試練・レナ編
この世界には、人の目に見える“異質な存在”がいる。
それは神話でも、空想でもない。
人の想いに触れ、時に人を守り、時に人を遠ざける――
**守護者**と呼ばれる存在だ。
彼らは人と同じ姿をしていながら、人ではない。
意思を持ち、感情を抱き、使命を背負って生きている。
だが、生まれた瞬間から強いわけではない。
迷い、怯え、悩みながら、自分の存在理由を探していく。
これは、
忘れられた物から生まれた、ひとりの守護者が
初めて世界と向き合い、
初めて誰かと並んで歩き出す物語。
戦うことだけが、守ることではない。
それでも――
守りたいと願った瞬間から、物語は始まる。
結界の内側は、外界の時間から切り離された静寂に包まれていた。
風は吹いているはずなのに音はなく、空気そのものが張り詰め、意志を持っているかのようだった。
菅原道真公の御霊は、ゆっくりとレナの前に立つ。
その眼差しは厳しくもあり、同時に導く者の温かさを帯びていた。
「――中に貯める感じだ」
御霊の声が、直接心に届く。
「そして箱の中にそれを封じ込めるような感覚でな。それを自由に開け閉めし、妖術を出したり消したりする。それが基礎だ」
「箱……」
レナは小さく頷き、両手を胸元で重ねた。
彼女の身体から、淡く揺らいでいた妖気が、まだ不安定に漏れ出している。
「えっと……こう、ですか……?」
意識を内側へ沈める。
流れ出ていた妖力を、無理に抑え込むのではなく、そっと“戻す”ように。
(中に……集めて……)
心の奥に、小さな箱を思い描く。
木箱のような、しかし壊れないもの。
その中へ、あふれる妖気を一つ一つ収めていく。
「ふむ……」
御霊は腕を組み、しばし観察する。
「少しはマシになったな。その調子だ」
レナの呼吸が安定していく。
妖気の漏れは次第に減り、結界の空気が静まっていった。
――どれほど時間が経ったのだろう。
額に汗を浮かべながら、レナはゆっくりと目を開く。
「……どう……ですか……?」
「うむ、いい感じだ」
御霊は満足そうに頷いた。
「では次は、妖術の使い方だ。霊力と違い、妖力は“練り上げる”ことで、より強く、より鋭くなる」
「練り……上げる……?」
「そうだ。意識を一点に集中させ、圧をかける。焦るな、ゆっくりでいい」
レナは再び目を閉じ、箱の中に納めた妖気へと意識を向けた。
ただ出すのではない。
混ぜ、重ね、凝縮させる。
(力を……まとめる……)
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
恐怖はない。
不思議と、落ち着いていた。
「……その調子だ……」
御霊の声が、遠くから聞こえる。
「練り上げた妖気を、素早く撃つ。威力を逃がすな」
レナの周囲に、淡い光を帯びたオーラが集まり始める。
それは以前のように荒れ狂うものではなく、鋭く、静かな刃のようだった。
「……ッ………………」
歯を食いしばり、限界まで練り上げる。
「良し……撃ってみよ」
「はい……!」
レナは一歩踏み込み、前方を見据えた。
「……ハァッ!」
解き放たれた妖術――
アナフィラキシーオーラは、音もなく、光そのものとなって走った。
次の瞬間。
御霊の胸元に、確かに命中していた。
「……」
沈黙。
レナは息を呑み、結果を待つ。
「…………合格だ」
静かな声が告げた。
「……!」
レナの肩から、力が抜ける。
「後はそれを、どう使うかだ」
御霊は穏やかに続ける。
「私は神だからな。お前の攻撃――アナフィラキシーオーラは、近ければ近いほど危険になる」
「で、でも……平気そうに見えますが……」
「私は神だからな」
くすりと、御霊は笑った。
「それに、この身体は御霊……つまり分身体だ。だがな」
声が、少しだけ真剣になる。
「それほど近距離で、これほどの精神ダメージを与えた。素晴らしい制御力だ」
レナは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「もう少し特訓すれば、神の心――神核にすら届くだろう」
「……はい!」
力強く頷くレナの瞳には、迷いはなかった。
――視点は、別の結界へ。
「俺も特訓の必要が?」
腕を組み、村正が御霊を見据える。
「あぁ、もちろんだ」
菅原道真公の御霊は、意味深に微笑んだ。
次なる試練が、静かに幕を開けようとしていた。
レナの試練は、「力を強くする」ためのものではありませんでした。
それは、力と向き合い、受け入れ、制御するための時間。
あふれ出る妖力を恐れず、否定せず、
自分の内側に“しまう”という選択をしたとき、
レナの力はようやく彼女自身のものになりました。
静かで鋭い一撃――
それは派手な成長ではないかもしれません。
けれど確かに、心と力が一つになった証です。
神である菅原道真公の御霊が「合格」と告げた意味は、
単なる修行の達成ではありません。
レナが“戦える存在”から、“託せる存在”へと
一歩踏み出したという評価でもあります。
試練はまだ終わりません。
次に待つのは、剣を振るう者の覚悟。
そしてその先には、守護者たちが避けては通れない
さらなる選択と戦いが待ち受けています。
太宰府の静寂の中で、
彼女たちは確実に強くなっています。
その強さが、誰かを守るためのものであることを願いながら――
物語は、次なる試練へと進みます。




