みかんの風と佐世保の少女
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
九州の空を渡る風は、どこか甘い香りを含んでいた。
雲を抜け、海の青が広がるその先――彩葉たちは、ついに佐世保の街へと降り立つ。
「ついたなの」
アビが告げると、足元に柔らかな風がほどけた。
「わぁ〜! ここが佐世保!」
彩葉は目を輝かせ、港町の景色を見渡す。
停泊する艦船、行き交う人々、潮と街の匂いが混じり合った独特の空気。
その隣で、影は言葉もなく、きらきらとした瞳で周囲を見回していた。
「にぎわってるなー!」
喰が楽しげに声を上げる。
「まずは、この封筒を届けるのが先だぞ」
村正が念を押す。
「まぁ、少しくらい観光してもいいんじゃないかな?」
陽菜が穏やかに言うと、
「よし、行こ〜!」
レナが即座に乗った。
「お〜……」
マミも控えめに頷く。
「歴史ある街じゃ。少しくらいは良かろう」
栞がまとめると、
「……しょうがない」
村正も折れた。
そのときだった。
影がふと足を止め、空気を吸い込む。
「……この匂い」
「いかがですか〜!」
「みかん、いかが?」
前方から、元気な声が響いてくる。
「みかん!」
影の声が、思わず弾んだ。
「あ、私も!」
「ま、待って!」
レナが駆け出し、マミが慌てて追う。
村正は小さくため息をついた。
「しょうがない、行こうか」
陽菜が苦笑する。
そこには――
大きなザルいっぱいにみかんを積み、それを抱える二人の少女がいた。
「みかんいかがですか〜! ……わぁ!」
影が近づくと、少女の一人が笑顔を向ける。
「みかん?」
「あ、いらっしゃい。どうぞ〜」
影は少し照れながら受け取った。
「ありが……と」
「私にもくださ〜い!」
「私も……」
もう一人の少女が、静かに手渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがと〜」
「……ありがとう」
村正が小さく呟く。
「あれは、みかん姉妹だな」
「みかん姉妹?」
彩葉が首を傾げる。
「佐世保の名物みたいなものだよ」
陽菜が微笑む。
「みかんの守護者でね。姉がミカ、妹がリカ。
戦後もずっと、こうしてみかんを配って街を支えてきたんだ」
「へぇ〜!」
「アビももらうの」
「……うまいからな」
「じゃあ俺も!」
「大人気じゃの」
栞が目を細める。
――しばらくして。
袋いっぱいのみかんを抱えた彩葉が戻ってくる。
「はい、これ!」
「俺たちもいいのか?」
「うん!」
みかんの甘い香りを残し、一行は再び歩き出す。
人に道を尋ね、ときに立ち止まりながら――やがて。
「ここが……」
重厚な門構えの奥に、佐世保鎮守府が姿を現した。
「こんにちは。なにか御用でしょうか、守護者様一行」
「うん! これを、菅原道真公に渡すように言われて」
「少々お待ちください」
――静かな時間が流れる。
「どうぞ、こちらへ」
案内され、内部へ足を踏み入れる。
「歴史を感じるね〜」
「ええ、長い年月を経ていますから」
そのとき――
「おや? お客様ですか?」
廊下の奥から、一人の少女が現れた。
「あぁ、時雨ちゃん。太宰府天満宮の菅原道真公様から、封書を預かった方々だ」
「こんにちは……」
彩葉が一歩前に出る。
「ご足労様です」
少女は丁寧に頭を下げ、名を告げた。
「私は時雨。
――『佐世保の時雨』と呼ばれています」
その名を聞いた瞬間、
彩葉たちの旅は、また新たな章へと踏み出していくのだった。
佐世保の街は、どこか穏やかで、それでいて確かな力を秘めた場所です。
潮の香り、港の喧騒、そして手渡されるみかんの温もり――
それらは戦いや使命とは少し違う形で、守護者たちを迎えてくれました。
今回の第四十七話では、旅の途中にある「寄り道」を描いています。
けれどその寄り道は、ただの休息ではなく、
人と土地、そして守護者同士をつなぐ大切な時間でもあります。
みかん姉妹とのささやかな交流。
そして、佐世保鎮守府で出会った新たな守護者――時雨。
この街での出会いが、彩葉たちにどんな風を運んでくるのか。
それはまだ、彼女たち自身にも分かりません。
けれど一つだけ確かなのは、
旅はもう「試練」だけのものではなくなっているということ。
笑顔や香り、何気ない会話さえも、彼女たちを強くしているのです。
次回もお楽しみに




