佐世保に降る静かな雨
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
鎮守府の廊下には、外の喧騒とは対照的な静けさが満ちていた。
古い木材の床は、歩くたびにかすかに軋み、その音が歴史の重みを伝えてくる。
「私は時雨。『佐世保の時雨』と呼ばれています……守護者です」
柔らかく、それでいて芯のある声だった。
紺色の制服に身を包んだ少女は、わずかに背筋を伸ばしながら名乗る。
「私は彩葉。よろしくね」
そう言って微笑むと、時雨は一瞬だけ目を泳がせ、頬を赤らめた。
「……はい……」
その様子に、場の空気が少し和らぐ。
「よかったら、あの部屋を使うと良いよ」
声をかけたのは、日本軍の青年だった。
穏やかな表情で指差した先には、鎮守府の一角にある来客用の部屋がある。
「ありがとうございます!」
陽菜が軽く頭を下げる。
「いやいや。時雨ちゃんと同じ同僚みたいなものだしね。
それに……時雨ちゃん、どうやら話したいことがあるみたいだから。案内するよ」
そうして一行は、静かな部屋へと通された。
部屋に入ってほどなく、影、喰、マミ、レナ、アビ、花火は目を輝かせて鎮守府の探検へと出ていった。
残されたのは、彩葉、陽菜、村正、栞、そして時雨。
時雨は机の上に置かれた封筒を静かに手に取り、中身に目を通す。
「…………なるほど……」
その表情が、ほんの少しだけ引き締まった。
「断界同盟の幹部が現れ……それを撃破した、と……。
本当に、お疲れ様です」
深々と頭を下げる時雨に、彩葉は慌てて手を振った。
「え!? いいよ、そんなの!」
「いえ……我々日本軍も、自衛隊も……手を焼いていた相手です。
お礼を申し上げるのは当然です」
その言葉に、彩葉は少し困ったように笑った。
「そうなんだ……。あ、これ、よかったら」
彩葉が差し出したのは、袋に入ったみかんだった。
「……ミカとリカのみかんですね。ありがとうございます」
時雨は大切そうに受け取り、ふっと微笑む。
「……そういえば、他の方たちは?」
「他のみんななら、ここを探検してくるって」
陽菜が答える。
「ま、まだ子供だからな」
村正が肩をすくめると、栞が静かにうなずいた。
「遊びたいときに遊ぶのが良い。そういう時間も、守護者には必要じゃ」
「なるほど……」
時雨は納得したようにうなずいた。
少しの沈黙の後、彩葉が思い切ったように口を開く。
「ねぇ……断界同盟って、なんなの?」
時雨は一瞬考え込むように視線を落とし、やがて答えた。
「詳しい全貌までは、わかっていません。
ただ……世界中で暗躍している組織であることは確かです」
言葉を選ぶように、続ける。
「以前、断界同盟の下っ端妖怪を捕らえた際……
彼らはこう言っていました。
“世界を分断し、争わせる”と」
「世界を……分断……?」
彩葉の声が、かすかに震える。
「……また戦争を引き起こすということか?」
栞の問いに、時雨はゆっくりとうなずいた。
「はい。その可能性があります。
だからこそ、世界中の守護者、そして各国は警戒しています」
その言葉を聞いた瞬間、彩葉の胸に熱いものが込み上げた。
「……私、止めたい」
静かだが、確かな声だった。
「断界同盟を」
村正が腕を組み、彩葉を見る。
「しかし、止めるったって……
お前の“自分探しの旅”はどうするんだ?」
彩葉は迷いなく答えた。
「うん。世界を旅することで、自分のあり方も見つかると思うんだ。
一つの国だけじゃなくて、世界を見てみたい。
その過程で……断界同盟を探ることも、できるんじゃないかなって」
時雨はその言葉を聞き、ゆっくりと息を吸った。
「……なるほど。とても、いい考えです」
その時だった。
「それは、素晴らしいね」
不意に、背後から聞こえた声。
一同が振り向くと、そこには――
何かを連れたレナたちの姿があった。
「わぁ!? って、レナちゃん! その生物は?」
彩葉が思わず声を上げた。
レナが手に持っている白い生物は
「こんにちは! 私はフェルル!」
元気よく名乗るその姿に、部屋の空気が一気にざわめいた。
「……魔法生物ですね」
静かに言ったのは時雨だった。
その視線は警戒というより、確認に近い。
「魔法生物っていうんだ? でもフェルルって……」
レナが首をかしげる。
「魔法生物、というのはその生き物の“系列”のことです。
個体名とは別の分類ですね」
「じゃあ……あの生き物、なんなの?」
彩葉の問いに、影がぽつりと答えた。
「……魔法少女って言ってた」
その言葉に、陽菜が一瞬だけ表情を曇らせる。
「……」
「……あぁ」
沈黙を破ったのは村正だった。
「その生き物はな、思いの強い少女を見つけては――魔法少女にするんだ」
時雨がうなずく。
「まぁ、そういうことです。
特に害はありませんので、ご安心を」
「魔法少女になった人は……どうなるの?」
マミの問いは、どこか不安を含んでいた。
「守護者と同じく、“想霊”を倒す役目を担います。
人々を脅かす存在と戦う……それが使命ですね」
「……そうなんだ」
マミは小さく息を吐いた。
「どこから来たのです?」
アビが興味深そうに尋ねる。
「私は、魔法の世界――マギアスフィアから来たよ!」
フェルルは誇らしげに胸を張った。
「魔法の世界……なのです?」
「そう言っていますが……」
時雨は少し考えるように言葉を選ぶ。
「謎なのです。
そういった時空世界……異世界と呼ばれるものは存在するとされていますが、
その“異世界”がどこにあるのかは確認されていません」
一同の視線が集まる中、時雨は淡々と続ける。
「異世界とは、本来は創作作品……漫画、アニメ、ゲームの世界のことです。
そのどの世界から来たのか、判別できない存在も時折現れます」
「ここ日本には、異世界から何かが来ることはありますが……
“フェルル”という名前や、この見た目は、どの記録にも一致しません」
「小説はないの?」
彩葉が素朴な疑問を投げかける。
「小説ですか……聞きませんね」
時雨は首を横に振った。
「まぁ、魔法少女の皆さんも元気に活動していますし、
困っていることと言えば……」
一瞬、間を置いてから続ける。
「戦闘によって破壊された場所の修理くらいでしょうか」
「……」
影は黙ったまま、フェルルをじっと見つめている。
「そりゃあ、大変だな」
喰が腕を組んでうなる。
「でも、魔法少女なんて……神秘的!」
花火の目は、きらきらと輝いていた。
「はい……なのです」
アビも小さくうなずく。
「そうだね……あ」
レナが声を上げた、その瞬間だった。
ふわり――
フェルルがレナの手から離れ、宙に浮かび上がる。
「……というわけで」
小さな体が、影の前へと移動する。
「魔法少女にならない?」
「…………え?」
影の声は、あまりにも小さかった。
「やっぱり」
時雨が、どこか諦めたように呟く。
次の瞬間――
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
鎮守府の一室に、全員の叫び声が響き渡った。
影は固まったまま、動けずにいる。
その瞳には戸惑いと、わずかな――ほんのわずかな揺らぎ。
魔法。
選択。
そして、新たな運命。
佐世保の静かな空に、
見えない波紋が、確かに広がり始めていた。
――物語は、次なる岐路へ。
静かな鎮守府の中で語られた言葉は、これからの旅路を大きく変えるものばかりでした。
そして、影に差し出された「選択」。
それが何をもたらすのか――
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次回も、よろしくお願いします。




