香辛料の街に現れし者
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
熱を帯びた風が、鼻腔をくすぐった。
香辛料、香木、焚かれた香の匂いが幾重にも重なり、街全体が生き物のように息づいている。
「ここが……インド……」
彩葉はゆっくりと街並みを見渡した。色鮮やかな布、賑やかな人声、石畳を踏みしめる足音。そのすべてが、日本とも東南アジアとも違う。
「なんか、うまそうな匂いが色んなところからするぜ」
喰が鼻をひくつかせると、影も小さく頷く。
「……うん……」
「ねぇねぇ、見て回ろ〜!」
レナが前に駆け出そうとする。
「レナちゃん、走ったら危ないよ……」
マミが慌てて止めると、レナは照れたように立ち止まった。
「えへへ、ごめん」
「インド、久しぶりだな〜」
リリア=エジソンが懐かしそうに呟く。
「うん……」
マイも小さく微笑んだ。
「見たところ、平和そうだな」
村正が周囲を警戒しながら言う。
その時だった。
チリン……
どこからともなく、澄んだ風鈴の音が鳴った。
振り向くと、路地の影に一人――いや、一体の存在が立っていた。
黒いマントを羽織り、顔を隠すように風鈴のついた笠を被っている。
「おや? あの方は……」
低く、落ち着いた声。
「まずはどうするのじゃ?」
栞が問いかけると、花火が腕を組んだ。
「情報収集じゃない? ねぇフェルル、なにか知らない?」
「う〜ん……」
フェルルは目を閉じ、何かを探るようにしてから答える。
「他の個体に聞いたところ……大蛇が暴れてるって。それと、人が無傷で殺される事件が起きてるみたい」
「無傷?」
花火が目を見開く。
「うん。魂を抜かれて死んでたらしい」
「魂を!?」
その言葉に、場の空気が一気に引き締まった。
「怪しいのう……」
栞が顎に手を当てる。
「魂を抜くといえば、悪魔が思いつくのじゃが……」
「そうだね。魂といえば悪魔だ」
すっと、風鈴の音と共に声が割り込んだ。
「誰!?」
陽菜が即座に身構える。
「おやおや、怪しい者じゃありませんよ? ただの呪術屋です、私」
「怪しいなの……」
アビがじっと睨む。
「いや……」
村正が一歩前に出た。
「そいつの言ってることは本当だ」
「村正、この人知ってるの?」
彩葉が驚いて尋ねる。
「あぁ。インドを中心に動いている呪術を扱う、よくわからん存在だ。昔からいる……人間じゃないな」
呪術屋は肩をすくめる。
「それに、依頼されれば人も呪い殺す……厄介なやつさ」
「はい、私は先程の通りですよ?」
どこか楽しげに呪術屋は言った。
「呪術屋が、なんの用じゃ?」
栞の問いに、呪術屋は笠の奥で微笑んだ気配を見せる。
「いえ、村正様のお姿が見えたもので」
「こいつとは昔、戦国時代に会ったことがある」
「そうなんですか」
陽菜が静かに相槌を打つ。
「昔、契約していた人間の家来が連れてきた。その時にな」
「へぇ……」
レナが興味深そうに呟いた、その瞬間。
「大蛇が出たぞー!!!」
男の叫び声が街に響き渡る。
「!」
アビが身構え、陽菜が声を上げる。
「大蛇!?」
石畳を砕くような音と共に、それは現れた。
「シャァァァァァァ!!!!!」
巨大な蛇――いや、何体もの蛇が絡み合ったような異様な姿。
「おや、大蛇ですか……厄介ですね」
呪術屋が冷静に言う。
「……ただの蛇じゃないな」
村正が睨み据える。
「えぇ、正解ですよ、村正様」
呪術屋は淡々と告げた。
「あれは『怨霊』。人間に殺された蛇の霊の集合体でしょう」
「集合体だと……」
村正が歯噛みする。
「斬っても再生するぞ!」
「どうやって倒すんです!?」
リリア=エジソンが叫んだ、その時。
「だったら、ワシが仕留めてやろう」
幼い少女の声が、高い場所から響いた。
「なんじゃ!?」
栞が見上げる。
建物の上、小さな影が一つ。
次の瞬間、その影は空を切って飛び降りた。
――ドンッ!!
直撃。
大蛇の集合体怨霊は、悲鳴を上げる暇もなく霧散した。
「……!」
誰もが息を呑む。
「……あなたは……」
彩葉が声をかける。
「ん? ワシか?」
少女は胸を張った。
「ワシは 李=芳乃! 見ての通り――キョンシーだ!」
夕暮れのインドの街に、異質な存在がまた一人、姿を現したのだった。
香辛料の街で交錯し始めたのは、呪い、怨霊、そして新たな存在――李=芳乃。
彩葉たちは何を見て、何を選ぶのか
次回もお楽しみに




