知恵の女神の神殿、そして怨嗟の声
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
エーゲ海に浮かぶ数々の島々を越え、彩葉たちはついにギリシャの地へと降り立った。
青く澄んだ空と、乾いた風。白い建物が連なる景色は、どこか神話の中に迷い込んだかのようだった。
「到着なの〜」
アビがゆっくりと高度を下げ、皆の足が大地に触れる。
「わぁ〜……ここがギリシャ!」
彩葉は目を輝かせながら、周囲を見渡した。
「うん、変わりなさそう」
アカンサスは懐かしそうに微笑む。
「えぇ、そうですね」
アルテミスは静かに頷き、前を指し示した。
「では、行きましょうか。アテナちゃんのいる場所――パルテノン神殿へ」
その言葉に、一同は期待と緊張を胸に、二人の後について歩き出した。
丘を登り、石段を越え、やがてその姿が見えてくる。
巨大な柱群。
空に向かってそびえる白い神殿――だが、その一部は崩れ、欠け、傷ついていた。
「おっきぃ〜……」
レナが思わず呟く。
「うん……」
マミも、圧倒されたように見上げている。
「……でも」
リリア=エジソンが、首をかしげた。
「なんで、欠損してるんですか?」
「あぁ、それは――」
アルテミスが説明しようとした、その時だった。
「アルテミスお姉ちゃ〜ん!!」
弾むような少女の声。
「わっ! もう、アテナちゃん!」
アルテミスの胸元に、小さな影が勢いよく飛び込んできた。
「きゅうに飛びついてきたら危ないでしょ」
「えへへ〜」
腕の中で、アテナは無邪気に笑う。
「まったく……可愛いんだから」
そう言いながらも、アルテミスの声は優しかった。
「アテナお姉様、お久しぶりです」
アカンサスが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「あ! アカンサス!」
アテナはぱっと顔を輝かせ、
「久しぶり〜! ……おぉ〜、あの時の守護者たちだ〜!」
彩葉たちを見回し、
「噂は聞いてるよ〜」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
彩葉は少し緊張しながら答えた。
「……あの時会った女神アテナと、同一人物とは思えないな」
村正がぽつりと漏らす。
「えぇ……」
陽菜も同意するように頷いた。
「とっても甘えん坊ですね」
マイの言葉に、
「うん、アテナお姉様は仕事じゃない時はこんな感じ」
アカンサスが苦笑する。
「……あと、怒るとやばい」
「どういうふうにやばいんだい?」
フェルルが興味深そうに尋ねた。
「えっとね」
アルテミスは少し考えてから言った。
「第一次世界大戦は知ってる?」
「もちろんじゃ」
栞が頷く。
「その戦いが終わったのって……アテナちゃんの介入のせいなの」
「なんじゃと」
栞の目が見開かれる。
「それは興味深い」
李=芳乃も腕を組んだ。
「うん」
アカンサスは神殿を見上げる。
「アテナお姉様が介入した理由は……このパルテノン神殿にある」
「神殿に?」
花火が周囲を見回す。
「たしかに、ボロボロ……」
「オスマン帝国が、この神殿を火薬庫として使ったらしいの」
アルテミスが静かに語る。
「その上、爆発して……」
「長引いた神界の会議から戻った時」
アカンサスは声を落とした。
「アテナお姉様は、自分の人間界にある神殿が壊れているのを見たの」
彩葉は、言葉を失った。
「それで……怒って」
「敵も味方も関係なく攻撃して、戦争が終わった」
「……」
しばし、沈黙。
「そりゃあ、怒るなって方が無理だな」
喰が低く呟く。
「うん……」
影も静かに頷いた。
「たしかになの」
アビも同意する。
「それで……再建してるの?」
マミの問いに、
「えぇ」
アルテミスは頷く。
「時間はかかっているけどね」
「でも!」
アテナは胸を張って笑った。
「ちゃんと戻してくれてるから!」
その明るい声が、神殿の空気を和らげた――
その瞬間。
「キャぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
鋭い悲鳴が、空気を切り裂いた。
「!?」
一同が一斉に振り向く。
「許さない……」
低く、憎悪に満ちた女の声。
「アテナ!!!!」
その叫びは、神殿の石壁に反響し、
知恵の女神の聖域に、不穏な影を落とした。
新たな因縁が、今、動き出そうとしていた。
ギリシャ編、ここから本格的に始動です。
知恵の女神アテナと、人の歴史が刻まれた地――パルテノン神殿。
その静かな空気の裏で、何かが確かに目を覚まそうとしています。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




