天魔、駆け引きの誘い
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
夕闇が街に溶け込みはじめた頃、
彩葉たちの前に現れたその存在は、不敵な笑みを浮かべて名を名乗った。
「ワシは李=芳乃! 見ての通り、キョンシーだ!」
胸を張る小さな姿に、場の緊張が一瞬だけ和らぐ。
だが、栞はすぐに鋭い視線を向けた。
「中国のキョンシーが、なぜインドにおるのじゃ?」
「修行の身でな」
芳乃は軽く肩をすくめる。
「それに、この地で妙な噂を聞いた。修行も兼ねて、様子を見に来たのだ」
「変な話……とは」
栞が問い返すと、芳乃はうなずいた。
「魂を抜かれた死体の話だ」
「やはりか……」
栞の声が低くなる。
「中国やモンゴルでも、似た事件が起きておる。場所は違えど、状況があまりに似ておってな」
「それは……」
彩葉が息をのむ。
「一刻も早く解決せねばならん事態のようじゃな」
栞の言葉に、皆が自然と頷いた。
「でも……」
レナが不安げに口を開く。
「犯人が、まだわからないよ?」
「うん……」
マミも同意するように小さく声を落とした。
その時だった。
「それならぁ~、天魔が犯人だと思うよぉ~」
間延びした声が、唐突に割り込んできた。
「!」
陽菜が即座に振り向く。
そこにいたのは、クリーム色の髪と服を身にまとった少女。
その背後で、キングコブラのような尾が、ゆらりと揺れていた。
「問題ない」
村正が静かに言う。
「彼女は、インドの守護者――ロータスだ」
「国の……守護者……!」
彩葉が驚きの声を上げる。
「そうだよぉ~」
ロータスは柔らかく微笑んだ。
「して?」
芳乃が腕を組む。
「なぜ天魔が犯人だと?」
「うん~」
ロータスは首をかしげながら答える。
「私、見たのぉ~。魂が抜かれた後、飛び去っていく影をぉ~」
その声はのんびりしているが、内容は重い。
「彼は間違いなく、修行者を惑わす悪魔――天魔だよぉ~」
「なるほどの……」
芳乃が納得したように唸った、その直後。
「……ところで、お主」
芳乃はロータスの手元に視線を落とす。
「なにを食べておる?」
「ん~?」
ロータスは口元をもぐもぐさせながら答えた。
「トリカブトぉ~」
「吐き出さぬか!!」
芳乃が即座に叫ぶ。
「あれは毒だぞ!!」
「問題ないぞ」
村正が落ち着いた声で言った。
「な、なぜだ!?」
「ロータスは元はキングコブラの守護者。キングコブラから生まれた存在だ」
村正は淡々と説明する。
「だが、自身では毒を生成できない。だから、周囲の毒性生物を食べることで毒を摂取している」
「そ~だよぉ~」
ロータスはにこにこしながら、
――ゴックン、と飲み込んだ。
「世界一危険な木『マンチニール』を食べられる、数少ない守護者でもある」
「えぇ……」
芳乃は顔を引きつらせる。
「アレを食すのか……死体であるワシですら、口にしようとは思わんぞ……」
「たしかに……」
陽菜も思わず苦笑した。
「危険って看板まであるしね」
リリア=エジソンが補足する。
「はい……」
マイも小さく頷く。
「そんなに危険なのか……」
フェルルが目を丸くし、
「あぁ、驚きだぜ」
喰が肩をすくめる。
「うん……」
影も静かに同意した。
「ねぇ」
花火が話題を戻した。
「その天魔? がどこにいるか、わかる?」
「ううん~」
ロータスは首を横に振る。
「知らないよぉ~」
「そっか……」
「だったら、アビが飛んで探しに行くなの?」
アビが前に出る。
「いや」
栞が首を振った。
「敵の力が分からん以上、むやみに一人行動は避けるべきじゃ」
「……わかったなの」
アビは素直に引き下がった。
――その瞬間。
「お前らが……」
低く、粘つくような声が闇から響いた。
「誰だ!」
村正が即座に構える。
「黒幕のお出ましか?」
芳乃が鋭く睨む。
「……あれはぁ~」
ロータスが静かに告げた。
「天魔だよぉ~」
闇が形を持つ。
黒い影が、人の姿をとって立っていた。
「その通り」
影は嗤う。
「我が名は――天魔」
空気が、凍りつく。
「さぁ……」
天魔は両手を広げた。
「駆け引きをしようじゃないか」
その言葉と共に、
インドの夜は、さらに深い闇へと踏み込んでいった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
新たな立場と視点を持つ存在が登場し、物語は少しずつ違う顔を見せ始めました。
彼らの言葉や行動が、今後どんな波紋を広げていくのか――
次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。




