―守るべきもの、奪わせないもの
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
「……この先……」
彩葉は、路地の奥を見つめて呟いた。
空気が重い。
人の気配はあるのに、どこか切り離されたような感覚がある。
「あそこにいる子は……」
陽菜の視線の先。
壁際に、小さな影が見えた。
次の瞬間――
「影に手を出すな〜!」
突然、黒い塊が飛び出してくる。
「わぁっ!?」
彩葉は驚き、足を取られてしりもちをついた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
体を起こしながら、彩葉は目の前の光景を見る。
黒いまんじゅうのような一つ目の妖怪。
その後ろに、ボロボロの服を着た少女。
「……でも……この子達は……」
「妖怪と……人間……ねぇ」
陽菜は状況を一瞬で理解した。
「どうしたの?」
妖怪は答えず、ただ身構えている。
「……警戒してるみたいです……」
彩葉の言葉に、陽菜は小さく息を吐いた。
「えぇ……どうしましょう……」
――その時。
空気を裂くように、
霊力の塊が飛来した。
「ッ!」
パァン!
陽菜の銃声が響き、
霊力は空中で弾けて消えた。
「誰!!」
路地の奥から、
ねっとりとした声が響く。
「おやおや、これはこれは……
守護者がいるとは、誤算ですね〜……」
「……誰……?」
彩葉が身構える。
陽菜の目が鋭くなる。
「何しに来た!
陰陽師!」
「陰陽師だって!?
……あれが……」
妖怪が震えた声を漏らす。
「なにしにって……
そこのゴミを片付けに来ただけですよ」
白装束の男が、薄く笑う。
「我らは人類の味方!
妖怪や、妖怪に与する者は排除します!」
「……知らないの?」
陽菜が一歩前に出る。
「人間は妖怪に攻撃してはならない。
妖怪は人間を襲ってはならない。
このおきて……知らないわけないよね?」
「えぇ、存じております」
陰陽師は、口角を上げる。
「ですが!
そのようなもの……
我らは守る必要はないのです!」
霊力が集まり始め、
路地の空気が歪む。
「彩葉!拘束!」
「は、はい!
……やぁっ!」
ショルダーストラップが走り、
陰陽師たちの足元を絡め取る。
「ぬっ!」
「これは!?」
「逃げるよ!ここは狭い!あんた達も!」
「お、おう!」
「彩葉!
その子お願い!」
「はい!」
彩葉は少女を抱きかかえ、走り出す。
「待ちなさい!
待て!」
通行人の声が遠くで上がる。
「何だ何だ!?」
「ここは人も多い!
抜けるよ!」
「うん!」
路地を抜け、
曲がりくねった裏道をいくつも越えた先。
人の気配は、
いつの間にか完全に途切れていた。
古い石段の下。
使われなくなった小さな神社の裏手。
割れた石灯籠。
伸び放題の草。
結界の残滓のようなものが、
微かに空気を歪めている。
「……ここなら……
人もいないし……大丈夫ね……」
黒い妖怪が、深く頭を下げた。
「助けてくれて……ありがとな……」
少し間を置いて、言う。
「……自己紹介がまだだったな。
こいつは影。
オレは喰だ」
「私は……彩葉……」
「僕は陽菜……」
陽菜が言い終える前に、
気配が再び近づく。
「……もう……追いついたか……」
「追い詰めましたよ?」
陰陽師たちが、石段の上に立っていた。
「さぁ!
断罪の時です!
先程のゴミどもを渡しなさい!」
彩葉は、ぎゅっと少女を抱きしめる。
「……渡さない!
悪い人に!」
「それに……ここは人はいない……」
陽菜は火縄銃を構えた。
「存分に暴れられる!」
「その玩具で何ができる?」
「我らの陰陽術には敵わない!
消し炭になれ!」
「……あれは……呪文……?」
「彩葉!
拘束技で壁を作って!」
「はい!」
ショルダーストラップが幾重にも絡まり、
即席の壁を形作る。
「そんな壁……無意味ですよ!
ハァッ!!!」
「なかなか硬いですね。
一斉攻撃です!」
陽菜は、静かに銃を構え直した。
「……富士のご加護よ。
我の狙うものを……燃やし尽くせ……」
「何だ!?」
「……銃口が……
赤く輝いてます……」
「富士のエネルギーを込めたこの攻撃……
受けきれるものなら、受けてみよ」
「良し!
これでこの邪魔な壁は――」
陰陽師の声が、震える。
「……な、何だ……
この……エネルギーは……!?」
「あ、暑い!」
「こ、このままでは!」
「――霊峰弾・フジノミコト!」
放たれた弾は拡散し、
一瞬で陰陽師たちを包み込んだ。
「ぎゃぁ!?」
「あ、暑ぃ〜……!」
「こ、こんなところ……で……」
霊力が霧散し、
その場には静寂だけが残った。
「……すげ〜……
一瞬で片付けちまった……」
「……すごいです……!」
「ふふっ……
大したことないよ、これくらい……」
喰は、少し黙った後、意を決したように言った。
「……なぁ……
あんた達……頼みがある」
彩葉と陽菜を見る。
「オレと……こいつを……
一緒に連れて行ってくれないか……!」
喰は、影を見つめる。
「こいつに……
世界を見せてやりたいんだ!」
「……どうする?
彩葉」
彩葉は、少女の温もりを感じながら、
迷わず頷いた。
「……はい!
一緒に行きましょう」
「ありがとな!
あんた達!」
「そうと決まれば!」
陽菜が明るく言った。
「まずはその子をイメチェンしてあげないと!
汚いままじゃかわいそうだし」
影は、何も言わない。
けれど、その目に、ほんのわずか――
光が宿った気がした。
彩葉は、そっと微笑んだ。
守るべきものが、
ここにある。
そして――
決して、奪わせない。
それが、
守護者である理由なのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第五話では、彩葉にとって「初めて守るために立ち向かう戦い」を描きました。
これまで彩葉は、陽菜の背中に守られながら一歩ずつ進んできましたが、今回は自分の意思で「渡さない」と言葉にし、行動に移しています。それは力の強さではなく、心の成長の証です。
また、人間・妖怪・陰陽師という立場の違いがはっきりと交差する場面でもありました。
「正義」を名乗る者が必ずしも正しいとは限らないこと、守るべきものは立場ではなく“存在そのもの”であることを、物語の中で感じ取ってもらえたなら嬉しいです。
喰と影の登場は、彩葉たちの旅がさらに広がっていく兆しでもあります。
世界を知らない影と、世界を見せたいと願う喰。
そして、まだ知らないことだらけの彩葉。
それぞれの想いが重なり合い、この先どんな道を選んでいくのか——。
守護者の物語は、まだ始まったばかりです。
次の章では、新たな街、新たな出会い、そして彩葉自身が「守護者である意味」をより深く考える出来事が待っています。
これからも、この世界を一緒に歩んでいただけたら幸いです。




