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アルケオン  作者: れんP
日本編

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6/36

湯煙にほどける影

この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。

それは神話でも、空想でもない。

人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――

**守護者アルケオン**と呼ばれる存在だ。


彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。

意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。

だが、生まれた瞬間から強いわけではない。

迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。


これは、

忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が

初めて世界と向き合い、

初めて誰かと並んで歩き出す物語。


戦うことだけが、守ることではない。

それでも――

守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。

夕暮れの空気が冷えはじめる中、陽菜(ひな)はふと立ち止まった。


「まずは……お風呂で洗いたいところだけど」


 (エイ)の頭の上にいる(くろ)が、少女の身体を見下ろして小さく息をつく。


「この身体じゃあ、入れてくれるところは少ないかもな……」


「どうします?」


彩葉(いろは)が不安そうに尋ねる。


 陽菜は少し考えたあと、ぱっと顔を明るくした。


「そうだ。僕がいつも汚れを落としてる風呂屋があるんだ。小さいけどね。そこに行こう」


 一同は陽菜の後をついて、細い路地を抜けていった。


 古い木造の建物。年季の入った暖簾が、夕風に揺れている。


「ここだよ。小さいけど、僕はよくお世話になってる。家みたいなものかな」


 戸を開けると、奥から柔らかな声がした。


「おやおや、陽菜ちゃん。おかえり」


 現れたのは、背の小さなおばあさんだった。彩葉たちを見ると、目を細める。


「お友達を連れてきたんだね……おや、その子、ずいぶん汚れてるじゃないか。さぁ、上がっておいき」


「いいのか?」


喰が戸惑う。


「いいんだよ。もうこんな時間だし、人も来なくなったからね。今日は閉めようと思ってたところさ」


「ありがと、おばあちゃん」


 彩葉は深く頭を下げた。


「失礼します……」


「お邪魔します」


 影は小さく口を動かした。


「……ろ……」


「どうした、影」


「……お……ふろ?」


「あぁ。お前を綺麗にするんだぞ」


「……きれ……い?」


 喰は一瞬言葉を詰まらせ、それから優しく言った。


「あぁ。言っただろ。必ず幸せにするって……オレはここで待ってる」


「一緒に入ればいいのに」と陽菜が言う。


「オレに女湯を覗く趣味はねぇ!」


 すると、おばあさんが笑った。


「ほっほっほ。性別なんて関係ないさ。一緒に入ればいいのに」


「いや! オレは入らねぇ! って、おい、離せ!」


「つべこべ言わずに入るの!」


 陽菜に引きずられ、喰は抵抗虚しく連れて行かれた。


 彩葉はその様子を見て、思わず小さく笑った。


 湯気の立ちのぼる浴場。髪を洗い、身体を流し、ゆっくりと湯に浸かる。


「湯加減はどうですか〜?」と彩葉が声をかける。


「……あ……あったか……い」


 影の声は、以前よりも少しはっきりしていた。


「影ちゃん、だいぶ話せるようになったね」


 陽菜が嬉しそうに言う。


「きれいな黒髪……」と彩葉は目を細めた。


「……で? あんたはなんで黙ってんの?」


「う、うるせぇ……」


 喰は顔を背ける。


 陽菜は少し間を置いてから、穏やかに尋ねた。


「ねぇ……あの子のこと、教えてくれる?」


「……ここでか?」


 しばらく沈黙が流れ、やがて喰は諦めたように口を開いた。


「あいつはな……親に捨てられたんだ。暴力を振るう父親に……母親は逃げたらしい。あいつを置いて」


 湯気の向こうで、影は静かに湯に浸かっている。


「路地にいたあいつに会ったのは、捨てられた直後だった。オレは(かげ)の記憶を見る能力がある……だから見ちまったんだ」


 喰の声は低く、しかし優しかった。


「それで……放っておけなくてな」


「そうだったんだ……」


 陽菜はそっと言った。


「でもさ。昔が辛くても、今を元気に生きればいいんだよ」


「あぁ……そうだな……」


 風呂から上がると、外ではすでに夜の気配が濃くなっていた。


「ご飯の準備ができたよ〜」


 おばあさんの声に、全員が振り向く。


「いやいや、そこまでしてもらうわけには……」


「いいんだよ」


 おばあさんは微笑んだ。


「ここも、そろそろ閉めようと思ってね。孫たちが東京に行くことになって、一緒に暮らさないかって……だから、最後くらいお礼がしたくて」


 陽菜は一瞬黙り込み、それから静かにうなずいた。


「……わかりました。ありがたくいただきます」


「感謝するぜ」


「ありがとうございます!」


「孫がたくさんできたみたいで、嬉しいねぇ」


 卓を囲み、温かい食事を前にする。


「いただきます」


 湯煙の向こうでほどけた影は、少しずつ、確かに光へと近づいていた。

守護者である彼女たちが守るものは、必ずしも大きな世界や壮大な理想だけではありません。

 傷ついた心、行き場のない影、誰にも見つけてもらえなかった小さな存在——そうしたものもまた、守るべきものなのだと思います。


 第六話では、戦いではなく「温もり」を通して、影が少しずつほどけていく様子を描きました。

 湯の熱、食事の香り、誰かに受け入れられる時間。

 それらは派手な力ではありませんが、確かに心を救う力を持っています。


 彩葉はまだ未熟で、怖がりで、迷いながら進んでいます。

 それでも彼女は、自分なりの「守る」という選択を重ねています。

 陽菜の強さも、喰の優しさも、影の小さな変化も——

 そのすべてが、これからの旅へとつながっていくはずです。


 この物語が、誰かの心の片隅で、ほんの少しでも温かい湯気のように残ってくれたなら幸いです。


 次の章でも、彼女たちの歩みを見守っていただければ嬉しく思います。

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