試練・彩葉編
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
結界の中心。
柔らかな霊光に満ちた空間で、彩葉は真っ直ぐに立っていた。
「ふむ、最後はお主じゃ」
菅原道真公の御霊の声に、彩葉は一拍も迷わず応える。
「はい!」
その声には、不安よりも覚悟が勝っていた。
仲間たちの試練を見届け、彼女の中には確かな決意が芽生えていた。
「やる気に満ちあふれておるな……」
御霊は静かに頷く。
「お主の試練は――力の解放だ」
「力の解放……?」
彩葉は首をかしげるが、すぐに表情を引き締めた。
「お主に『神装結晶』の使い方を伝授する」
その言葉に、空気がわずかに震える。
「その前に、それに見合う力を手に入れてもらわねばならぬ」
「はい!」
即答だった。
彩葉は一歩前に出て、手を高く上げる。
「……あ、あの」
「うむ、何だ?」
「その『神装結晶』って、なんですか?」
素直な疑問だった。
御霊は少し考えるように間を置き、穏やかに語り始める。
「神と守護者が『契約』を交わし、神の力を扱う。それが『神装』」
光が、御霊の周囲に淡く集まる。
「そして『神装』が結晶として形を得たものを――『神装結晶』と呼ぶ」
一拍。
「……つまり、わかるな?」
彩葉は息を呑み、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「つまり……私と、契約する……ということですか?」
その問いのあと、彼女は少しだけ俯いた。
「でも、私は……まだ産まれたばかりで……」
「産まれた年月など関係ない」
御霊は即座に否定した。
「佐世保の時雨は、戦時中に産まれ、戦いの最中に想霊に飲まれ暴走した」
彩葉は顔を上げる。
「だがな、神との契約によって、その力を“自由”にした」
静かだが、重みのある言葉だった。
「つまり――お主にもできるということだ」
御霊の眼差しが、真っ直ぐに彩葉を射抜く。
「私が少しずつ神力をお主に注ぎ込む。制御してみせよ!」
「はい!」
覚悟を込めた返事と同時に、彩葉は両足を踏みしめた。
次の瞬間――
圧倒的な力が、彼女の内側へと流れ込んできた。
「――――っ!」
身体が軋み、視界が白く揺れる。
神力は温かくもあり、同時に鋭く、容赦がない。
「では、行くぞ…………………………どうだ? まだ行けるか?」
「……は……い……」
声は掠れ、それでも意志は折れない。
膝が震え、呼吸が荒くなる。
力を“掴もう”とした瞬間、身体が拒絶する。
「力で押し量ろうとするな」
御霊の声が、深く響く。
「身を任せよ。そして――あらがえ」
「……っ」
彩葉は歯を食いしばる。
「……身を……任せ……そして……あらがう……」
相反する言葉。
だが、彼女は理解しようとした。
流れに呑まれすぎれば、自分を失う。
抗いすぎれば、力は拒絶する。
――ならば。
(一緒に、進む……!)
神力を敵とせず、しかし主導権は渡さない。
彩葉の意識が、芯を取り戻す。
菅原道真公の御霊は、わずかに目を細めた。
(ほう? 面白い……もう定着しようとしている……)
さらに、神力が強まる。
「――――っ……!」
彩葉の身体が光を帯び、足元の結界が震える。
「……ぅっ……」
膝が崩れそうになりながらも、彼女は倒れなかった。
(負けない……!)
仲間の顔が、脳裏に浮かぶ。
支え合い、進んできた道が、彼女を立たせていた。
「……………………………………………………よし」
唐突に、圧が引いた。
彩葉はその場に膝をつき、荒い息を吐く。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
額から汗が滴り落ちる。
「……どう……ですか……?」
震える声で問いかける。
御霊は、はっきりと笑みを浮かべた。
「素晴らしい!」
その一言に、空気が明るくなる。
「これでこそ、私の力を入れる器にふさわしい!」
彩葉は、安堵と疲労の中で微笑んだ。
「……は……い……ありがとう……ござい……ます……」
「では――契約の技を行いたい」
その言葉に、彩葉は再び顔を上げる。
「はい……どうすれば……いいですか……?」
「ふむ、まずは――」
その瞬間。
――結界の外。
太宰府天満宮、鳥居の前。
空が歪み、禍々しい気配が噴き出した。
漆黒の“ナニカ”が、地を踏みしめる。
「……ここが…………」
低く、濁った声。
次の瞬間、咆哮が境内を震わせた。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
衝撃波が走り、鳥居がきしむ。
結界の内側で、その気配を感じ取った菅原道真公は、静かに笑った。
「ちょうどいいタイミングだな……」
視線を、彩葉と仲間たちの方へ向ける。
「皆の試練も、ちょうど終わったところだ……ふふっ」
戦いの気配が、確かに迫っていた。
神装結晶の契約。
そして、真の力の実戦。
――守護者たちの試練は、ここからが本番だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第四十四話「試練・彩葉編」をもって、
長く続いた“試練”の章は、ひとつの区切りを迎えました。
それぞれが自分の弱さと向き合い、
制御し、受け入れ、選び、補い合い――
最後に彩葉がたどり着いた答えは、「力を得ること」ではなく
力と共に進む覚悟でした。
神装結晶は、ただ強くなるための装置ではありません。
それは、誰かに選ばれるものでも、与えられるものでもなく、
自分自身の在り方を問われる“契約”です。
仲間たちの試練は終わりました。
ですが、物語はここで終わりではありません。
結界の外では、すでに現実の脅威が動き出しています。
試練で得た力が、果たして実戦でどう輝くのか。
守護者たちは、初めて「試される側」から「立ち向かう側」へと立場を変えます。
ここから先は、準備ではなく本番です。
引き続き、守護者たちの物語を見届けていただければ幸いです。
――次話へ、続きます。




