思いの行き先、青空の彼方へ
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
小さな体が、静かに影の前へと移動する。
「魔法少女にならない?」
フェルルの声は、あまりにも軽やかだった。
「…………え?」
影の声は、かすれ、ほとんど空気に溶けてしまいそうなほど小さい。
「やっぱり……」
時雨が、どこか諦めたように呟いた、その次の瞬間――
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
鎮守府の一室に、全員の叫び声が響き渡った。
「え、影ちゃんが勧誘された〜!!」
彩葉が目を丸くして声を上げる。
「あわわわわ……」
レナは慌てて両手を振り、アビと喰は驚いたままぴしっと固まっていた。
「落ち着けよ……」
村正が額を押さえながら言う。
「はい、まったくです」
陽菜も深く息を吐いた。
「……あ、コホン」
彩葉は咳払いをして姿勢を正す。
「フェルル、どういうこと?」
「はい!」
フェルルは元気よく答えた。
「彼女――影さんから、とてつもない“思いのエネルギー”を感じました!」
「思いのエネルギー?」
レナが聞き返す。
「はい! 思いのエネルギーとは、誰もが持っている力です。
願い、祈り、覚悟……それらを増幅させて“力”に変えるのが、私の役目です」
フェルルはくるりと回る。
「……それで、どうだい? 魔法少女にならないかい?」
「……私が……魔法……少女……に……」
影の言葉は途切れ途切れだった。
「なってくれるんなら、力をあげるよ」
「力とは……なんじゃ?」
栞が静かに問う。
「魔法のことだよ。
私たちは“固有魔法”って呼んでる」
「固有魔法……?」
マミが小さく繰り返す。
「その人だけの魔法さ。
まぁ、似たようなのや、同じ魔法を持つ者もいるけどね」
「それって……固有なのです?」
アビが首をかしげる。
「まぁまぁ、そこはいいんじゃないかな?」
花火が楽しそうに笑った。
「魔法少女になれば、戦える力が身につきますよ」
時雨が落ち着いた声で補足する。
「ですが、なるかならないかは……本人次第です」
「どうする?」
彩葉が、影を見つめて問いかけた。
影は少し俯き、言葉を探すように沈黙する。
「……今でも……役に立てる……
でも……後ろから……支援してる……だけ……」
ゆっくりと顔を上げる。
「私も……もっと……前に……出てみたい……」
「……騙してはおらんよな?」
栞の鋭い視線がフェルルに向く。
「私を、あの白い詐欺師と一緒にしないで!」
フェルルがむっとして叫ぶ。
「ははは……」
彩葉が苦笑した。
「影は……どうしたい?」
その問いに、影はすぐには答えなかった。
「…………今は……まだ……わかりません……」
けれど、はっきりとした声で続ける。
「……でも……いつか……なるかもしれません……
その時まで……一緒に来ても……もらえますか……?」
「……わかったよ」
フェルルは、にこりと微笑んだ。
「その選択……いい選択かもしれませんね」
時雨も静かにうなずく。
「何なら、仮契約でもいいしな」
村正が肩をすくめる。
「仮……契約?」
「お試し期間みたいなもんだ」
「……いえ……大丈夫です……」
影は小さく首を振った。
「……いつか……答えを……出します……」
「わかったよ」
フェルルはそれ以上、何も言わなかった。
こうして彩葉たちは、新たな仲間――魔法生物フェルルを迎え入れた。
「世界を巡るのでしたら……こちらを」
時雨は一枚の大きな地図を差し出す。
「世界地図です」
「ありがとう!」
彩葉は受け取り、じっと眺める。
「……ねぇ、この南米のブラジルの国境の下にある“月光の湖”ってなに?
不思議な形をしてるよ」
「あぁ、それは……」
時雨が答える前に、村正が口を開いた。
「元々、そこに国があったんだが……消し飛んだ」
「え!? なんで!?」
「第一次神怪世界大戦の時だ」
陽菜が静かに説明する。
「パラオの守護者、ルーが……敵軍ごと吹き飛ばした。
“月光・ラグナ砲”で」
「えぇ〜……なんか……怖い……」
彩葉は思わず身をすくめる。
「……じゃあ、この北米の真ん中の“監視領域”って?」
「もともと、そこにも国があった」
村正が答える。
「今では……国と言っていいほどの財力も、何もありませんけどね」
陽菜が続ける。
「想霊に取り憑かれた放射線の守護者“ホウシャン”の
極太・放射線メガレーザーと、
原子爆弾の守護者“灰原”の攻撃によって……」
時雨が淡々と語る。
「ほぼ、さら地です。
放射線の影響で、生き物の住める環境は極端に少ない。
人間は……少なからずいるそうですが」
一拍置いて、付け加えた。
「……まぁ、私には関係ありませんが」
「……そうなんだ……」
彩葉は、地図を握りしめる。
「世界を旅するのなら……
ISMPPを頼ってみては?」
時雨が提案する。
「イムプス……?」
「ISMPP――国家共生調停平和盟約。
インドネシアを中心に、シンガポール、マレーシア、フィリピン、
パプアニューギニアの守護者たちの同盟です。
争いを好まない組織ですよ」
「きっと、役に立ちます」
「うん! ありがとう!」
彩葉は力強くうなずいた。
「だったら……鹿児島県から屋久島に行って、
そこからフィリピンに渡るのがいいですね」
陽菜が言う。
「海を……あ、飛べるのか」
彩葉はアビを見る。
「アビちゃん、行けそう?」
アビは世界地図を見つめ、即答した。
「問題ない、なの」
「それじゃあ……行こう!」
「外まで案内しますね」
時雨に導かれ、外へ出る。
皆が手をつなぎ、飛ぶ準備を整えた。
「短い間でしたが……さようなら。
また、いらしてください」
「うん! またね〜!」
「はい!」
「それじゃ……行くなの!」
アビの声と共に、身体がふわりと浮き上がる。
高く、高く舞い上がり――
ふと振り返ると、日本軍の人々が手を振り、拍手を送っていた。
今日の青空は、
一段と、澄み切って美しかった。
――次なる旅路へ。
佐世保での出会いは、旅の中の小さな寄り道のようでいて、確かに次へつながる一歩でした。
人の温かさと、守護者たちがこの地に根付いてきた時間。
そのすべてが、彩葉たちの旅路に静かに刻まれていきます。
次の物語も、どうぞお付き合いください。




