
「ん?……がぁっ!?!?!?」
ボスマンティコアの体が、衝撃に弾かれる。
紫色の髪をなびかせた少女が、空中に立つようにして現れた。
「さっさと帰って」
淡々と告げる声。
「き、貴様ぁ!!
同族のくせに邪魔をするか!!」
ボスマンティコアが怒号を上げる。
「私は――」
紫の瞳が鋭く光る。
「アリーチェ・ディ・セル・レオナルド・ダ・ヴィンチ。
……貴様じゃない」
「アリちゅちゃん!戻ってきてたのね!」
ともが嬉しそうに叫んだ。
「アリスじゃなくてアリーチェ……まぁいいか」
少女は小さく息を吐き、再び敵を見据える。
「それより……早く帰って?」
「あの子……すごい速い……」
彩葉が思わず呟く。
「……レオナルド・ダ・ヴィンチ?」
栞が眉をひそめる。
「なぜその名前を……」
「アリーチェちゃんはね〜」
ワインが柔らかく説明する。
「レオナルド・ダ・ヴィンチの〜養子の娘なのよ〜」
「なんと!」
李=芳乃が目を見開いた。
「ぐ……この力……!」
ボスマンティコアが唸る。
「親父が言っていた……ハグレモノか……!
人間に飼いならされた犬め!!」
その言葉に、アリーチェの空気が変わった。
「……父様のことを、悪く言わないで」
紫の瞳が、冷たく輝く。
「それと――」
彼女は一歩、踏み出した。
「帰らないのなら……ここで潰す」
イタリアの澄み渡る空の下、
獣たちの咆哮と、紫の疾風が激突しようとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
穏やかな街並みの裏で動き出す脅威と、新たな守護者アリーチェ。
彼女の“紫の疾風”が、物語にどんな変化をもたらすのか――
次回もお楽しみください。




