試練・栞編
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
結界の内側は、過剰なほどの静寂に満ちていた。
風も音も止まり、世界そのものが息を潜めている。
ただ、栞の呼吸だけが、淡く、確かに響いている。
「支援妖術は完璧のはずじゃが……」
栞は腕を組み、菅原道真公の御霊を見据えた。
自負がある。誇りもある。
仲間を支え、戦局を動かしてきた自覚は、確かなものだった。
「ふむ……」
御霊はゆっくりと首を振る。
「支援そのものは、確かに高水準だ。判断も早く、効果の選択も正確。だが――」
視線が、栞の周囲に揺らめく妖気へと向けられる。
「お前は、常に全力を流し続けている」
「……何が悪いのじゃ?」
「無駄が多い」
言葉は静かだが、鋭かった。
「必要な分以上を撒き続けている。結果、仲間は安定するが、お前自身の消耗が激しい。長期戦になれば、最初に倒れるのは支援役だ」
栞は、はっと息を呑んだ。
「妾は……皆を守るために……」
「その心は尊い」
御霊は、優しく続ける。
「だが“守る”とは、流し続けることではない。“制御する”ことだ」
指を鳴らすと、栞の前に淡い光の紋が浮かび上がった。
「試練は単純だ。今からお前は、妖気の流量を三割まで落とせ」
「三割……?」
「それで、私の攻撃を耐え抜け」
「……!」
光が弾ける。
瞬間、圧が結界全体を覆った。
「っ……!」
反射的に、栞は力量強化の妖術を展開しようとして――止めた。
(だめじゃ……今まで通りでは……)
深く息を吸い、妖気を“絞る”。
全身に巡っていた力を、必要な箇所へと集約する。
「ほう……」
御霊の声が、わずかに感心を帯びる。
第二撃。
圧は先ほどより鋭く、重い。
「……ぐ……」
歯を食いしばり、栞は結界を維持する。
全力ではない。だが、無理もない。
(ここじゃ……ここにだけ流せば……)
第三撃。
今度は連続した波動。
「っ、はぁ……!」
妖気の配分を変え、必要な瞬間だけ増幅する。
それ以外は、沈める。
結界が、耐えた。
「……見事だ」
御霊は、静かに頷いた。
「支援とは、仲間を常に満たすことではない。必要な瞬間に、必要なだけ与えることだ」
「……妾は……」
栞は胸に手を当てる。
「皆を信じきれておらんかったのかもしれぬな……」
「信じよ」
御霊は微笑む。
「仲間の力を。お前自身の判断を」
光が、ゆっくりと消えていく。
「合格だ、栞」
「……感謝する」
栞は、深く一礼した。
――別の場所。
影は、静かに立っていた。
その隣で、喰が腕を組む。
「……」
「オレ達は、なにをすればいい?」
菅原道真公の御霊は、二人を見比べる。
「ふむ……そうだね」
少し考えたあと、口元に微笑を浮かべた。
「影。お前は“存在を消しすぎる”」
影が、わずかに肩を揺らす。
「喰。お前は“前に出すぎる”」
「ははっ、言われ慣れてるぜ」
御霊は、両手を広げた。
「次の試練は……二人一組だ」
影と喰が、同時に顔を上げる。
「互いの欠点を補い合え。影は喰を消せ。喰は影を前に出せ」
結界が、再び形を変える。
「試練を開始しよう」
静と動。
正反対の二人の修行が、いま始まろうとしていた。
第四十一話・試練編は、栞というキャラクターの「強さの本質」に焦点を当てた回でした。
栞はこれまで、仲間を支えることに一切の妥協をせず、常に全力で在り続けてきました。その姿は頼もしく、同時に危うさも孕んでいます。今回の試練は、彼女の力不足を問うものではなく、「力の使い方」「信頼の在り方」を問い直すものでした。
支援とは、尽くし続けることではなく、必要な瞬間を見極めること。
仲間を信じるからこそ、力を預け、引くこともできる——その気づきが、栞を一段階先へと導いたのだと思います。
また後半では、影と喰という対照的な二人に、新たな課題が提示されました。
静と動、隠と攻。正反対だからこそ噛み合わない二人が、互いを補い合うことでどんな変化を見せるのか。次の試練は、個の成長ではなく「関係性」が試されるものになっていきます。
それぞれの欠点は、見方を変えれば才能でもあります。
この試練を経て、彼らがどのような答えを出すのか——次話も、ぜひ見届けていただければ幸いです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




