無音に沈む戦場――吸音の死神――
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
天魔の翼が、大きく打ち振られた。
その瞬間、空気そのものが悲鳴を上げる。
轟音すら置き去りにする圧力。
――それでも、まだ本気ではないと分かってしまう。
一撃だけで周囲の木々は軋み、地面には無数の亀裂が走った。
「来る……!」
陽菜の声と同時に、天魔の姿が掻き消える。
否――消えたように“見えただけ”だった。
「――上だ!」
村正の叫び。
次の瞬間、頭上から叩き落とされるように、天魔の蹄が振り下ろされる。
地面が爆ぜ、衝撃波と土煙が視界を覆った。
「くっ……!」
彩葉は陽菜と共に横へ跳び、間一髪で直撃を免れる。
遅れて、衝撃が背中を撫でた。
「ちょこまかと……!」
天魔の低い唸り声。
黒い翼が再び大きく広がり、闇の奔流のような魔力が戦場を覆い尽くす。
「ならば――まとめて沈め!
デビルプレス!!」
「はわわ!?ど、どうしよう!」
圧縮された闇が、空から落ちてくる。
「ワシに任せよ!」
李=芳乃が一歩踏み出し、拳を構えた。
「仙拳・仙炎撃!!」
燃え上がる仙気と闇の塊が正面衝突し、爆ぜる。
二つの力は拮抗し、互いを削り合いながら霧散した。
「フフフ……面白い」
天魔が愉しげに笑う、その瞬間。
「ストラップ・ニードルバインド!」
「ダークバインド!」
彩葉と喰の拘束が、同時に天魔の身体へ絡みつく。
「……神力・スピリット強化……」
影の低い呟きとともに、拘束がさらに強化される。
「グッ!?これは……!」
「叩き込むぞ……
狐火・百火妖嵐!!!」
栞の放った無数の狐火が嵐となり、天魔を包み込んだ。
「グァァァァァァ!!!?」
「アレルゲン付与波動!」
レナの支援が重なり、魔力の流れが歪む。
「!?」
「……陽光・灼天!!」
村正の刃が、太陽のごとき輝きを纏って振り下ろされた。
「グァァ!!?」
金属による斬撃と同時に、
刀身から生じた“金属アレルギー”が天魔の身体を蝕む。
「今だ!」
「えぇ!
セイクリッドバレット!」
陽菜の放った弾丸が、一直線に天魔を貫いた。
「ァァァァァ!!!?
……何だ、コレは……」
「“銀の弾丸”ですよ。金属性です」
「ぐふぅ……この程度……」
「ポイズンレイン」
ロータスの毒雨が降り注ぎ、
「死聖拳・ホーリデッド!!」
李=芳乃の拳が、天魔の腹部を打ち抜いた。
「グファァ!??
……グッ……」
「打ち上げ花火!」
花火の攻撃で打ち上げ
「籠球・サーブ!」
マミの霊力弾が追撃し、
「ウィングジャベリン」
アビの投擲が、風を裂く。
「ァアァアァアァアァアァアァ!!!
…………はぁ、はぁ、はぁ……」
天魔は大きく息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
「……トリニティ……バレット……」
天魔の呟きが、戦場に溶けかけたその瞬間。
「――その音!もらうね!」
リリア=エジソンが、一歩前に出た。
その小さな手が、空間を掴むように広がる。
――時間が、止まったように見えた。
衝撃音も、風切り音も、天魔の荒い息すらも。
世界から“音”という概念だけが、すっぽりと抜き取られたかのようだった。
「……?」
天魔が、違和感に目を見開く。
「サウンド・ブースト……これでいい?」
マイが静かに問いかける。
「うん……」
リリアは小さく頷いた。
「ここは町中だよ。気をつけてね」
「うん!」
そのやり取りすら、音にならない。
しかし、確かに“伝わって”いた。
「……何をする気だ」
李=芳乃が目を細める。
リリアは、ゆっくりと手を突き出した。
「……吸音・アコースティック・デス・サイレント!!」
「――!?」
その瞬間だった。
光が、走った。
だが、それは音を伴わない。
轟音なき破壊。
悲鳴なき終焉。
“無音”のレーザーが、一直線に天魔を飲み込む。
衝撃はある。
破壊も、確かに起きている。
――しかし、音だけが存在しない。
それはまるで、
今もなお、音を吸い続けているかのように。
天魔は、叫んだ。
いや、叫んでいる“はず”だった。
口は大きく開き、喉は震えている。
だが、その声は、誰の耳にも届かない。
無音の中で、
天魔は、ゆっくりと崩れ落ち――
そして、絶命した。
「……おぉ……あの子……もしかしてぇ……」
ロータスが、言葉を選ぶように口を閉ざす。
「あぁ……ワシも思った」
二人は、少し間を置いて――
「「吸音の死神……」」
彩葉が、思わず呟く。
「……その名称、もしかして……」
陽菜が息を呑む。
「あぁ」
村正が、静かに肯定した。
「第一次神怪世界大戦時――
アメリカ合衆国の軍基地を、幾度となく“えぐり出すように”破壊した守護者の名称だ」
「……え……」
「妾も聞いたことがあるのじゃ」
栞が、遠い記憶を辿るように語る。
「敵軍の銃撃音を吸音し、それをレーザーとして放つ。
そして、そのレーザーの音すら吸音し、再び放つ……
それを、延々と繰り返していたと……」
「……」
レナは、言葉を失ったまま、リリアを見つめる。
「……えへへ」
そう笑ったリリアの足元が、わずかに揺れた。
「……バタン」
「リリアちゃん!」
マイが、慌てて駆け寄る。
「リリアちゃん!」
彩葉も膝をつき、その身体を支えた。
「ふむ……」
李=芳乃が、リリアの様子を確かめる。
「おそらく、昔に力を使いすぎた影響が再発したのだろう。
安心しろ、ただの熱じゃ」
「……よかった……」
マイが、胸を撫で下ろす。
「うん……」
彩葉も、小さく頷いた。
しばらくの沈黙の後、マイが遠慮がちに口を開く。
「……ねぇ。
少しだけ、リリアちゃんから聞いた“昔語り”をしてもいいですか?」
彩葉は、優しく微笑んだ。
「……うん……」
無音に沈んだ戦場は、
ゆっくりと、物語の余韻に包まれていった。
六十四話・後書き
無音の中で決着した戦いは、
誰よりも大きな代償を残しました。
語られたのは、かつて世界を震わせた名。
そして今は、ただ眠る少女の姿。
次話、語られるのは――
戦場の裏にあった“過去”と、
静かな想いです。




